第7話 西尾 新 の後援会



「そう思います」

彼女は静かにうなずいた。

まつりも何か納得したようだった。

「話はわかった……まつりもちょうど気になってることがあったしね」


――気になってること?

なんだか珍しい言い回しだ。


ぼくの訝し気な視線に応えるかのように、

「この前に、別の用事で調べたんだよ」

と、まつりは着ているジーンズのポケットから折り畳んだ紙をテーブルに広げた。


 それは西尾新後援会事務局……と書かれた紙で、エクセルか何かで作った表が連なっている。

「──政治家の西尾新の後援会の記録。

これは署名の水増し疑惑を調べたときのものなんだけど……」


「──で?」

ぼくはほぼ氷となったオレンジジュースをストローで無理矢理吸いながらたずねる。


 すると「えーっとね」

と、言ってまつりはちょっと首を傾げる。

どこに書いてたかな。と少し悩んだあと「あ、あった」

と表の名簿の下列を指差した。

「寄付金」


佐村様─1千万─帰省支援、と書かれている。キセイシエン……

「これって」

依頼者が口を手で覆いながら驚愕する。

地域の政治家である西尾新の後援会に支援しているのも同じく、佐村という人物のようだ。

他にもあちこち政治家や著名人、有名なアーティストの名前が連ねてあった。


「佐村氏は定期的に西尾新に支援しているくらいには羽振りが良い人物なんだ。この辺りに住んでいるって情報もあったし。恐らく本人だろう」


「なぁ、これどこから引っ張って来てるんだ?」

ぼくが小声で聞くと、まつりはにっこりと頬笑む。

「知らない方が良いよ」

はぐらかされた。

ちょっとむっとする。

「あとで二人きりのときに聞かせてもらうからな」

「こんなところでお誘いなんて大胆だね」

くすくすと黒い笑みを浮かべるまつり様。



それから切り替えて、事件の話を再開する。



「以前産業ビル火災のニュースのときに、西尾新の後援会がやけに言及していてちょっと気になって。暇潰しに探してみたんだ。

この人たちって普段は『どんな疑わしい人間にも生きる権利はある』とか『本当に死ぬべき人間はいない』とかウゼー綺麗事言ってるんだけど

 この事件に関しては『犯人は早く死刑になれ』『才能が妬ましかったのだろう、馬鹿な奴だ』とか記事にしてる。

 それこそ、お得意な綺麗事で、もっと才能が無い人に寄り添ってあげるべきじゃない? 『貴方も辛かったでしょうね』って普通なら言うとこだよね。才能が無くて妬んで妬んで放火なんて、まさに西尾新の人生って感じなのに」




 確かにそれは、手のひらの返しかたが不自然だ。

……というか西尾新は何者なんだ。

才能ってなんのことだろうと、今更聞きにくく、こっそり手元の端末で調べてみる。


ヒットしたニュース記事によれば社員の才能に嫉妬した無職の男性が会社に放火という筋書きになっているようだった。

 彼女もまつりと同じ意見のようで、何度も頷いている。


「私もあれは変だと思いました。なんていうか、仮に動機が本物だったとしても、こういうのって誰にでもあっても不思議ではない気持ちだと思うんです……なのに、この件に関してだけ過剰に叩きすぎている」


「裏を返せば佐村や西尾が絡んでいる事件という可能性がある」

まつりがそれに続けるように答えた。


 そしてそれは同時に、彼女の記事が佐村や西尾に都合が良くなかったって事でもあるわけだ。



「けれど――私、気持ちは理解出来ても、さすがにあんな風に過激に叫んだり、火を付けに行こうと考えたりはしません。……現に、選ばれはしたのですから、それでもう終わったような気分でしたのに」

「終わったような気分だったんだ?」


まつりが聞き返すと彼女は頷いた。



「えぇ……実は私、自分の文才の無さに飽き飽きしていて。今まで一度も大きなところに掲載される事がなかったので。それでも楽しさだけで時折筆を執っていたのですけど。一銭にもならない紙の束なんか、場所を取るだけじゃないですか。これから就活とか進学とか決めなきゃいけないのに……何処にも認められない、才能も無いのに、置いてある紙の山を見てたら憂鬱になって来て。それなら最後に手元に残らぬように処分してしまおうと思ったんです。その、古紙回収とかに出すと、結局拾って読まれたりしますからね」



「なるほど。才能が無ければ掲載される事も無い。高い確率で処分してもらえる、と」

「皮肉にも、そうはいかなかったのですが」

 苦笑いさえ出てこない、苦い顔だった。そうかもしれない。

それどころか世間が大騒ぎになり、放火と心中が相次ぐことになるのだから。


 まつりは何か思いついたように、やや険しい表情になった。それから、真剣な表情で聞く。

「何度か、何処かに掲載したことがある、んだね」

「え?あぁ、はい……誰にも、何も言われなかったですけど。

それに何処かに出したとしてもほとんどは落選なので、いつも通りなら落として貰える筈でした」

「才能が無い、と初めから考えて割り切っていた……か」



 なんだろう、なんていうか……

それはまるで自殺願望のようだ。

出られないと分かっている檻の外にわざわざ羽根を毟って跳ばすような。

違和感。




「ねぇ。君は――誰かに、見張られているとか、視線を感じると思う事はあるかい?」

 まつりは唐突にそう質問する。

彼女はそっと視線を逸らした。

何か言いかけて、口を閉じ、また開いて、また黙ってしまう。

「……そうか」

まつりは深くは追及しなかった。

冷えているワッフルを口に運び、コーヒーを飲む。

その間に彼女は一言だけ、零した。




「私は、才能が無い、んです、よね?」

淡々とした声。

才能が無い、本来なら絶望的な言葉のはずなのに、なぜか、縋るような、その事に救いを求めるような言葉だった。


10月5日PM5:12

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