第3話 兄の奇行




 奇妙な事というのは、

私が新聞の小さな作文コンクールに入賞した時から始まっています。

暇だったので投稿したものですっかり忘れていたのですが、何故だか選考に引っ掛かったらしかったのです

 最初にメールが届き、

程なくして、結果が新聞に記載され、家に投函されました。


問題はそこからでした。

 その朝、新聞を家に入れ、朝食を用意した私はいつものように登校の支度をしていました。


 そこに、朝食を摂りに来た兄が新聞を引っ掴んで読むなり呻き始めたのです。

この世の終わりのような顔になり、

「あぁあぁ! もう駄目だ!もう、駄目だ。駄目だ!あぁあ!私は死ぬ!そうだ!あぁ!」と言い出し、外に飛び出して行きました。

 彼が何を見ていたのかはわかりません。

特におかしな記事は載って居ないはずなのですが……

 よりにもよって、私が関わっている記事の日の新聞を開くなり、何もかもがおしまいになってしまったかのように呻きだしたので、最初は一体何事なのかと思いました。

 何度記事を見たところで、ありふれた事件が載っているのみで、別段彼がおしまいになってしまうような事件が載っているようには思えなかったのです。


 その数日前は、バイトを首になるも、明るく楽しげに「自分もアフェリエイトとか始めようかな」などと言って情報商材関連を読み漁っていました。


 それが突然、あの新聞がこの世の終わりの凝縮された姿だとでも言うような振舞を見せ、その日は戻ってくることがありませんでした。






 翌日、私は友人と出掛ける予定が出来たので、夕飯の席で少し帰りが遅くなる旨を伝えました。父や母は了承し、兄は「何処に行くのか」と尋ねて来ました。

 少し遠くにある駅で待ち合わせて居るというと、

「ちょうど其処に行くかもしれないから自分が切符やら買って来る」と笑顔で言うのです。そして「友人の安田さんの家に行く」というと、

真夜中にも関わらず、あるいは豪雨だったにも関わらず、私達が止めるのも振り切ってまた外に出ていきました。

その日は終わり。





 私は彼のやけに高いテンションに、あるいは然程、趣味の合うような共に休日に出かける友人を観た事のない彼の急なアクティブさにそこはかとなく違和感を覚えていました。しかしその具体的な正体が掴めず、うまく言葉に出来ないままで……ただ「べつにいいよ」と言おうとしました。

 しかし彼は聞き入れませんでした。

何故か目を血走らせて「いいや、行って来るから」と言うわけです。

鬼気迫るその表情はあまりにも異様を醸していました。


そして、翌日には早速買って来ておりました。





 そのときの姿というのはニヤニヤと不気味な笑顔を浮かべてクロスワードパズルの雑誌を手に持っており、

「これ、やるよ」と殆ど解いていないそれを渡して来るなど、身内にしかわからぬ不気味さ、異様さが際立っていました。

そして去り際に彼は「クロスワード」と呟き一人で笑って居ました。





 夜、部屋に戻ると鍵付きの引き出しに入れていた原本が無くなっている事に気が付きました。

しかし、私は鍵を持っておりますし、鍵が壊されたりもしていません。

 引き出しの四隅にテープを張っておりましたので、誰かが開ければすぐにわかるはずでした。

 ちなみにですが、私はどんなコンクールや大会に出ても家族に何一つ言っておりませんし、出来るものは殆ど匿名にしております。

 大抵はすぐ落ちるようなものですから一喜一憂するのも面倒ですし、仮に選考されたとしても家族に見守って貰いたい歳でもないですから。見せる事も一切ありません。







それから予定の日になり

 遊びに行って帰って来る途中の道でなにやら騒ぎになっていまして、野焼きのような匂いと共に民家の一角の前に人だかりがありました。

どうも野次馬の話では『安田さんの家』が火事になっているとのこと。

中で家族が心中していたようで、誰も助かって居ません。

それから何度か、他の家も火事になっておりました。

 ……つまり何が言いたいのかというと、

そのすべてなのです。





この後、『兄の奇行が偶然だと信じる為』にそれを実証する為に投稿してみたのですが、、幸運なのか、採用者に興味を持っている人が居たのか何度か掲載される状況を作ることが出来ました。

 そして実証の結果、兄の奇行はやはり、私の関連する記事のときに限って行われ、外に出て叫びだすなどをしています。

そして、彼の奇行があると同時に、何処かしらで近所の一家が家を焼き心中しております。



最後に、私が最近投稿した、

引き出しに入っていたのは『クロスワードにハマっている』という内容で、勿論匿名でした。

――まだどこにも載っておらず、これから、投稿するところだったものです。













 手紙を読み終えると、まつりは「ね?興味深いでしょ」と言った。

興味深い、っていうかなんだか怖いけど……要点を整理してみよう。




「自分の(匿名)記事の掲載されるときに、この世の終わりのような顔になった兄。

その奇妙さが偶然であるか検証すべく何度か試すと、明らかに偶然では無かった」

「自分が関わったことは話した事が無い」

「切符を自分が買って来ると言い出す」

「安田さんの家に、通う」

「火事が立て続けに起き、大抵は一家が心中」








「うーん……偶然、にしても不審な点があるね」

「安田さんって誰なんだよ」

「お友達でしょ」

「依頼者は、学生さんだよね」

「うん」




 本文を読む限り、この兄という人物は記事の内容から即座に『何も伝えていないにもかかわらず』特定の人物を見分けている。

確かにちょっと怖い。





 何度も実証したということは、依頼者も彼に偶然を期待しているのでサイコメトラーだったとは考えにくい。

 そして、彼は何らかの理由でこの世の終わりのような顔になっておかしくなった。


「しかも開く前のを引っ掴んで読んでる」

「それが、どうかしたのか」

ぼくが訊ねると、まつりは「それだけ急いでいたのかもしれない」と言った。

まるで分っているかのように新聞を奪って読み、確実に目当ての記事を読んで叫びだす。のだとしたら

怪しすぎる……



 更に、しばらく関わっていた安田さんの家が焼け、その後も何度か火災があった。

 そういえばブームでもあるかのように火災が多い時期が存在していたように思えなくもない。その時期っていうと有名なアニメ会社が燃えたのがニュースになったけど、それ以外にも実は小さな火事は起きていたようだ。




「それに、原稿の密室誘拐事件……」


『クロスワード』のことを書いた記事も鍵付きの引き出しに入っていたという事実。

それがその時まだ動いていないにもかかわらず暗示的な事を言って雑誌を渡して来た兄。



2023年9月26日3時59分

















「さて、この文面だけでもある程度の全容がわかるだろう」

 席に腰かけたままでまつりは言う。





「恐らく依頼主は何らかの目的で、ずっと監視されており、それは兄の目的と関係があった。

兄がこの世の終わりのような顔になったのは

監視して、外に出ないようにしているはずの依頼主の事が外部に出ていたからだ。


 兄は、恐らく最初から内通者と通じていた。その為このメールは兄にも届いており、新聞に掲載されることがわかっていたんだ。彼は自分の『監視』の役目がどうなってしまうのか、新聞を引っ掴んで慌てて中身を確認した。

 その結果『依頼主の情報が自分の監視下に収まらずに表に出てしまった』

『監視し続けて来たことがバレたから、死ぬしかないんだ』


という考えに至る。つまり内通者として長い間やってきており、殺されるような自覚のある事をし続けて来たということだね。

母親もグルだろう。

おかしな事件が載っているかどうかなど最初から関係無かったのさ。

 閉じ込めて置きたい監視対象が、世間に監視行為に気づかせるような事をしてしまった。それが『クロスワード』の内容だったのだろうな。





兄についてだが、

 依頼主が学校に行く時間でも、あるいは別の日でも兄はずっと家に居る事が推測される。

休日に遊びに行くような友人もいない。

仕事等もしていないだろう。

彼は恐らく『引きこもり』で、例えばグレた集団とつるんでいた。


いや……ある意味。依頼主を監視し続けるという仕事を働いていたのか。

けれどどちらにしても

 彼は自分で働く気が無く、依頼主の事を報告し続けてスパイによって長年日銭を稼いでいたわけだ。

『ニヤニヤしていた』と表現される辺り、本人も微塵も罪悪感を覚えておらず、むしろ依頼主がどうなろうが良かったのだろう」






「切符を買いに行きたがり、安田さんの家に通っていたけど」



「まつりの想像通りだと、安田さんも反社会的な組織に属していたんじゃないかな。そこに報告か何かしていたのだろう。切符を買いに行きたがった、行き先を事前に入手して其処にも張り付く為だと思う。監視の目を外れて動いてしまう、兄が報告が出来なくなってしまう事を恐れて、大雨の中でも報告の為に出掛けて行ったんだろうね。そうせざるを得ないような人物――お山の大将か、反社会的な存在か。


制止も振り切って出掛けていくくらいだからよっぽど恐れていたか、協力的だったんだ。

火事の事や、密室だった机の引き出しから

文章が抜かれている理由はわからない……、でも、何らかの組織的な意図を感じられる」




2023年9月26日3時59分



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