第20話 ずるい
廊下でサキとばったり会った。何かを耐えるようなそんな顔をしていた。あんなサキ見てられない。なんとかしてあげたいと思うくらいには辛そうだった。サキに言ったら別に気を遣わなくてもいいって言うのかもしれないけど、大切な友達が悩んでいるなら、助けたい。
とりあえず、アオイ先輩に状況の確認を取ろう。さっき、ハル先輩がサキを追いかけていったのを見かけたから、今、部室に居るのはアヤ先輩とアオイ先輩になる。いくらなんでもアヤ先輩にド直球で聞くのは失礼な気もする。
「あれ?」
部室が閉まっている。行き違いになったのか。
「どこいったんだろ」
とりあえず靴箱に来たけど、先輩たちのクラスを知らない。どうしようかと考えていると話し声が聞こえてきた。
「え?」
声がした方に目をやると、手を繋いだアヤ先輩とアオイ先輩が居た。
「何してるんですか!」
思わず叫んでいた。
「え?なに、どうしたの」
どうしたじゃない。いったい何をしているんだ。
「何をしてるのか聞いてるんです」
「松尾さん落ち着いて」
落ち着けるわけがない。サキは辛い思いをしてそれでも耐えていたのに、なにしてくれてるんだ。サキが望んでも叶わなかったのに、あなたはそれを手に入れたのに。
「サキがどんな思いでいるか分かっているんですか?それでも、お2人のことを応援しようとしていたことを分かっているんですか?最低です!」
気持ちが抑えきれない。思ったことが次々と口から出てくる。
「落ち着きなさい!」
「!」
アオイ先輩からの制止がかかった。
「とりあえず部室にいきましょう」
「…はい」
「さて、さっきのは一体どういうことなの」
2人、というかアオイ先輩に連れられて自然科学部の部室に来た。机の対面にアオイ先輩とアヤ先輩が座っている。顔には出てないけど、アオイ先輩の声色から怒っていることが分かる。アヤ先輩も威圧されているのか背中が丸くなっている。
「えっと、かおりちゃん、話してみて?」
ずっと黙っていると、今度はアヤ先輩が話しかけてくる。
「…アヤ先輩がハル先輩と付き合っているのに、アオイ先輩と手を繋いでるから」
「え、どういうこと?」
「え?」
まるで意味が割らないと言った表情でこっちを見てくる。
「アヤ先輩、ハル先輩と付き合っているんですよね?」
「え?」
「え?」
なんだか話がかみ合っていない。
「松尾さん、彩と春は付き合ってないわ」
付き合っていない?アオイ先輩が知らないだけだろうと思って、アヤ先輩に目をやると、うんうんとうなずいていた。
「春先輩のこと振ったんですか」
「春から告白なんてされてないけど」
「え?」
サキは聞き間違えたのだろうか。
「だって、昨日、ハル先輩がアヤ先輩に好きって伝えてたって、サキが言ってましたよ」
「昨日、咲、居たの?」
「ハル先輩がアヤ先輩のこと好きって言ってるとこだけ聞こえて、すぐその場を離れたらしいですけど」
アヤ先輩は「あちゃー」と頭を抱えてる。一体何だというのか、話が全く見えてこない。
「昨日は、私が春に告白して振られたんだよ」
「どういうことですか」
「行ってくるよ」
「ええ、頑張ってね」
今日、私は春に告白する。
「いままで、心配かけて悪かったな」
「良いわよ別に」
「それじゃあ」
「ええ、またね」
葵と別れて部室へと向かう。廊下に人影は見えない。吹奏楽部の演奏だけが響く廊下を歩く。部室はまだ暗く、春は来ていないことが分かる。
「よしっ」
気合を入れたのかそれとも、決意を込めたのか声が出る。部室に入って明かりをつけてその時を待つ。
「…」
まだ何もしていないのにドキドキが止まらない。
「彩ちゃん来てたんだねー」
「おっす」
しばらくして春が部室に入って来た。帰り支度は済ませているようで鞄を持っている。
「大切な話ってどうしたの?」
「ああ、うん」
どうしよう。呼び出したはいいけど、何しゃべるか決めてない。昨日の今日で決めれるわけがない。
「…」
「彩ちゃん?」
もう悩んでいても仕方がない。いってしまえ。
「好きだ」
「え?」
「私は春のことが好きだ。友達としてもそうだけど、私は春に恋してる」
場の空気が一気に緊張したものに変わった。
「あの…その…」
春から動揺が伝わってくる。今まで何度か告白されていても、まさか友達から告白されるとは思ってもいなかったのだろう。
「今、思ってることを正直に言って」
「わたしは…」
春の声が詰まる。口が開いて閉じてそんなことを何回か繰り返す。
「…わたしは彩ちゃんのこと、好きだよ」
「うん」
「でも…でもそれは友達としての好きで…」
「…そっか」
分かっていた。春が私のことを恋愛対象として見ていないことくらい。
「ありがとう、春」
「うん…」
沈んだ空気が部室を漂う。
「そんな顔すんなって」
「うん…」
「さっきも言ったろ。友達としても好きなんだって」
私と春は恋する前からずっと友達なんだ。
「だから、これからも、友達でいような」
恋人じゃなくたっていい。大切な友達であることは変わらないんだから。
「ありがとう。彩ちゃん」
ようやく笑ってくれた。どうせだったら少しからかってやろう。
「あー咲に負けちゃったかー」
「え?」
「咲のこと好きなんだろ?」
みるみるうちにに顔が赤くなっていくのが分かる。ころころと表情が変わって面白い。
「え、なんで」
「分かるよ、バレバレだって」
ずっと春を見てたんだ気づかないわけがない。
「その髪飾り、咲とお揃いじゃん」
昼に咲を見かけたとき、春のしている髪飾りと色違いのものをつけていた。昨日遊びに行ったときに買ったのだろう。
「うん」
少しはにかむ春は、まさしく恋する乙女といった感じだ。
「告白とかしないの」
「それは、今の関係が崩れるのが怖くて…」
まあ、気持ちは分かる。告白が失敗して春が離れてしまったら私だっていやだ。
「大丈夫、咲なら春のこと好きだから」
「それは…わかんないよ」
わかんない。きっと春も迷っているんだろう。咲も自分のことを好きかもしれない。でも分からないいから怖い。
「仮に失敗して、咲は春から離れていくような奴じゃないだろ」
「…」
「春は私から離れていくのか?」
「そんなことしないよ!」
さっきまでの弱々しい声とは打って変わって、はっきりと伝えてきた。それだけで私は十分だ。
「だったら咲も大丈夫だ」
「そうなのかな…」
あと一押し。
「だったら、自分からもっとアピールしよう」
「アピール?」
「そう、アピールして春のことをもっと考えてもらえるようにするんだよ」
もうそんな必要ないと思うけど、一歩進むためには必要なことだろう。
「…うん、わかったよ。わたし頑張ってみる」
「おう,頑張れ」
春と別れて1人で自分のクラスに戻ってきた。中には誰もいない。特に用事もなかったからもう帰っても良かったけどなんか来てしまった。
「ひぐ…うぇ」
我慢していた涙が出てくる。告白したことに後悔なんてしていない。伝えることが出来て良かったと思ってる。でも、やっぱり振られたのはつらい。いままでずっと好きだったんだ。1人で泣くことくらい別にいいだろう。2人は両思いだ。いつになるか分からないけど2人が恋人同士になったときは笑って祝福したい。だから、その分の涙を今、全部流そう。
「彩…」
後ろから声が聞こえる。葵だ。まだ、帰っていなかったようだ。
「どうした、葵」
顔を見られないように背を向けて返事をする。
「私は貴女のことが好き。あなたと一緒に居たい」
「…葵」
「こんなのずるいのかもしれない。でも、私は貴女の隣に居たい」
なんだよ、わかってたよ。そうかもしれないって思ってたよ。
「なんだよ…今、優しくされたら好きになっちゃうかもしれないだろ」
「ずるくてごめんね」
後ろから抱きしめてくる葵の体は震えていた。
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