第30話 特別で、大切で
昨日の放課後と同じ場所で相手が来るのを待つ。昨日と違うのは呼び出したのがわたしだということ。ゆっくりと深呼吸をしながらその時を待つ。
背中を押してもらったんだ。今のわたしなら大丈夫。
「やあ、待たせて悪かったね」
「大丈夫だよ」
数分待ったあたりで件の人物、大森君がやってきた。とても落ち着いた様子で何について話をするのか理解してるのか疑わしくなるほど。
ただ、その懸念も見当違いだったみたい。
「俺を呼び出したのは昨日の話の事だろ。もう決心はついたのか?」
「もちろん」
ちゃんと理解していた。そのうえでまだわたしは何も言っていないのにその態度というのは一体どれほど自分の考えに自信があるのか。深呼吸して心を落ち着かせていた自分がばかみたい。
「ならよかった。それじゃあさっさと別れ…」
「咲ちゃんはわたしの恋人だよ」
大森君の落ち着き払った表情は一瞬で厳しいものに変わる。予想外のことに驚くというより怒りを感じているみたいで、じっと睨みつけてくる。
「君は俺が言ったことをちゃんと理解したのか?」
「もちろん」
「ならなぜだ周囲のことを考えないのか」
「考えてるよ。考えてるからこそだよ」
考えてないわけがない。ずっと考えてた。
「君は両親のことをどうでもいいと思っているのか」
「もちろん大切な人だよ」
「だったら」
「だからこそ、わたしが見つけた幸せを知ってほしい」
「なにを言って…」
「お父さんとお母さんが大切にしてくれたから、わたしも大切な人を見つけられたって思うから」
お父さんとお母さんはわたしを大切に育ててくれた。愛情をいっぱい注いでくれた。
きっとお父さんとお母さんもおじいちゃんとおばあちゃんから大切に育てられて、そうやって気持ちはわたしのもとまできたんだ。。
だからこそわたしは誰かを大切に想うことを愛することを理解できたんだ。かけがえのない気持ちをくれてありがとう。その感謝はわたしが大切な人と幸せになることできっとお父さんとお母さんに伝わる。
「わけわからないことを言わないでくれ。そもそも同性同士だろ。それで高田さんが幸せになるわけが」
「幸せになるかどうかに性別が関係あるの?わたしは絶対咲ちゃんと一緒に幸せになる。わたしの全部をあげたいって思えたのが咲ちゃんなんだから」
わたしも咲ちゃんも女の子だから子供に愛情を注ぐことは出来ない。だからその分、たくさんの大切を、愛情を、ありったけの気持ちを咲ちゃんにあげるんだ。
「…くっ、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
話し合いは一向に進まない。そもそもわたしが分かれないと言った時点で話は終わりだと思っていたのにどうしてここまで頑ななのか。
「いい加減にしてください!」
それは突然だった。わたしと大森君からは見えない位置からの声。聞き間違えることなんて無い。でもなんで。
少しの間を置いて一人の女の子が姿を現す。
「咲ちゃん」
そこには怒りを露わにした咲ちゃんが立っていた。
「た、高田さん。どうして」
「状況は大体把握してます」
さっきまでの威圧は消え失せ狼狽を隠せない大森君。対して冷たい声で静かに話す咲ちゃん。でも、かすかに声が震えていることが分かる。
「高田さん!どうして天野なんだ。男の俺じゃないんだ」
「私は男か女かで好きな人を決めたわけじゃないです。春先輩だから好きになったんです」
「意味が分からない」
「別に理解しなくていいです。いいですか、はっきりいいますよ。今後一切関わらないでください」
それだけ言うと、わたしのもとへと駆けよって来る。さっきまでの怒った表情とは違って、今にも泣きだしそう。
「春先輩…春先輩…!」
わたしの前まで着いたとたんに決壊したように泣き出してしまった。
「なんでなんだよ!女同士だろ!」
大森君が食い下がって来るけど相手にしている場合じゃない。咲ちゃんが泣いてるんだ。私が笑顔にしないと。
「なんで無視するんだ!」
「いい加減にしてよ!」
「え?」
再び怒声がこだます。咲ちゃんが隠れていた場所から2人の女の子が姿を見せた。1人はかおりちゃん。かおりちゃんはそのまま私たちの方へと駆けよって来る。もう一人は高等部のブレザーではなく中東部のセーラを着た女の子。見覚えは無い。一体何が起きているのか分からない。でも大森君は明らかに動揺している。
「ハル先輩、あとは任せてください」
「え、一体どういう…」
「いいからほら、サキを頼みますよ」
そう言ってわたしの少し下へと視線を移す。
「…うん、ありがとう」
校舎裏から部室へ向かった。結構遅れてしまったからもう2人とも来ていると思ったけど、中には誰にもおらず机の上に
(今日は休み!私も葵も居ないから、それじゃ!)
と書かれたメモがあった。なんでメールで教えてくれなかったのかとか、何で部室が開いていたのかとか聞きたいことはあったけど、もしかしたら今日のことを知っていたのかもしれない。
「あの…ごめんなさい」
席に着いてからしばらくして咲ちゃんがぽつりと謝罪を口にした。
「なんで謝るの?わたしが悪いのに」
「違うんです」
「え?」
それから咲ちゃんは今日まであったことを話してくれた。文化祭の一件を見ていたこと,少し前から大森君に絡まれていたこと、またわたしを狙っていると思って不安になったこと、途中で真意を知って断ろうとしていたこと、そして今日のこと。
「そっか」
「私が相談していれば春先輩が苦しい思いをすることなんて無かったから…」
確かに相談されていれば状況を誤解することなく対処できたのかもしれない。でも、そうしなかった気持ちは痛いほどわかる。好きな人を狙っている人なんて近づけたくない。私だってそうしたんだから。
「わたしだって同じだよ。不安になって少しでも咲ちゃんに近づけたくなくて」
「…はい」
「だからね、今回のことはおあいこってことで、ね?」
咲ちゃんは何度もうなずいて、それでやっと笑ってくれた。この子にはこうやって笑顔で居て欲しい。
話が終わると静かな時間が流れる。別に嫌な気分はしない。むしろ嬉しいとすら思ってる。こんな状況で考えるのもおかしいけど、咲ちゃんが私のことを強く想ってくれていることがわかったから。これからもいろんなことが起きるんだろう,その中には辛いことだってある。私はどんなことがあってもこの子の笑顔を守ってこれからもずっと一緒に居たい。改めてそれを実感した。
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