魔法のお菓子屋さんーおじさまからの手紙
板の上に置いた黄色い生地を、スティックで転がすと、卵が牛乳や砂糖で絡まった匂いが辺りに広がる。
ギザギザの型の上に流し込んで朝の冷たい空気で冷やす。
四つ葉町のあるこの島国の朝はとても寒い。
例えば玄関の前にコップを置くとそのなかの水が氷るほどだ。
急いで、瓶の中に入った”夢の欠片”を取り出して”乙女の涙”で濡らす。
夢の欠片はこの雫で、うまくいけば逃げないでいてくれる。
こうして、「魔法のお菓子屋さん」は開店のセールをするのだった。この家を見つけてから3か月でこの店を始めることになったのには、自分でも驚いている。
自由になりたそうな夢の欠片の入ったガラス玉を、心を鬼にして見つめていると、店のドアのベルが鳴った。
「お客様、まだ準備中....…」
振り返ると、その相手がただのお客様でないことが分かった。
黒ねこは口に手紙を挟んでいた。頭には郵便局員の帽子をかぶっている。しゃがみこんで手紙を受け取ると、黒ねこは当然のように店の奥に入っていく。
「寒かったでしょう、暖炉で温まるといいですよ」
「ええ、お気になさらず」
黒ねこは私を見つめて、ミルクを無言で催促する。私は仕方なしに暖炉の火に鍋をくべる。このお客さんは、無言の圧がすごい。実は毎度手紙を渡しに来たついでに、開店前の店でゆっくりとしていってしまう。新聞が届いている日は長居して、昼までいる。
「今日も郵便局は忙しいですか」
「忙しいですよ、今日は祈りの月初めですからね」
そうだった。
この島は、月の初めに国のみんなで、空に向かって豊作を祈る習慣がある。私はそれで夢の欠片を閉じ込めていたことを思い出した。
「あの、今日はお店には誰も入れないんです」
夢の欠片を閉じ込めたガラス球を前に、足が落ち着かないで黒ねこを追い返そうとする。
「そうですか」
けれど黒ねこはそういったきり。
朝から困ったな。
朝日が窓から差し込んで、ミルクはいい加減に温まった匂いがした。
お皿にミルクを注いで、窓のそばに置いて風で少し冷ましてから、黒ねこの前に置いた。黒ねこはいつもの素振りで、新聞から目を離すと何も言わずにミルクを口に含んだ。
「手紙、読んでくださいよ。ご覧になればお分かりになる通り、おじさまからの手紙ですからね」
「おじさまから!? 」
驚いた。おじさまから連絡が来るなんて。居酒屋の街、アルカナ街に移り住んだきりでしばらく連絡が途絶えていたのに。机に一度置いた封筒の裏を見ると、やはりおじさまの名前で舞い上がった。
「でも、悲しい知らせだったりして」
「.......まあ、とりあえず読んでみないとわからんですな」
---愛しのヨナへ
元気だろうか、長い間手紙を送ってあげられないでごめんよ。
店を始めたと聞いたんで祝いに手紙を書こうかと思ってな。
アルカナで始めた居酒屋は好評で、毎日繁盛だよ。
ヨナも私の娘と同じだから、店は繁盛するに違いない。
初めはうまくいかないかもしれんが、続けない限りは繁盛もなしだ。
話の本題に入るが、この前に白夜があったな。
わしはあの時は何も思わなかったのだが、ふとあのばあさんの話を
思い出したんだ。
近々そちらに行こうと思う。
追記
封筒の端をこすってみなさい。呪文はあれだよ
アルディアス・ノベルトより アルカナ街から
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