第31話 Side Story 私の初恋

「でも、サキが幸せになって本当に良かったと思ってますよ」


「先、越されちゃい…ました。私もサキみたいに恋したいですねっ」



 私はサキに恋心を抱いていたのだろうか。あの時、私の初恋は終わったのだろうか。







「あの、すいません」

「はい?」


 掃除当番を終えて部活へ行こうと教室を出たとき、1人の女子生徒に話しかけられた。服装から中等部の3年生みたいだけど、どこかで見たことがあるような気がしたけど思い出せない。


「少しお時間よろしいでしょうか」

「え、なに?」

「ここではちょっと…場所を変えても良いですか?」

「まあ、いいけど」


 女子生徒に連れられてやってきたのは保健室。入学以来はじめて来た気がする。私を連れてきた生徒は迷うことなく扉を開けて中へと入っていく。特にけがもしていないのに入っていいのだろうか。


「今の時間、先生はいないから大丈夫ですよ」


 中には養護教諭の姿は無かった。先生の居る時間を把握しているなんて、よく来るのだろうか。


「改めまして、突然呼び出してしまいすいません」

「あ、うん」

「まず自己紹介させていただきます」


 そういえば、まだ名前を聞いていなかった。わざわざ自己紹介をするということはやっぱり初対面なのだろう。


「私は中等部3年の大森麻衣です」

「えっと、高等部1年の松尾かおりです」


 大森麻衣ね…今までの知り合いにそんな名前の人が居たっけな。


 でも、なんだろう、どこかで聞いたような気がする…


「ん?大森?」

「ご存じかもしれないですが、大森和也の妹です」


 どこかで聞いたと思えばそうだ。サキに近づこうとしてる2年生だ。


「あれ?なんで私が大森先輩を知ってるって分かったの?」

「それについては後で説明します。まず、お呼びした理由なのですが」


 なんだかよく分からないけど本題に入るようだ。わざわざ場所を変えてまで一体何の用なのか。


「あの、兄をなんとかするの手伝ってください!」

「え?」


 兄をなんとかするとはどういうことなのだろうか。サキに関係しているのか。気が急いているのか話が要領を得んていない。


「図々しいお願いだということは承知しています」

 

 深々と下げられる頭からは必死さは伝わって来る。


「とりあえず何があったか教えてくれる?」











「なるほどね…」


 大森さん曰く一週間ほど前に廊下で自分の兄が女子生徒と話をしているのを見かけた。普通なら特に気にも留めるような光景ではないけれど、相手の女子生徒が不快そうな表情をしているのが見えたらしく、そのことが気がかりで、何回か様子を見に行ったところ同様の光景を見て心配になったとのこと。

 それで、これ以上、自分の兄が迷惑をかけるような行動は止めさせたいと思い誰かに協力をしてほしいと私に話しかけたとのこと。



 

「なんで私の名前知ってたの?」

「文化祭の時に茶道部の部室の前で見かけまして、その時に名前も耳にしました」


 あー、あの時ね。確かにあの時私とサキ一緒に居たから知り合いだって分かるだろうし、記憶力凄いなとは思うけど、まあわかった。それでもまだ疑問は残る。


「直接、お兄さんに言うことは出来ないの?」

「兄は結構頑ななところがありまして」

「あー」


 大森先輩の性格を理解しているわけでは無いけれど、サキとの会話を聞いている限り、自分に自信があるような印象を受けた。それに親しい人、特に家族からの指摘には谷からの指摘より余計に意地を張ってしまうものだろうし大森さんの懸念は分かる。


「それに松尾先輩なら高田先輩の友達なので高田先輩とも連絡が取れるかなと」

「じゃあ、直接サキに頼めばいいんじゃ」

「えっと…すみません、さすがに当事者の妹なので話しかける勇気がなくて…」


 なるほど、確かに大森先輩と話した後のサキは機嫌悪いし話しかけづらいか。それに妹という立場から罪悪感を感じているのかもしれない。

 仕方がない。いろいろと気になることはあるけど友達の安寧のためにいっちょやりますか。


「まあ、話は分かったよ。出来るだけ協力するね」

「本当ですか、ありがとうございます!」

「具体的に何をすればいいとかある?」

「あの、高田先輩に、多少きつくてもいいからはっきり断ってもらうようにお願いできますか?」

「それなら今日の昼休みは相当強く言ったと思うよ」


 心配になってこっそり様子は見ていたけど、それはもう凄かった。あそこまで怒っているサキは見たことが無いと思うほど。あれだけ言われて引き下がらない人なんていないだろう。


「ほんとですか、それで諦めてくれたらいいのですが」

「大丈夫だとは思うけど」

「あの、ありがとうございました」

「いや、私は何もしてないって」


 それから大森さんと軽く世間話をした後、2人で廊下へと出た


「あれ?」

「どうしました?」


 外に目をやるとハル先輩と大森先輩が歩いているのが見えた。校舎裏の方に歩いているみたいだし、なにか不穏なものを感じる。


「ちょっとごめん」

「え、どこいくんですか」


 校舎裏に着くとハル先輩と大森先輩がにらみ合っていた。


「あの、何かあったんですか?」

「静かに、あれ見て」

「え、お兄ちゃん?それに…」


いつの間にか追いかけてきた大森さんが2人の様子を見て困惑の表情を浮かべる。


「ふざけないで!。咲ちゃんはわたしの恋人だよ」


突然、ハル先輩の怒りの声が聞こえてきた。一体なにがあったのか。


「だから別れてって言ってるんだよ」


 別れる?何、ハル先輩とサキの交際を終わらせるように要求しているってこと?


「あのさ、天野はそれで高田さんが幸せだと思ってんの?」

「お互い好きだから、幸せになれるから恋人になったんだよ」

「今はそうかもしれないね」


 まさか昼間のやりとりがこんな事態を招くなんて。見ているだけイライラさせてくる態度だ。第三者の私でそうなのだからハル先輩の怒りは計り知れないと思う。


「でも将来はどうかな。同性同士のカップルを世間はどうみるか。君は、高田さんはそれに耐えきれるかな」

「わたしも咲ちゃんもばれてもいいって思ってるよ」

「なるほどね、でも君たちだけの問題じゃない。家族だって悲しむし、迷惑をかけることになる」

「そんなこと…」


 勝手に決めつけて話を進められるなんて、その自信はどこから来るのか。本当にいらいらさせる。

 飛び出して2人の間に割って入ろうかとそう思っていた時だった。


「…っ!」

「え、ちょっ…」


 隣で様子を伺っていた大森さんが走って逃げだしてしまった。ハル先輩も心配だけど見捨てることもできず、結局後を追いかけることにした。


「大森さん、大丈夫?」


 保健室の床でへたり込む大森さん。相当なショックを受けたみたいだ。だけど


「大森さん?」


 大森さんの様子がどこかおかしい。なんだかとても息苦しそうだ。そこまで長い距離を走ったわけでは無いし、呼吸が整う様子もない。いくらなんでもおかしい。


「大丈夫!?先生呼んでこようか?」


 背中をさすってみたりするけど落ち着く様子はないし、いくらなんでもおかしい。

 流石に私にはどうにもできないので誰か助けを呼ぼうと立ち上がろうとしたときだった。


「大…丈夫、です」

「ほんとうに?大丈夫?」

「少し…安静にしていれば、落ち着きますから」


 とりあえずベッドに横にして様子を見てみた。少しすると落ち着いたようで、呼吸も安定して普通に話が出来るようになった。


「すみませんでした」

「いや、大丈夫?」

「はい、私、生まれつき体が少し弱くて」

「そうなんだ…」

「でも、休めば回復するので大丈夫です」


 そんな状況だというのに走ってしまうなんて本当にショックだったんだ。家族が他所の人に酷い言葉を投げかけているのを見かけたのだから無理もない。


「大森さん、後のことは私に任せてくれない?」

「え?」


 考えたくはないけど、これからもっと状況が悪化するかもしれない。もっとショックを受けるようなことが起きるかもしれない。これ以上体に負担をかけさせないためにも手を引いてもらうべきだ。


「お兄さんのことは私が何とかするからさ」

「だめです」

「でも…」

「あんなんでも優しいところもあるんです。そんな兄が間違ったことをしてるなら家族として正したいんです」


 大森さんからは確固たる意志を感じる。私からしたら大森先輩の印象は最悪だけど、きっと本当に優しい面も持ち合わせているんだろう。だからこそ大森さんは信じているんだ。


「わかった、でも無理は絶対だめだから」

「はい、ありがとうございます」




「そういえば、なんで大森先輩はあそこまでしたんだろ」

「どういうことですか?」

「いくらなんでも好きな人の交際相手に別れるように言うのはやりすぎな気がして」


 サキからの話だと文化祭の時大森先輩がハル先輩に告白を断られたときは特に言い争いになることもなく終わったらしい。なのに今回のサキの件はどうして頑なに、しかもハル先輩に別れるように要求までしたのか、わからない。


「まだ、高田先輩に告白していないということもあると思うんですけど」

「けど?」


 大森さんの表情が一層暗いものに変わった気がした。悲しそうな表情ともいえるかもしれない。


「多分、兄は同性愛が理解できないんだと思います。だから、そんな気持ちは勘違いだって」

「あー」


 なるほど、同性同士の恋愛なんて存在しないって考えているわけだ。2人の関係が勘違いだって思ってるからあそこまで強気な態度でいるわけだ。


「これからどうする?」

「明日の放課後、高田先輩を呼んでいただけますか。そこで終わらせましょう」

「わかった」




 そんな話をして次の日となった。今はもう昼休み。なかなかサキに事情を話せないでいる。本当ならあらかじめ事情を話すべきなんだろうけど、話を聞いてサキがおとなしく待っているか分からない。直ぐにでも先輩たちの教室に行ってしまうかもしれない。そうしたら大森先輩の行動が明るみになって大森さんの負担にもなってしまう。

 結局言い出せないまま放課後になってしまった。仕方がない。今から説明しよう。


「サキ、ちょっといい?」

「ん?」

「あの…!松尾先輩は、いらっしゃい、ます、か…?」


 突然、教室の扉が開け放たれ私を呼ぶ声が教室に響き渡る。声のした方を見ると大森さんが居た。


「大森さん、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ると、大森さんは教室の前で座り込んでしまった。前回ほどではないけれど呼吸が荒くなってる。


「大丈夫、です。それより兄がまた校舎裏に向かって…」

「え?」


 まずい、早く何とかしないと。 


「その子大丈夫?先生呼ぼうか?」


 もうこうなったら仕方がない。


「サキ、ちょっと来て」

「え、なに?」

「いいから、大森さん、私の机あそこだから座って休んでて」


 サキの腕をつかんで走り出す。もう状況を説明している余裕もない。とにかく早くしないと。


「ねえ、いま大森さんって」

「事情なら後で話すから」 











「わけわからないことを言わないでくれ。そもそも同性同士だろ。それで高田さんが幸せになるわけが」

「幸せになるかどうかに性別が関係あるの?わたしは絶対咲ちゃんと一緒に幸せになる。わたしの全部をあげたいって思えたのが咲ちゃんなんだから」


 私たちが校舎裏に着いたとき既にハル先輩と大森先輩の話し合いは始まっていた。最初は状況が把握できず、困惑していたサキも2人の会話から大方のことは理解したらしい。


「サキ…」


 サキは黙っているけどその手は震えている。その震えは怒りかそれとも悲しみか。きっといろんな気持ちが入り混じっている。


「いい加減にしてください!」


 ついにサキは飛び出してしまった。むしろ状況が把握できるまでよく我慢したと思う。


「松尾先輩」

「大森さん、大丈夫?動いて平気?」


 サキが飛び出して少しすると大森さんが隣に来た。息も上がってないしどうやらもう大丈夫らしい。


「はい、おかげさまで、それより…」


 大森さんの視線の先ではサキに糾弾されている大森先輩が居た。


「ごめん、止められなかった」

「大丈夫です。もともと高田先輩にも協力してもらうつもりでしたし、私も行きますね」


 冷静ではいるけど、やっぱり家族の醜態を見るのは辛いところがあるだろう。それでも向き合おうとしているんだから強い子だ。


「わかった、サキたちは任せて」


 私たちも3人のもとへと向かう。ハル先輩は訳が分からないと言った表情だったけど、大森先輩の方は動揺を隠しきれていない。


「ハル先輩、あとは任せてください」

「え、一体どういう…」

「いいからほら、サキを頼みますよ」


 ハル先輩に引っ付いていてサキの様子はうかがえないけど、2人きりにした方が良いだろう。




「麻衣、なんで居るんだ?」

「そんなのはどうでもいいでしょ、何してたの?」


 サキとハル先輩が離れた後、兄妹での話し合いが始まった。


「麻衣には関係ないだろ」

「謝ってよ」

「何を」

「天野先輩と高田先輩に迷惑をかけたんだから2人に謝るべきだって言ってるの」


 私の目の前で兄妹の言い争いが繰り広げられている。後のことは任せてくださいって言ったけど、私何もしてないや。


「おかしいのは向こうだ、同性同士でそんなわけないだろ。そんなんで俺は邪魔されたんだ」


 大森さんの予想していたことは当たっていたらしい。別に理解はしなくてもいいと思うけど、それは自分の中だけでとどめていてほしい。


「なんで決めつけるの」

「決めつけてるわけじゃない。普通にあり得ないことだろ」


 話は全然まとまりそうにない。


「あの、いいですか?」

「君は誰だ」

「えっと、松尾と申します。あの、麻衣さんも心配してるんですよ」

「だから、麻衣には関係ない話で」

「あなたが酷いことしたから、ほっとけなかったんですよ。なんで分からないんですか」


 流石に腹が立ってきた。自分の家族の醜態を目撃して、しかも他の人に迷惑をかけているって知って関係ないなんて思うわけがない。それでも見捨てることも無くこうして話し合おうとしているんだ、その気持ちを汲み取ってほしい。


「酷いって…」

「麻衣さん、昨日のあなたとハル先輩のやり取りを目撃して、それでそれがショックで発作起こしたんですよ」

「!?、大丈夫なのか?」


 大森先輩は血相を変えて大森さんに話しかける。その表情からは本気で心配していることが伝わって来る。これが大森さんの言ってた優しい所なのだろう。


「別に大丈夫だから」

「本当か?病院とか行かなくて…」

「それより、お兄ちゃんは同性同士の恋愛なんて理解できないの?好きになんてならないと思ってるの?」

「今はそれどころじゃ」

「いいから」

「…そんな奴は強がって嘘をついてるだけだ」

「そっか…」


 その言葉を聞いて大森さんはどこか悲しそうで、寂しそうなっ表情を浮かべた。。


「それじゃあ私も嘘つきなんだね」

「え?」

「私も女の人が好きだから」


 思わぬ告白にまた表情を変える大森先輩。


「な、なにを言って…冗談だろ?」

「嘘じゃない。私の気持ちは本物だよ」

「そ、そんなの」

「間違ってる?だったらもうそれでいい。でもこれ以上他の人に迷惑をかけるのは止めて」


 その言葉を聞いて大森先輩はさっきまでの勢いを失い、しばらくお沈黙が訪れた。


「…少し、時間をくれ」


 そう言って大森先輩はどこかへ行ってしまった。











「…」


 大森さんはその場から動こうとしない。一体どういう気持ちで打ち明けたのか、奇異な目で見られるかもしれないのにそれでも考えを改めて欲しかったのかもしれない。


「すみません。見苦しい場面をお見せして」

「いや、まあ大丈夫?」


 気まずい、どう声をかけるべきか。結局話し合いはまとまらなかったし私、何も役にたってない。


「あの…少し話聞いてもらえますか?」

「何?」


 じっと私を見つめてくる。すごく真っすぐで真剣な瞳。


「私の好きな人、先輩なんです」


 先輩?だれ?


「先輩って?」

「あなたのことです」

「え…?」


 私を好き?なんで?いままで話したことなんて無かったはずじゃ。


「…信じてもらえないかもしれないですけど、本当です」


 疑っているわけじゃない。でもどうして。


「私たちが会ったのは今回が初めてだよね?」

「いえ、実は以前お会いしたことがあります」

「え?」

「4月のはじめごろに満員電車の中で体調を崩したことがあるんです。その時席を譲ってくれた人が居ました」

「あ、」


 思い出した、どこかで見たことあると思ったけど、前に電車の中で壁に寄りかかって顔色を悪くしていた中学生だ。


「嬉しかったです。本当に辛かったから」

「でも、辛そうだったしそりゃ助けるよ」

「それを行動に移せる。それだけで素敵なことですよ」


 本当に嬉しそうに話をしてくれる。自分のことをこうも褒められると気恥ずかしい。


「その日以来、電車の中や学校で見かけるたびに目で追うようになってました」


 なるほどね、だから文化祭の時に耳にした私の名前を憶えていたのか。


「それで、今回の一件で先輩と接してやっぱり優しい人だなって」

「そっか…」

「急に変な話をしてしまってすみません。忘れてください」


 大森さんは背を向けて立ち去ろうとする。


「待って!」


 咄嗟に手を掴んでいた。


「私は…」


 私は今、何を考えているのか、何を感じたのか。。


「私は、まだ大森さんのことを良く知らない」

「…はい」


 私はどうしたいのか


「でも、だからこそ知りたいし、知ってほしいとも思う」


 私のことを好きでいてくれているのは素直に嬉しい。それに出会って間もないけど彼女が思いやりのある人だってことは分かる。そんな彼女を私は好きになりたいと思っている。


「松尾先輩…」

「だから、友達からじゃだめかな」

「いいんですか?」

「もちろん」

「ありがとう、ございます」


 私の初恋は今、始まったのだろうか。

 

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