第5話 依頼主に会う





昼。


 バスを乗り継ぎ、指定された住所に

向かうと

バス停の前で手を振っている女性が居た。

学生さんらしい。

 肩甲骨くらいまでの黒髪にリボンを結んでいて華奢で穏やかそうな見た目をしている。

ぼくより年上の雰囲気だ。

此方の姿をみとめると「あっ」と嬉しそうな歓声を上げた。

 ぼくらもバスから降りて、地面に足を付ける。



「こんにちは」

まつりが穏やかそうに挨拶して、彼女もぺこりと会釈を返す。

「こんにちは、お待ちしていました。本当に来てくれるのかなって不安だったんですけど……でも、よかった」


「個人的に気になる話題だったからね」

まつりは着ているカーディガンの裾をパタパタと揺らしながら答える。

「こっちの彼は、幼馴染だよ。助手」

ついでに、ぼくの紹介もしてくれた。

「よろしくお願いします」

彼女は先程と同じように挨拶した。







 道を歩きながら依頼についての答え合わせ をしたところ、大方まつりが言っていたことで正解だった。

「兄が……引きこもりで。それなのに、急に羽振りがよくなっていて、なんだかおかしかったんです。それと同時に私が何処かに出かけることにやけに執着するようになっていって……なんていうのか、重たくなっていた矢先でした」



「お母さんには、電話を受ける必要が無いことを伝えるといい。 その電話は犯人の罠だ」


 まつりが唐突にそんな事を言うので、

彼女が目を丸くする。


「えっ。どうしてわかるんですか。母も最近ずっと、電話で誰かと話していて……そのたびに変な事が起きているって」


「なんとなく、ね。監視の手が及ばなくなった犯人がどういう行動に出るかって考えたんだけれど、恐らくは親の代から監視を続けているのだろう」


大方、友人や親戚、きょうだいなんかを名乗っているのだろうけれど……

そんな不穏な言葉のあと、彼女は「はい」と悲し気に答えた。


「実は私もそう、思っていました。近所の人……野次馬も安田さんという家が『どういう家か』というのを妙実に表していました。なんというか、嘆きと、歓喜の入り混じった、他人に恨まれて来たのだろうという雰囲気があって……あっ、悪口では無いですよ。そう感じたのです、なんだか、いっちゃ悪いですけど、見物しに来た人も、どこか人相の悪そうなお年寄りが多くて。


昔からの、大きなお家だったみたいですけど……その、だからこそ、昔からそういういざこざがあったんじゃないかなと、それで、」

「監視も手慣れている、まるで何年も続けているかのように、的確に指示を出し、細かく張り付く為の気配りを欠かさない、じゃないかな?」


 まつりが続けると、彼女は両手を前に組み合わせて「すごい!、あれだけの手紙で、そんな詳細なことまで読み取れるんですね!」と感心した。


 その間ぼくは、とくにすることが無いのでぼーっと傍に立っている。ちょっと暇だ。

もう少し時間が掛かるかな、と思ったのだが


「――で、話の途中なんだけど、本件っていうのは、何処で話します? 道で大丈夫?」


まつりは、その手の称賛にはあまり関心が無かったようで早速本題に切り込む。


「ぁ……はい、その……実は」


彼女は言う。

「その、まず、火災の事なんですけど、放火の犯人が新聞だと青葉さんという方だって言われています。でも、私はどうしてもそうだと思えなくて」


 ぼくは記憶を引っ掻きまわしてみる。

此処に来る前に在る程度の火災の記事には目を通したんだけど、数か月前は

心中の為に火を付けたものと、放火したものとがどちらも数件起きている。



「それなら君は、誰だと思うんだい?」



まつりはあえて、ニコニコと、何か量るように訊ね返した。


「佐村さん……です」


し、知らない名前だ。



「な、なんだか、やっぱり、緊張しますね……」

佐村さんの名前を所在なさげに答えた途端、彼女はなんだか急にしおらしくなり、おどおどとした感じを見せた。

「確信があるとかではないんです、でも……

なんか、変だなって」


「なるほどね」


 まつりは、特に否定も肯定もせず頷いている。

 彼女が、少し、静かになる。

それぞれが、それぞれの事情を考えて居る。






静寂の隙間から夏の気配が漂った。

 夏の昼間なだけあって、外はまだまだ暑い。蝉の声がする。

見渡す限りの真っ青な空。


――三人で歩く、なんだかシュールな光景。




「……少し、どっかで涼もう」


 ――に、最近すっかり家に居る事の多かったまつりが遠回しに音をあげた。





2023年9月28日3時41分加筆

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