第一章 スタンピード対処編

第9話 テンプレ的に、盗賊へ突っ込んでいく俺。

 ふと気がつくと、シンジ・・・の体は地面に立っていた。


 「いよいよ、本当に異世界に降り立ったんだなあ」


 シンジが感慨深げにつぶやく。


 「油断大敵だ。注意しないとな」


 もちろん、チュートリアルもこの世界を模したものだった。だから、確かに地球とは違った風景でも、慣れてはいた。何しろ、地球で過ごしていた時間よりもはるかに長い時間をチュートリアル空間で過ごしていたのだ。見慣れた風景とも言えるだろう。


 だからと言って、感慨が無くなるわけではない。身体が老化していない分、長い年月を経たとしても、地球での記憶が失われてはいないのだ。それは、高くなった能力と、恐らくチュートリアルで鍛えられた能力のおかげだろう。


 (幼女も気を付けろと言っていたしな)


 例えば、この世界に漢字はない。自分の名前は黒須伸士なのだが、これからは『シンジ』と名乗るのが良いだろう。漢字は転移者の証になってしまう。


 転移者が過去にもたらした恩恵たる知識は、幼女が言っていた通り、様々な反動で失われている。だが手記などで、謎の文字として残っているらしいのだ。それは反動と直接関係が無いからか、残されたままらしい。


 もし、シンジがふとしたことで漢字を使っているのがバレたら? 知るものが知れば、大騒ぎになるだろう。それこそ反動が怖い。


 ならば、ふとした瞬間に漢字が出ないように、思考から気を付けておくのが良いのだ。


 (とか言いつつ、暗号的に日本語を使うというのも、立派な異世界テンプレだと思うけどねえ)


 その時は、遠慮なく使うつもりだ。


 そんなことをつらつら考えながら辺りを見回す。ここは森か林の中のようだ。即座に体に沿って『障壁』を張る。


 チュートリアルでは、これをしていなかったために1回死んでいる。障壁に触れて、確実に張れているかを確認する。油断はしない。


 あたりを見渡しても、大した気配はない。すぐ近くには脅威となるモンスターなどはいないようだ。


 さらに念のため『鑑定』と『気配察知』をONにして、誰もいないことを確認してから目の前の空間に手を突っ込んだ。


 これがアイテムボックス。空間に入り口を作り物を収納する。チュートリアルで身に着けた能力は、そのまま使えるようだ。


 そこから剣を引き出す。手持ちの中から、出来るだけ飾り気がない物を選んだ。腰帯も取り出し、剣を装着する。ここまでやって、ちょっとだけ安心した。


 シンジは、改めて自分の格好を見る。制服ではなく、本で見た通りのこの世界の一般的な服装だ。ちょっとゴワゴワしたシャツに、厚手のチョッキとベルトで止めたズボン。色も生成りで、硬革の胴巻きを身に着けている。さらに左腰の1/3を覆うように巻かれたベルトポーチ。つま先に金属が縫い込まれた頑丈な革のブーツ。これなら町に行っても目立たないだろう。


 視線を前に向けると、50mほど先に木々が途切れている場所がある。シンジは、まずそこへ向かうことにした。




 ◇




 木々の途切れは、そのまま森の終わりだった。ちょっとした草原が続いている。


 後ろを振り返ると、森のふちが長く続いているのが分かる。昔、青木ヶ原樹海を貫く道路を通ったことがあった。それよりも森の地面は平らに見えた。密林とまではいかないのだろう。


 森を背にして、しばらく草原を歩く。


 脳内には、地図が展開されている。5冊の本に収録されていた情報だ。だが、その地図のどの辺に自分がいるかはわからない。さすがにGPS機能はないのか。


 20分ほど歩くと一本の道が見えてきた。まっすぐ続く土の道。ローマ街道のように石で舗装されているわけでもない。ただ、車2台が余裕ですれ違える程度の広さがある。


 「これが街道、かな?」


 森の近くにある街道。脳内の地図と照らし合わせる。候補になる場所は3か所くらい。


 だが、これが街道である以上、ここをどちらかの方向に行けば、街か村がある。それで場所は特定できるだろう。


 「日が暮れるまでには着きたいんだけどな」


 飛行魔法で飛んでもいいんだが、あまりその姿を見られたくない。何より、この世界の様子を今なにもしがらみがない状態で見ておきたい。


 そんなシンジのささやかな希望も空しく、騒動テンプレは向こうからやってくるようだ。




 ◇



 

 何やら、道の先の方で争うような音がする。


 急いで近づいてみると、ちょうど街道と森が接するあたりで、倒れた馬と馬車、護衛っぽい剣士5人と、30人くらいの盗賊が争っている。足元には、倒れている護衛たち2名。


 「いきなりテンプレですか、こりゃ」


 どう見ても貴族馬車を襲撃する盗賊だ。テンプレ達成本当にありがとうございます、とツッコミたくなる。


 「ま、幼女のためだ。一肌脱ぐか」


 シンジはそのまま腰の剣を抜き、割って入ることにした。


 「うりゃ!」


 そのまま盗賊めがけて剣をふるう。盗賊は転がって避けた。


 シンジは、まず護衛らしき騎士たちに声をかけることにする。


 「見た感じだと、盗賊に襲われた馬車だけど合ってる? 手助け要る?」


 「頼むっ!」


 即座に答える護衛らしき一人。怪しい乱入者に即頼めるあたり、かなりピンチだったのだろう。


 だが、チュートリアルを終わらせているシンジは、これに似たシチュエーションも体験済みだ。全く嬉しくないが。


 「というわけで、賞金首居る? 首置いてけ?」


 無詠唱で筋力強化をかけながら、軽く盗賊を挑発する。3人ほど飛びかかってきた。


 正面から来る剣を弾く。そのまま横に抜けながら胴を斬る。倒れる盗賊。


 切った胴からは血が流れない。傷が凍り付いていた。


 「まさか魔剣ッ!?」


 護衛のひとりが叫んだ。シンジが持つ剣は、よく使っている氷の剣だ。もちろんシンジが自分の手で鍛えた逸品である。


 後ろを振り返りながら剣を振り、横からの剣を弾いた。


 今度は逆からの剣を半身になって避ける。避けた力で剣を回し、相手の胴を薙ぐ。今度は盗賊の全身が凍り付いた。


 そこから振り返り、残った一人に正眼で構える。


 残った盗賊は、ヒッと声を上げ、後ろ向きに逃げた。


 「さー、次行こうか」


 シンジはそこでニヤリと笑みを作る。なるべく怖がらせるように。


 「全員でかかれっ!」


 親玉らしい大男が、部下を鼓舞するように大声で怒鳴った。


 一斉に来られると面倒なので、魔法での攻撃に切り替える。


 「ほいっと」


 剣で円を描くように振ると、シンジの周りには、いきなり槍の穂先のような形をして、日光を反射して鋭く光る氷の矢が発生した。数にして、約30本。


 「馬鹿なっ! そんな魔剣があるのかッ!?」


 (そうだよね、そう思うよね)


 普通の魔剣は、斬ったときにその効果を発揮する。氷の剣なら、斬ったときに対象を凍らせ、炎の剣なら対象を燃やす。雷の剣なら感電させるのだ。


 シンジの持つ魔剣は、もちろんその効果がある。だが、それだけではない。


 魔術の媒体として、杖の代わりにもなるのだ。


 シンジのお気に入りの1本である。


 「GO!」


 氷の矢を発射する。それは、盗賊たち全員の両太腿に突き刺さった。いきなり倒れる盗賊たち。


 「はいおしまい」


 シンジは、そう言って剣を収め、パンパンと埃を払うように手を叩く。


 あまりの光景に、護衛たちは口が開いたまま沈黙している。


 「じゃ、俺はこれで」


 すちゃっと左手を上げて、そのまま去ろうとするシンジ。呼び止められないうちに消えるが吉。


 何しろこの状況は、激しくテンプレ過ぎる。もしこのまま貴族に会って、なし崩しに同行すると、ひどい反動がありそうな気がするのだ。


 (テンプレは、半分達成で良しとするのが俺の方針とする。どこかの戦国武将もそう言っていたはずだ。たぶん、きっと、めいびー、ぱはーぷす)


 ちょっと違う気もしたが、シンジは気にしないことにした。


 「い、いや、ちょっと待ってくれっ!」


 そこで正気に戻ったらしい護衛が、シンジを呼び止めた。


 (これ、返事したらアカンやつや)


 シンジは、聞こえないふりしてそのまま去ろうとする。


 (なんとなく、馬車から偉い人が下りてきたら、そのまま雁字搦めになっちゃいそうな気がするんだよね)


 シンジは、すっと両手を胸のあたりに持ってくると、人差し指と小指を立てた。


 「飛びます、飛びます!」


 お約束の掛け声で、そのままシンジはふわりと宙に浮く。


 「え? あ、おッ!? そ、空を飛んでいるッ! 魔術士だったのか!?」


 護衛の男が騒ぎ出した。しかし、シンジはそのまま空へと昇っていく。だが、護衛の男にひと声だけ掛けることにした。


 「あーばよーとっつぁーんッ!」


 (やっぱり、去るときの決め台詞はこれだよね)


 シンジは軽いお約束テンプレの達成に満足した。このくらいなら反動も起きないだろう。


 そのまま、どんどん貴族の馬車から遠ざかる。あっという間に芥子粒ほどに見えなくなった。


 「あ、礼金貰ってからでも良かったかも」


 一応幼女が持たせてくれた分はあるけど、金はいくらあっても困るモノじゃないのだ。


 だが、今から戻るとかは、さすがに間抜けすぎて出来ない。


 所詮、金は天下の回り物なのだ。ただし、同じところをぐるぐると回るのだが。


 「まあいいさ、俺は自由に生きるんだッ! あいきゃんふらーいッ!」


 シンジは、自由落下しそうなセリフを吐きつつ、そのまま空の旅を続けることにした。

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