第9話 山口ハニートラップ
で。
話を戻そう。
リコリコがうどんを食べに行ったので、ぼくらは改めて相談を始めた。
「他にそういう情報ってあったか?」
「うーん、あるにはあるけど、どれも西尾新が生成AIじゃないかとか」
「なんだそりゃ」
「どのみち、調べるにも取っ掛かり――――怪しそうな人物を当てないといけないワケですよ」
まつりは改めて言う。
「みんな『ドラえもんがなんとかしてくれる!』みたいに思ってるけど聞き込みに人数が増えるだけだからな……心当たりとか、先に調べたいってのある?」
ぼくはすかさず手を挙げた。
「安田さんかな」
彼女も頷く。
「安田さんは怪しいと思います」
「安田、ね。確かに家が燃えているのといい、兄が出掛けて行ったことといい、怪しすぎるよね。それに引きこもりなのに、妹の情報を気にするわ、安田さんの家には出掛けるなんて」
まつりが言う。
どう答えて良いものか一瞬逡巡した。
問題を学校に行くか行かないかだけで考えるのは本当は危険な事だと思う。いじめっ子だって学校を休める。
学校を休もうとする生徒への、大人たちの、わかっているような憐れむようなあの目が嫌いだった。なんだ休んだのか、と、淡々と処理してればいいのに。まるで大事件のように、休むことすらそんな風に意識されてもバカバカしいし困ると思う。
(――――今、何を……)
何か、何か思い出さなかったか。
「どうかした?」
まつりが横から聞いてくる。ぼくはなんでもない、と言った。
「でも、安田は、名前からしても、別件でも気になるんだよね」
「別件ってなんだよ」
「んー、リュージが、西尾……とつながりがある日暮さんを調べる関係で渡辺のこと探してたら、さっきいろいろ添付してくれたんだけど、どうも、その系列のとこで、ネットビジネス?とかの講習会があってさ。そこの参加者というか……安田って名前があってね」
渡辺と、安田は繋がって居る、ということなんだろうか。
……いや、渡辺って誰?
「講習会!」
彼女が目を丸くした。
「それってアフェリエイトの」
そして、慌てて端末から何か検索して見せる。
公民館などでたまに開催される、素人の物好きがやっている地域の集まり。
アフェリエイトなどの稼ぎ方を無料で紹介するセミナーだという。
「兄は、ここのチラシ、見てた事があるんです」
まつりはなるほど、と呟いた。
「そこの会社ってもとはヨガ教室を装った宗教団体の勧誘についてやっていたこともあったようだし、今の流行りは、仮想通貨ビジネスかな?」
「まてよ、みかちゃんは誰なんだよっ」
「他にも、結構、いろんな参加者が居たんだって」
「聞いてよぉ」
「サクラってやつでしょうか」
彼女がやけに深刻そうに頷く。
「いつの間にか人々を監視する違法なビジネスに繋がるわけだ」
別のところで見た掲示板のグル募集もそうだったが、ああいうのの裏側で、劇場型詐欺の劇団員を募っている面があるみたいだ。
「ヨガって言うと、宗教団体を思い出すな」
■■
ぼくの家と佳ノ宮家は互いの土地を挟んで向かい近所にある、いわばお隣さん。――両家は仲が悪く、既にぼくが生れたときからずっと土地を巡って争っていた。
それでも、事件が起こる前、家に馴染めなくて遊びに行ったお屋敷に住んでいたまつりは優しくて……親への反発も含めて、勝手に遊びに行っては一緒に遊んでいた。
だけど。
まつりと仲良くなったある日だった。
昼頃、学校が終わって帰宅すると、
「父さんが!?」
という声を、確かにリビングの開いた壁越しに聞いた。
母の驚愕した声。ぼくが居ない時間帯に兄貴と二人で会話していたらしい。
ぼくはほとんど父の存在を知らない。あまり話した記憶がなかった。兄貴の告白に対し、母さんは、
『そんな、知らなかった、知らなかったの!』と慌てたように叫んでいた。
何の話だ?
なぜ二人だけ、こそこそと話をしている? 父さんがいるのか?
ぼくは断片的にでも父の存在を理解したくて、聞き耳を立てようとした。
だけど――鞄からリコーダーが転がって音を立てたので、かなわなかった。
屋敷が燃えたのはその翌日で、
ぼくが『彼女ら』と話し、
『彼ら』がやって来るのはそれから数週間後、だった気がする……
(そこで、山口さんや、鈴木さんに会って――――)
それで、
かつて山口さんに言われたことが、まだ全部忘れられないなんて言ったら、まつりはどんな顔をするだろうか。
──レイプ事件について、当時のアナウンサーが裁判中で…
──ちょっと前、高速でトラックが衝突したでしょう?
──あ、見て、今度タツヤが出る映画!
──テロが懸念される今回の会談について…
ざわざわ、周囲の声が、記憶の声と混ざる。
(……最近起きた事に、全部、山口さんが関わって居る?)
あんまり深く考えてなかったけれど、考えれば考える程その方が筋が通る気がした。
──でも、山口さんがぼくらに絡む理由なんてあるのだろうか。
それも、何年も、逃げ道を先回りするかのように誰かを殺してまで?
わからない。
此処最近、よく、彼らの会話を思い出してみる。
――――弟の方は溺愛されてて、兄の方はいじめられて学校に行くのも大変なんだって
――――ゲームだと思ってて、買おうとしてたの俺だけだったみたい。
なんかみんな知ってたよな。せっかく三千貰えるって言って参加したのに
それから。
母さんたちのあの会話。
――――父さんが?
――――うん。小説……
――――俺が……、
今思うとあの会話の断片が聞こえたとき、止めに入ればよかったのかもしれない。
だけどぼくは、何も理解して居なかった。
自分の事も、親の事も、彼らの仕事も、何もわかっていなかった。
重要な仕事の話を家族がするとき、いつも、自分だけは隔離されていたのだから。
時間なんて巻き戻らないけど、それでも、今も考えてしまう。
彼らが何かしたのは確実で、必ず何か隠しているって。
それが何を招くとしても、なんだったとしても、やはり隠し立てしておくべきではないと思うのだ。
やっぱり、罪の無い人が疑われたり圧力を掛けられるのは間違っているのだから。
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