第2話 テンプレ的に、幼女へ突っ込む俺

 紅茶を一口、上品に飲む幼女。つられてシンジも一口飲む。香りが素晴らしい。ファミレス以外では、ティーパックでしか飲んだことないのだが。


 「で、だ。最終的にお主には儂の『界』に降りて、活動してもらいたい」


 「『界』? 世界ってこと?」


 「まあ、そこからの説明じゃよな」


 幼女は、椅子から飛び降りると、どこから出したのか白衣を纏い、胸ポケットから眼鏡を取り出す。


 幼女の教授コスとか、誰得なんだろうか、と思ってしまった。


 (……まあ、そのスジの人には大好物なんだろうけど。俺は違うからね?)


 伸士は誰も聞いていない言い訳をしてみた。


 「そのスジはどうでも良いから、話を聞くが良い」


 「へいへい」


 ちょっとイヤそうに突っ込んでくる幼女に、おざなりに返事をしておく。


 「まあ良いわ。さて、まず『界』とは法則性を同一とする全次元時空間を表す言葉じゃよ」


 全く解からず、ポカーンとしていると、幼女が言葉を足してくる。


 「……わからなければ、全宇宙とでも思っておけば良い」

 

 まあ、それならわかる。


 「例えば、お主が居った『界』は、非常に面白いコンセプトで創られておる。言わば、神格を持った意識ある『神』の居らん『界』じゃな」


 「え!? うちの世界って神様いないの!?」


 「単純に神がおらん、という意味ではない。法があり、その法自体が力として作用して、様々な神としての働きをしておる。全体として法則性に支配された、実に美しい界じゃ」


 (なんか、すげぇヤバいことを聞いている気がする)


 ちょっと真理というものを垣間見てしまった気がした。


 「そして今いるこの『界』は、テンプレを達成することをコンセプトに、儂が特別に制作した『界』じゃよ」


 「うわいきなり安っぽくなった!?」


 「何を言っておる。神々が地球を覗いて、そのテンプレ文化に影響を受けることこそがテンプレじゃろうが」


 「うわその通り過ぎて言い返せねぇ」


 幼女は指パッチンで白衣とメガネを消すと、再び浮いて椅子に座り、紅茶を一口飲んでこちらに向き直る。真面目な顔だ。ちょっと空気に押されるものを感じる。


 伸士は、思わずごくり、と喉を鳴らしてしまった。


 「さて、……テンプレである以上、ちーとな能力を叩き込んで地上に落さねばならんのだが」


 「全然真面目じゃなかった!?」


 「どんなちーとが良いかのう」


 「話聞けよオイ!」


 幼女は真面目な顔のまま、目だけは熱に浮かされたように宙を仰いでいる。


 はっきり言って、キメちゃったヒトみたいで怖いのだが。


 「ふむ、こういう場合の能力は……『前に踏み出す力』『考え抜く力』『チームで働く力』だったかの?」


 「お前はどこの経産省お役所だ」


 それはまあ、現代でも異世界でも無いと困る……というか、精神もやし・・・な高校生が生きていくのに、是非持っていたい力かもしれないのだが。


 「こういう場合は、本人に聞くのがテンプレかのう。お主、何か希望はあるか?」


 「お約束なら、三大チートの『空間魔法』『魔力無限』『鑑定』とでも言えばいいのか?」


 (もらえるなら、言語チートも欲しい。切実に。英語ェ……)


 「ふむ、わかっておるのう。さすがじゃ」


 にっこりと満足げに笑う幼女。


 「その前に聞きたいんだけど、行くのはどんな世界?」


 これを聞いておかなければ、三大チートとは言え本当に役立つかどうかなんてわからない。誰でも鑑定が使える世界だったら? アイテムボックスやマジックバッグが高価でも買える世界だったら?


 ……何より、魔法のない世界だったら?


 冷静に考えれば、情報無しではチートな能力かどうかの判断は不可能だ。


 「ほほう、思ったより冷静じゃの」


 「伊達に転生チート小説を読みあさってないわい」 


 (実際に行かされる身になってみろ。知識や記憶を絞り出して、少しでも良い条件を手に入れてやる)


 伸士としては、ここで手を抜くことは許されない。冗談ではなく、生き死にが掛かっているのだ。さすがにもう一度死にたくはない。


 「まあ、お主の世界と比較するなら、中世欧州に近いかの。テンプレじゃし」


 「お約束だな。ということは、寒冷気候で小麦栽培、不衛生か」


 そうなると、石鹸テンプレやポンプテンプレ、蒸留酒テンプレ、調味料テンプレも対象になるだろうか。


 ……だが、それも伸士が初の転生者だった場合だ。この幼女のことだ。転生者作りが初めてだとは思えない。


 第一、最初に『今度こそ』と叫んでいたのだ。確認せねばならない。


 「今までに、俺の他にも転生者を送り込んでいるのか?」


 「ああ、おったぞ」


 (おや? ちょっと空気が、冷たく、なっ、た……?)


 体感ですぐに分かるほど、周りの空気が重く冷たくなっていく。


 「……まあ、もう、おらんがの」


 幼女の唇を彩る、引き攣れる様な冷笑。異様な寒気さむけが空気を支配した。彼女から漏れ出す極寒の空気が辺りを染め上げる。


 「え、ど、どうして?」


 あまりの雰囲気に、伸士は少しどもりながら訪ねた。


 (一体、何をやったんだ? その転生者とこの幼女は)


 無茶やり過ぎて、世界の危機になったから粛清したとか? 単に気に入らなかったとか?


 (理由が分からんと、俺だって粛清される可能性があるって事だよな?!)


 伸士は、ちょっと慄きながらも幼女に問いかける。


 「いや、普通に死んだだけだし」


 いきなり軽くなる答えに、伸士の膝が抜けた。そのまま座り込んでしまう。


 「どうしたんじゃ?」


 心底不思議そうに、首を傾げて尋ねてくる幼女に腹が立つ。


 「なんでそんな空気出すんだよ!?」


 幼女が額に手を当てて、大きなため息をついた。


 「その転生者たちはな、頑張っていたんじゃよ。だがな、周りの妨害のせいで、なかなかテンプレが達成できなくてな」


 頭の後ろで手を組み、唇を尖らせる幼女。あざとい。ぢゃなくて。


 「ちとそいつらに対する思い出しムカつきが表に出てしまったようじゃ。すまんのう」


 幼女が深々と頭を下げる。その姿で謝らせると、何だかこちらがとんでもなく悪人みたいでやりづらいのだが。


 なるほど、この空間に来たときに、この幼女が妙にりきが入っていたのは、そういう理由だったのかと伸士は納得する。


 「ってことは、紙やら石鹸やら輪作やら玩具やらは、もう達成済み?」


 「先ほども言ったが、やろうとした奴は結構いたんじゃ。じゃがな、広まる前に」


 そこで不自然に言葉を切る幼女。


 (不吉だ。とてつもなく不吉だ。……と見せかけて、さっきのパターンか?)


 伸士が少しだけ警戒を緩める。


 が、そんなに甘くない。


 「村人だった奴は住んでいた村が盗賊に襲われて皆殺しになったり、冒険者だった奴は魔物のスタンピートが起こってパーティーごと皆殺しになったり、エルフだった奴は奴隷狩りに襲われて男が皆殺しになったり、貴族だった奴は嵌められて一族皆殺しになったり。まあ、皆殺しじゃの」


 「ストレートにめちゃくちゃ重い話ぢゃねーかっ!?」


 「中世暗黒時代じゃからのう」


 「暗黒過ぎんだろ!」


 伸士の背中に悪寒が奔りまくる。ただの高校生がそんな世界に降り立ったら、確実に死ぬ。絶対死ぬ。


 「そんな世界に俺を送り込むんぢゃねーよっ! だいたい、お前が送り込んだのに、何で助けてやらねーんだよッ!?」


 「それが出来れば苦労はせんのだがな……」


 幼女が苦々しい顔をする。やっぱり下界に干渉するのは、神として難しいという事なのか?


 「まあ、お主が考えておる通りじゃ。一度下界に降りたものに干渉すると、その反動がすごくてな、国くらいなら軽く滅ぶ天変地異が起こってしまうのでな」


 神の力が大きすぎるという事なのだろうか?


 「まあ、だからこそテンプレを達成する必要があるんじゃよ」


 「ほほう。ということは、達成すれば危難は避けられるということか? それなら、まだやりようはあるか」


 「いや、テンプレを達成しようとすると、反動で色々な危難が起こるんじゃけどな」


 「だったらテンプレさせるんじゃねーよっ!!」


 テンプレ達成できなくて当然だ。この幼女、創造神ではなくて邪神じゃないのだろうか?


 「だが断る!」


 「そこで使っていい言葉じゃないんだけどねぇっ!!」


 「とりっくおあテンプレっ!」


 「悪戯すんのお前かよっ!? もうやだこの幼女ッ!!」


 伸士は、見事にorzな姿勢で崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る