第6話 青葉の放火の裏側



数分後……


 近くにあった喫茶店に入った。

 あちこちにステンドグラスの嵌め込まれたレトロな雰囲気の漂うお店。

店の詳細は省くが、今の時間は比較的空いていた。

 程よく冷房が効いていて、確かにこれは涼しい。夏の暑さで温まった身体に沁み渡るようだ。





 美味しそうにアイスコーヒーを一気飲みしながら「ぷはぁ」と、嬉しそうに息を吐いたまつりの横で、ぼくはちびちびとオレンジジュース啜っている。

『彼女』――依頼主はというと正面の席でカフェオレを飲んでいた。





「それで」


と、水分補給を終えて改めてまつりは言う。

「佐村さんだと思う理由が在るんだね」


「はい。思うというか、あるいは共犯とか黒幕とかかもしれないって」


 ただ、警察に言っても笑われてしまうような、些細な気がかりなんですけど。

彼女がそう零すと、まつりは穏やかに微笑んだ。

「構わない。まつり達は警察じゃないから、言うだけで楽になることもあると思うよ。もちろん、まつりも彼も秘密は守るし」




 そう言うと、意を決したように彼女は言った。



「佐村さん、っていうのは、有名な、その……政治家とかがご家族にいらっしゃるお家ですが、この辺の街では同時に何度か、人を殺しているって噂が上がってたんです。

彼に都合の悪い人が、いつもタイミングよくいなくなるって話や、ごみ収集車に、やけに重たい人の形にも見える袋を出してたのを見たって人も居て、兄がおかしくなる前にも、安田さん、たちの大元に佐村さん達が居たって噂になっています」





 話に入れないぼくは、静かにケーキセットのケーキ部分を突く。

美味しい。


 てっきり、兄の奇行の話が始まると思っていたぼくは少しだけ面食らっていた。

その前置きとして、同時に火災が起きていたという部分に関するもののようである。




 よくわからないけど、

佐村さんはこの辺のギャングのボスとか、そういうやつなのか。

でも怖すぎて誰も口出しできないらしい。





「それで、もう一つ噂があるんですけど、新聞や掲示板で暗号を貼って取引するってやつ、ありますよね。彼に関するニュースのときは、36を必ず入れるそうなんです。これは、クラスのオカルト好きの子が言ってました。

それで、火災のときも放火で死亡した人が36人で……佐村絡みじゃね? って」



「なるほど」


「この町で、そんなに大規模な火災があったのか?」


ぼくが口を挟むと、まつりが

「ビルが焼けた奴があって、それの死者が36人なんだよ」と答えてくれた。


「勿論、それだけじゃないんでしょ?」

「……えぇ、これを見てください」

まつりが訊ねると彼女は持っている端末から、事件のニュース記事の画像を出した。


「産業ビルが焼けたときの、現場に駆け付ける野次馬の写真です。

手前に居る人にTシャツ集団が居ると思います。


『ふにゃっとしたプリン』のTシャツ、

白黒の市松模様のTシャツにロゴで『PUZZLE』 と書かれているシャツ、

『紫の女子高生』というバンドの紫色のシャツ。まるでカメラマンに見せつけるみたいに、一番目立つように立っていて、ビルを見ていますよね。  


……全て投稿された記事のテーマ、

「プリンを作ろうと思った」「クロスワードパズル」「地味な女子高生が突然制服の下に紫色のシャツを着て来た」……

に沿ったようなシャツなんです。そして兄が発狂し、火災が立て続けに起きた……偶然とは思えない」


「ふむ……確かに、記事の監視と火災に繋がりがあったとしたら、突発的な放火だけの偶然性で、民衆までお誂え向きなポーズをとったりしない、か」



 そこに、街に影響力のある佐村さんが絡んでいたとなると、ボスに従ってポーズをとらされる人々も居るだろう。

そして彼の仕事の仕上げに『36人の死亡』の記事が完成する。


「ちなみに、青葉さんが変だと思ったのはどうして?」



「彼が話している言葉がどれも、私が記事にした台詞に被せるような内容なんです。

それに、供述がいつもなんだか他人事というか……役目さえこなせればいいって印象を受ける気がするんです」



 後で確認してください、と控えめに彼女は言う。それからシュークリームに手を付けた。冷凍した苺が入っている。


「それが、佐村氏に言わされている捨て駒でしかないからだと」


まつりが、珍しくややシリアスそうに呟く。




2023年9月28日4時53分

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