第23話 欲しい気持ち、あげたい気持ち。

 部室には明かりが灯っている。すりガラス越しに見える人影は1人。


「失礼します」


 部屋の中に入ると、春先輩が下を向いて座っていた。


「春先輩だけですか?」

「うん…」


 下を向いててもわかる。声が震えている。ずっと泣いてたんだ。その事実が私の胸を締め付ける。


「あの、咲ちゃん…」

「すみませんでした」


 頭を下げて謝る。謝ることしか出来ない。


「…いいよ、わたしが怒らせちゃったんでしょ」

「ちがうんです」


 先輩は自分に責任があると思っている。自分が何かしたと思ってる。


「私が勝手に勘違いして1人で憤って、八つ当たりしてしまったんです」

「勘違いって?」


 もう迷ってちゃだめだ。背中を押してくれたみんなのためにも、大好きな春先輩をこれ以上苦しめないためにも、伝えるんだ。


「春先輩と彩先輩が付き合ってるって思ってました」

「え?」


 春先輩がこっちを向く。その顔は濡れていてり泣いていたことが分かる。


「それが嫌だったんです。嫉妬したんです」


 恋は綺麗な素敵なばかりじゃない。その気持ちの中にはどす黒い感情だってあったんだ。


「私は」春先輩の特別になりたかったんです」


 特別なんて言ってるけど、結局これは独占したいってことだ。


「それで、手を繋ごって言われて、嬉しいはずなのに憤って八つ当たりしてしまいました」


 好きな人にあたってしまうなんて、


「最低なことをしてしまったことは分かってます。自分勝手だって分かってます。すみませんでした」


 足が震える。立ってるのがやっとの状態だ。


「それでも、私は春先輩の恋人になりたい。ただ1人の特別な存在になりたいんです」


 こんな身勝手な告白ってあるんだろうか。嫉妬や独占欲をただぶつけているだけなんじゃないだろうか。


「春先輩、あなたのことが好きです。私と付き合って下さい」


 言ってしまった。それでも、この気持ちを抑えることはもう出来ない。



「…こっち向いて?」


 頭を上げると、春先輩が近づいてくる。それで…


「咲ちゃん」


 抱きしめてきた。震える私を支えるように、安心させるように、あの時よりもずっと強く。


「ごめんね」

「なんで謝っちゃうんですか…」

「咲ちゃんの気持ちに気づいてあげられなくて…辛かったよね」


 私のせいじゃないですか。


「でも、手を繋ぎたかったの」


 春先輩の温もりが、身体を、心を温めてくれる。


「咲ちゃんは、わたしにとっての特別だから」


 いつの間にか震えも止まっていて、私からも春先輩を強く抱きしめる。


「私だって嫉妬するし、特別になりたい」

「はい」

「だから、最低なんて言わないで、それだけ好きでいてくれてるんだって嬉しいから」


 今度は、私が泣いてしまった。こんな私を受け入れてくれたんだって分かるから。


「わたしも好きだよ。だから、恋人になってください」

「はいっ」


 抱きしめる感触が、温もりが、そばにいるって、通じ合っているんだって教えてくれる。






「そろそろ帰ろっか」

「はい」


 どれくらい抱き合っていたのだろうか、外はもう夜一歩手前といった感じで陽も沈んでいた。


「サキー、おめでとー」


 靴箱に到着するとかおりや葵先輩、彩先輩が待っていて、手を繋いでいるのをばっちり見られてしまった。


「え、なんでかおりがいるの?」

「やだなー、さっきメッセージ送ったじゃん」

「松尾さんは咲のこと凄く心配していたのよ。私たちを詰問するくらいだったんだから」

「そうだったの?」

「えーまぁ、うん」


一体なにを言ったんだろう。でも、3人の間に溝は感じられないし問題にはなっていないみたいだ。だったら、かおりを非難することはやめよう。それくらい私のことを心配してくれたんだ。


「ありがとう」

「え?」

「心配してくれたんでしょ。こうなれたのはかおりのお陰でもあるんだから、ありがとう」

「よ、よせやい照れるじゃん」


 かおりはいつも私の支えになってくれた。だから、いつかかおりが悩むことがあるなら助けになりたい。大切な親友なんだ。


「良かったなー咲」


 彩先輩も祝福の言葉をくれる。本当に祝ってくれていることが伝わってくる。だったら伝える言葉は謝罪じゃない。


「彩先輩、ありがとうございました」

「まっ、先輩ですから!もっと敬ってくれてもいいんだぞ」

「調子に乗らないの」


 おどける彩先輩を葵先輩が注意する。


「葵先輩もありがとうございました。きっかけをくれて」


 私が恋心を自覚したのも、春先輩に想いを伝えることが出来たのも葵先輩がきっかけをくれたからだ。


「いいわよ」

「はい」


 それから、5人で少し話をした。その中でかおりの口から葵先輩が彩先輩に告白をしたということを知らされた。うっかり口を滑らせたみたいでかおりと彩先輩は焦っていたけど、葵先輩は全く気にしている素振りは無かった。


「頑張ってください」

「ええ、もちろん」

「も、もう帰ろう」


 彩先輩は恥ずかしいのか顔を赤くして帰ろうと葵先輩の腕を引っ張る。


「わたしたちも帰ろっか」

「そうですね」


 帰ろうとしても、かおりが動こうとしない。帰り道は私と春先輩、かおりは一緒だから一緒に帰ると思ったんだけど。


「かおり、帰らないの?」

「いやーさすがに恋人同士が、ちゅっちゅしてる横を一緒に歩く勇気はないかなー」

「しないよ」


 流石に友達の前でそんな大胆なことしないし出来ない。


「まあ、せっかく恋人になれた記念日なんだし2人で帰りなよ」

「…ありがとう」

「思う存分いちゃついちゃえ」

「……そんな、いちゃつかないよ」

「今の間、何?」






 春先輩と手を繋いで帰る。今までも何回も繰り返してきたこと。でも、今までとは違う。手から伝わるぬくもりが、距離が、春先輩との関係が特別なんだって、現実なんだって教えてくれる。


「寒いですね」


 季節はまだ秋。夕方は冷えるけど寒いというほどではない。ただ、そう言えばもっと近づけると思った。


「うん」


 春先輩の恋人になれた。それを意識するとドキドキして何をしゃべればいいかわからなくなってしまう。結局、告白する前と同じで緊張しっぱなしだ。


「寒いね」


 そう言って春先輩は繋いでいた指を私の指の間に絡ませてきた。そしてぎゅっと握ってくる。私も握り返す。私と春先輩が離れ離れにならないように、しっかりと強く。


「温かくなってきました」

「だね」


 体の中から熱があふれてきて、ドキドキはより強く、速くなる。


「咲ちゃん、顔赤いね」

「春先輩だって」

「好きなんだもん」

「私もです」


 この気持ちが春先輩と共有できることが嬉しい。これからは春先輩とたくさん思い出を作っていきたい。

 ぐっと春先輩との距離を詰める。


「こうすればもっとあたたかいです」

「ほんとだ、温かいね」

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