第10話 頻繁に宛先の変わる荷物
話し合いの末、
此処を出たら、ひとまず安田さんの家の事か、ネットビジネスの事をある程度探ろうという事になったとき、彼女はある端末を差し出して来た。
「それは?」
まつりが訊ねると彼女はそれの電源を入れながら言う。
「兄のです。家を出るときに今まで使っていた端末を置いて行ったんです」
何故置いて行ったんだろう。
「わかりません、新しいのを買ったからと言ってはいましたけど……」
「けど?」
「端末を、規制されていたんじゃないかって、考えてもしまうんですよね」
どういう意味なのだろう。
寂しそうな笑みからは。複雑な感情が見て取れる。
端末を規制されていて、そこから逃れる為に?
ますます変だ。彼女が何を言おうとしているのか。端末を見張っている?
まつりは滑らかな手つきで端末を受けとると中に残っているメールを開く。
「テスト投稿」「送っておいてください」「明日に届きます」
「明日に届けるようにしてください」「住所が変わりました」
「パスワードとIDです」これらは母親とのやり取りの様子みたいだ。
短い文章がつづられている。
なんだかどこか、よそよそしく指示しているようにも見えるのは気のせいだろうか?
元気か?とか、最近何があった、とかではなく、淡々としている。
……なんというか、指示ばかりが届いているようだ。
「届くって?」
訊ねてみると、やっぱり家に来てもらった方がいいかもしれない、と彼女は言う。
彼女の家は、少し行った先にある普通の一軒家だった。
田舎によくあるような、木造の家だ。
ガラガラと引き戸を開けて、彼女は中に向かった。
「今の時間は、誰も居ないですから、どうぞ」
と言われ、ぼくらも石畳を超えて、中に踏み入る。
「お邪魔します……」
「お邪魔します」
と、それぞれ中に入ると、彼女は壁のスイッチを押して灯りを付けた。
薄暗い周囲がちょっと淡いオレンジ色に照らされる。
すぐ横には靴箱があり、誰かの靴が並ぶ。壁には何処かのポエム付きカレンダーや花瓶――それらがいい感じに配置され、甘い花のような香りが薄っすらと空間に漂っていた。清潔そうな一般的な玄関だ。
「えっと、その辺に腰かけててください」
彼女がそういって部屋に戻っていくので、ぼくらはお言葉に甘えてその辺に腰かけることになった。
「……なんか、懐かしいな」
静かに、のどかな風景を見ながらぼーっと玄関に座っていると、なんだか不思議な気分になる。
こういうのをノスタルジーというんだろうか。
「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」
まつりは、いきなり両手を広げて獣の威嚇みたいなポーズをする。
……。いや、なんだろう?
「日暮で思い出したんだ。ひぐらしのなく頃にが、八つ墓村がモトネタってよく言われてるでしょ」
「……そうなんだ」
「小説『八つ墓村』のモデルになったのが、岡山県苫田郡西加茂村の事件なんだよ。津山事件、津山三十人殺し、知ってる?」
「知らない。中国地方のどっかっていう話は近所のお婆さんに聞いた気がするけど」
「祟りってあるのかなぁ」
まつりはのほほんと、そんなことを言う。
あとで聞いた話だが、その事件で30人を殺した男は結核で村人から距離を置かれていた。僅かな楽しみは、子どもに作家の作品を自己流にした話を、面白く聞かせることだったという。
語ることだけが、他人との接点を繋ぐ懸け橋だったのかもしれない。村にいる限りは作家や本なんてさほど分別がいらなかったのだろうけど。
「さぁ、どうだろうな」
チラっと、まつりの方を見る。
「何?」
まつりはきょとんと、ぼくを見る。
「なんでもない」
やがて、少しして彼女が戻ってくる。
これです、と差し出されたのは、送り状の控えだった。
「これは?」
栃木県宇都宮市、東京の西日暮里、福岡県福岡市 西区……姫浜駅南3丁目にある、ルミというところ。住所が点々としている。
「……最近、母の様子がおかしくて、メールに従ってあちこちに荷物を送っているみたいなんです。なんか、不気味っていうか。それに――――」
彼女は返された端末で、メールボックスを開いた。
そこから「みずのん」と描かれた宛先の物を差し出す。
「みずのん、という名前と、届いたよというのしか此処には残っていませんが、これは兄が居なくなる前に送られたものでして……さっき、記事の話をしてて思い出したんです。
「兄がやりとりしていたのは、安田さんともう一人、『みずのん』だって」
「みずのんってのは」
「ネットゲームの友達、女性、と彼は言っていました。彼女から一度、荷物が届いたことがあって……中身は湯たんぽだったんですけど、その頃……届いた日に私は家に居て、住所のところをたまたま見たんですよね。そしたら、北海道に住んでて、名前のところに、山路ってあったんです」
「山路……? が、どうかしたの」
彼女は送り状の控えと共に、持って来たらしい小説を差し出した。
「兄が読んでいたこの本。『山路』って人物が出てくるんですよ」
安田さんは、アフィリエイトとつながりがあって、みずのんは山路って事か。
「この時期、ちょうど『櫻子さん』が実写化していたね」
櫻子さん、はなとなとのすぐ後、出て来た小説だ。ちょっと前に実写ドラマ化もしていた。設定などが似通っている、あるいは寄せてある事から作者が関係があると間違える人も居ない事も無かったらしいが、勿論関係などない。
「この時期、櫻子さんに興味無いので見ないようにしていたら、兄が無理矢理呼びつけるようになったんです。『見ないのか?』って、まるでこちらの反応を試すようにニヤニヤして、テレビと私交互に見だして、本当気持ち悪くて……むきになると更にニヤニヤしそうなのも気持ち悪かったし……」
「太田氏と繋がりがあるように思えます」
名前が次々と登場するが、太田氏というのは「櫻子さん」の作者だ。
繋がり……太田氏自身とのやり取りがあったかは不明だが、少なくとも彼は『みずのん』とは定期的にやり取りしていたらしい。
「デレデレって感じでしたね。『可愛いんだなぁもう、みずのんったら』って感じ」
「そうなんだ」
「『みずのんは本当優しい子でね、この湯たんぽも、最近寒くて寝れないって話をしてたらみずのんがこれ電子レンジでも使えていいよーって、お勧めしてくれたんだ』って普段見ないような笑顔で気持ち悪かったのを覚えて居ます。彼氏面っていうんですかね」
「他には何か?」
まつりはきょとんとしたまま聞いた。彼女は数秒言い淀んでいたが、覚悟を決めたように言う。
「みずのんとやりとりする際に、私の、投稿の際のプロフィールを使っていたんです」
「荷物が来た時、『みずのん』様から荷物です、こちらですか?と連絡がありました。そして『今○○で、○○してるんですよね。大丈夫ですか』と。兄はただの引きこもりなのでそんな背景はありません」
「妙だな」
まつりが呟く。ぼくもそう思った。
冒頭から、投稿の話を一切していないのにこの世の終わりみたいに騒ぎ始め、新聞が来るたびに真っ先に読みに行き、
投稿のプロフィールを自分のものに偽ってみずのんとやり取り――――太田氏のドラマを薦めてくる……
「阿部寛にもハマってましたね。お風呂の漫画がドラマでもやるとかで」
……。
阿部寛の話は知らないけど。
「となると、兄は、太田氏――――その小説家絡み、あるいは太田氏や安田氏との交流があるわけだ」
「カッコつけるにしてもなぜ私? 別にそんなにカッコイイコトは書かれてないし」
彼女は不思議そうだ。
「それに、投稿欄にはペンネームくらいしか乗らないそうです。投稿者のプロフィールなんて内部の人だけですよ、知ってるの」
ぼくらは探偵では無いので、もしもの話はしていいと思うけれど、
それで行くと兄は内部リークの上に、監視を行って居て、更にプロフィールを偽装してみずのんとやりとりしていた……と言う事になる、
2021/10/2712:12─10/2922:30加筆
ー2024年1月22日16時07分加筆
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