第23話 友達-2

 春先輩から逃げて帰る気にもなれず、駅のベンチに座ってただ景色を眺めていた。いろんな人たちが駅を行き来する。一人の人、友達同士の人、それに恋人同士であろうカップル。


「もう嫌だ」


 今日だけで精神が相当擦り減った。それで春先輩にやつあたりみたいに酷いことを言ってしまった。そんな自分が嫌になる。

 こんな思いをするなら好きになんてならなきゃよかった。そう考えたけど、好きになってしまったものはどうしようもない。現に今だって私は春先輩のことが好きなんだ。それがまた私を苦しくさせる。


「…ん?」


 鞄に入れているスマホが震えている。


「葵先輩…」


 画面には「佐保葵」と表示されている。一体こんな時に何の用なんだ。


「もしもし」。

「もしもし、咲。いまどこ」

「駅で電車を待ってます」


 待ってないけど。ただ景色を眺めてるだけだけど。


「だったら、今すぐ部室に来なさい」

「え、いやあの電車…」

「いいから来なさい」


 それだけ言って葵先輩は通話を終了した。


「…」


 帰ろうか。でも、さっきの葵先輩なんか怖かったし、行かないとまずい気がする。でも、行きたくない。このタイミングだ、春先輩に関係してるだろうし。


「ん」


 またスマホが震えた。今度はメッセージが届いた。


「必ず来なさい。待ってるから」






「よっ」


 靴箱につくと、そこには彩先輩がいた。葵先輩が部室で待ってると思ってたから予想外だ。


「咲」


 彩先輩が一歩近づいてくる。表情は怒っているようには見えない。


「春と喧嘩したんだろ」

「そうですね」


 喧嘩というか一方的に私が責め立てただけだけど。


「何があったんだ」

「分かってるんじゃないですか」


 ただの嫉妬で醜いことなんだろうけど、つい不愛想に答えてしまう。


「そうだな、私と春の関係のことだろ」


 やっぱり気づいてた。まあ、昨日の今日だ原因くらい想像つくだろう。


「盗み聞きしてしまってすみませんでした」

「いいよ、おあいこにしとく」

「え?」


 おあいこってなんのことか分からない。


「それよりさ」


 どうやら、教えてくれる気はないらしい。


「私と春、どういう関係だと思ってるんだ」

「付き合ってるんですよね。おめでとうございます」


 分かり切ったことを聞いてくる。春先輩が好きだって伝えているのを聞いたんだから知ってる。


「違うぞ」

「え?」


 違うってどういうことだろうか。好き合ってるけど、まだ付き合ってないとかそういうことだろうか。


「私は告白して振られたんだ」


 振られた?告白したのは春先輩の方じゃ…


「部室で春が待ってるぞ、そんじゃ」

「え、あの…」


 そういって彩先輩は校舎の中に入っていった。意味が分からない。でも、ここで嘘をつくわけなんて無いだろうし、事実なんだろうか。彩先輩はこれを伝えることで私に何を望んでいるのか、もうわかってる。

 少しの間その場で立ち止まっていた。勇気がでない。でも流石に待たせるわけにもいかない。空はもう夕焼けに染まっている。スマホで時刻を確認しようとしたとき1件のメッセージが届いた。かおりからだ。


「頑張れ」


 ただそれだけのメッセージ。でも、今の私が動き出すには十分な言葉だ。 











「あなたは、咲のことどう思ってる?」


 どう思っているとはどういうことなのだろう。質問の意図がわからない。


「どうって、なんですか?」

「あなたは、咲に対して恋心を抱いていたのかしら」

「…あー」


 なるほど、そのことか。


「どうしてそう思ったんですか?」


 アオイ先輩とはそこまで多くの節点があったわけでは無い。そんな人から質問されるとは思わなかった。


「彩に対して怒った時も、家族や大切な人が傷つけられたのかと思うほどだったわ」

「まあ、友達ですし」

「そうね、で、どうなの?」


 しっかりとした確証があるわけでは無いのだろうか。だからといって質問を撤回する気は無いみたいだけど。


「どうしてそんなこと聞こうと思ったんですか?」

「あなたが全く後悔してなさそうだったから」


 後悔するには後悔しなきゃいけないことを自覚しないといけない。でも、


「わかんないですね」


 サキは私にとって大切な友人だ。小学校の頃からずっと一緒で、休み時間だって社会見学だって修学旅行だって、ずっと一緒だった。いろんな思い出を作ってきた。

 高校進学の時、私とサキは同じ公立高校を第一志望にしていた。結局、私は不合格でサキは合格して、高校では別の学校になっちゃうのかって思って凄く悲しかった。でも、サキが公立への進学をせずに私と同じ学校への進学を決めたことを聞いた時は寂しがりやだねー。とか言ってからかってたけど本当はまた一緒に居れるんだって嬉しかった。

 サキに対して抱いている気持ちが親愛であることは間違いない。でも、その中に恋愛感情が無いかと聞かれればそれを否定することも出来ない。わかんないんだ。


「でも、サキが幸せになって本当に良かったと思ってますよ」


 心の底からそう思う。サキの幸せそうな顔が見れて良かった。


「…そう」

「先、越されちゃい…ました。私もサキみたいに恋したいですねっ」


 サキが幸せになれて嬉しい。本当に。


「きっといい出会いがあるわ」

「はいっ…」


 サキ、頑張れ。素直になって、あと少しだから。


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