第8話 犯人側の事情
一連の事件は犯人達による、
彼女のような者への印象操作と見て間違い無いだろう。
彼女は放火や事態の拡大そのものには罪悪感や不安を覚えているものの、これといって『台詞を被せられている』という当人とは違い、妬みなどの感情は無いようだった。
ただ淡々と、どうしてこんな大騒ぎになっているのか戸惑っている。
もう終わったんじゃないのか、と。
しかし犯人側にとってそれでは都合が悪かったのだ。
どうしても何が何でも同じ土俵に引っ張り出して来て、彼女を動機付けした争いを起こす必要があった。
――才能を妬んでいる、という動機づけをどうしても行いたいような理由、か……
「政治家だから『票数が揺らぐ』とか?」
ぼくが言うと、彼女は「うーん、私は政治家でも無いし、そんな影響力も無いと思う、のですが」と悩まし気だった。
「彼女に動機を付ける必要があるのは、恐らく彼女との間にある何か……例えば指摘されるような事柄による矛先をずらす為だろう」
まつりは冷静に呟きながら残った氷を食べている。
ぼくはその横で頬に付いたチョコソースを拭ってやった。
「そう、きっと、佐村や西尾の立場が、変わってしまうような」
「才能を、妬んでいる……?」
ぼくがなんとなく言うと、まつりは「それだ」と言った。
恐らく、彼女の投稿が無視できないようなものだったんだ。
ある程度食事を終えて、静かに店員を待っている間、近くの席の話声が聞こえていた。
「話題になりたいからって騒いでるって感じだよね」
「なんか、【あんなニュースを見ると、構って欲しいから有名人に難癖を付ける人がいるんだって怖くなったよ】。これだから近頃の若者は」
年輩の女性客が、若者叩きで盛り上がっている。
せっかく休憩の為に此処に来ても、その話題――というか佐村さんが有名過ぎるのかもしれない。
どちらにしても、あの話を聞いた後だと、ぼくたちにはメディアを利用して、『彼ら』の都合のいいように情報操作されているという風にしか思えなかった。
タイミングが良すぎることがどうにも引っ掛かる。
彼女が、すみません……と申し訳なさそうに俯く。
別に悪い事をしているわけではないのに。その様子からは、きっと町のあちこちでこんなふうに話題が出ていて肩身が狭いのだろうなと感じられた。
まつりは、最近の若者はラノベなんか読まないよ、とぼやいている。
そうなのか。
「今の読者、ほとんど中高年って言われてる」
「……でもさ、火を付けるにしても、その、被害はあったわけで」
ぼくが言うと、
「さぁ? 何年も下調べしていたんなら普通は一番被害が出そうな作業場を狙うと思うけど、製品は無事だったらしいし」とまつりはつづけた。
「報道ではすごい被害みたいに言われてたやつなんだけど。
そのビルで働いてる当事者にたまたま会ってね、話を聞いたんだよ。そしたらなんか仕事してて、外が騒がしいと思ったら気付いたら勝手に救急車集まってて、『え?』って感じで、誰が死んだとかもわからなかったらしいんだよね。被害者を知らないの」
「そんな事あるの?」
「変だよね。何よりその場にいたのに死臭とかしなかったみたい」
死臭がしない?
サイレンが鳴ってただけ?
それって、ニュースが嘘って事か。
ぼくが何か言いかけたときだった。
あー!
と背後から声。
振り返ると、見知った地雷メイクさんが立っていた。
「誰?」
まつりはきょとんとしている。
「ほら、前に別の喫茶店で会っただろ? パンケーキの」
リコリコ――
以前、すぐ近くの席で騒いでいた二人組の一人だ。
巻かれたハーフツイン姿でヒラヒラした服を着ている。
『イケメンで、頭がよくて、石油王』を探していたら中国から出稼ぎに来た詐欺師に騙された人である。
あぁ、とまつりは思い出したようだった。
「網実ミカ!」
すぐ近く、彼女が言葉を発した。
知り合いなのだろうか。
リコリコは、しーっ、と指をたて、辺りを見渡す。
「ちょっ。パパ活中だから……」
きょろきょろ、周囲を窺う網実ミカ――リコリコ。
「パパ探し?」
依頼者の彼女は、やや心配そうに訊ねている。
「そ。前のは駄目だったからさ。もう、マジ私、今センシティブパーソンだよ」
「確か、京大生で、年収3000万で実家が太いらしいね」
はぁああ、とリコリコが肩を落とす。
「それが、密入国者で……出稼ぎに来てて」
うっうっ、と涙ぐむリコリコ(網実ミカ)
どうやらセンシティブパーソンのマインドが酷く傷ついてしまったようである。
「密入国者だったんだ……」
まつりがぼそっと呟く。
(その後、途中で店員さんがやって来て、ご注文は、と尋ねたので彼女は慌てて隣の席に着き、うどんを頼んでいた)
2023年10月6日18時36分
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