第19話 限界
「咲ー,早く起きな」
扉の向こうからお母さんの声が聞こえる.眠たい目をこすりながら外w見ると朝になっていた.スマホの目覚ましを聞き逃してしまったのかと思ったけど,電池が切れていた.昨日は帰宅してからご飯と入浴以外は何もする気が起きず、スマホの充電も忘れていた。
急いで充電してスマホの電源を入れると、かおりから何件かのメッセージが来ていた。内容は私のことを心配するもので、かおりに心配をかけてしまったことに申し訳ない気持ちになる。時間を見ると、いつも乗っている電車には間に合いそうにないのでかおりに、先に行ってて。とメッセージを送った。
かおりへの連絡を済ませて学校へ行く支度をする.洗面所で顔を洗って髪を整える.それで,髪留めをつけようとして手が止まる.手に持っているのは先週,春先輩が選んでくれた髪留め.
「わたしは彩ちゃんのこと好きだよ」
私は,春先輩の特別にはなれなかった.春先輩にとっての特別は彩先輩だったんだ.今まで,春先輩は私に特別をたくさんくれた.この髪留めは春先輩との最後の特別になるかもしれない.
「いつか…」
いつか,この想いを忘れる時がくるまでは身に着けていたい.未練がましいかもしれないけど,まだ私には無理だ.
「咲ー,早くしないと遅刻するよー」
「わかってる」
いつものように電車に乗るために駅へと向かう。いや、少し寝坊したから遅めの電車だけど.入学したての時はよくこの時間に学校に行っていた.なんで少し早めに行くようになったのかなんて忘れたけど,
「遅い」
家の最寄駅に着くとかおりが待っていた.
「遅れるから先行ってって言ったじゃん」
「昨日から連絡がなっかたんだから心配するよ」
そりゃ,気になるか.私でもかおりが落ち込んでいたら心配してしまう.
「ごめん,ありがとう」
「素直でよろしい」
2人で学校への道を歩く.遅れたとはいえ遅刻するような時間ではない。だから急ぐ必要もない.
「あ,咲ちゃん,かおりちゃんおはよー」
後ろから声が聞こえる。嬉しいはずの声、振り返ると春先輩が駆け寄ってきていた.まさかこのタイミングで会うなんて運命というものは意地悪だ.
「おはようございます」
「おはようございます.ハル先輩」
春先輩は私が選んだ髪留めをつけてくrている.それが余計に私の未練を強くさせる.想いを断ち切ろうとしてもそうさせてくれない.
「どうしたの?いままでこの時間に会ったことなかったけど」
「今日はサキが寝坊したのでたまたまです」
「そっかー,朝から咲ちゃんに会えてうれしいな」
春先輩は笑顔で話しかけてくる.悪気なんて無いのは分かっている.本当に喜んでくれていることは分かっている.でも,その表情が,その言葉が私の心を締め付ける.
「咲ちゃん,大丈夫?」
「大丈夫です」
「…ならいいけど」
もうこのことを打ち明けることは無いんだろう.いつかは言えたらいいな.なんて思っていたけど,それももう叶わない.言ってしまったら春先輩を苦しめてしまう.先輩,後輩ですらいられなくなるかもしれない.
「そうだ,今日はちゃんと部活あるからね」
「わかりました」
「お,咲じゃん」
放課後,部室へ行くと彩先輩がいた.
「こんにちは」
とりあえず,彩先輩の対角に座る.別に定位置というわけでは無いけど,前までは私の隣には春先輩,彩先輩の隣には葵先輩が座っていた.でも,今日からはは違うだろう.彩先輩の隣にはきっと春先輩が座ることになる.
「んー?」
「どうしたんですか」
彩先輩が私の顔をまじまじと見てくる.
「髪留めつけてんじゃん.それどうしたの」
「ちょっと気分で」
「あー春か,よかったじゃん」
なにが良かったというのか.よかったのは彩先輩の方じゃないですか。と言いたくなる.今の私には嫌味を言っているようにしか聞こえない.
「昨日はなんの用事だったんですか?」
「え,あーちょっと葵とな」
なんで嘘つくんですか.私だって春先輩好きなんですから.もう無理なんだって,叶わないんだって教えてくださいよ.じゃないと私,惨めじゃないですか.
良くない考えばかり考えてしまう。いつまでこれは続くのだろうか。
「おつかれさまー」
遅れて部室に春先輩と葵先輩が入ってくる.そうして2人も席に座る.
「え?」
「どうしたの?」
どうしたじゃない.どうして私の隣に春先輩が座っているんですか.彩先輩の隣,葵先輩が座っちゃいましたよ.
「なんでもないです」
彩先輩を見ると,葵先輩と仲良く話している.
「彩,今日あなたの家いくから」
「いいけど,なんで」
「あなたのテストが酷かったから勉強会よ」
「またー」
いつもの光景.いや,いつもより葵先輩が彩先輩に近づいている気がする.私が見て気づく違和感なんだから春先輩も気づくはずだ.
「春と咲はどうする?」
「私は遠慮します」
とにかく1人で落ち着きたい.
「わたしもいいや」
なんで?本当に訳が分からない.春先輩と彩先輩は昨日から恋人になったはずじゃ,私が細かいことに神経質になりすぎているだけなんだろうか.昨日のことが無かったんじゃないかって期待してしまいそうになる.違うのに.これじゃあ,忘れたくても忘れられない.
「あの,私ちょっと用事があるので早めに帰りますね.お疲れさまでした」
それだけ伝えて足早に部室を出た.早く帰って落ち着きたい.いろんな感情がごちゃごちゃ頭の中を動き回って、もう何も考えたくない。
「あれ?サキ帰り?」
「うん,ちょと用事で」
「…そっか,また明日」
靴箱で履き替えて,校門へと向かう.早く帰りたい。
「咲ちゃん,待ってよー」
後ろから春先輩が追いかけてきた.鞄を持っているし帰るようだ.本当ならすぐにでも走って逃げたい。
「一緒に帰ろ?」
「…はい」
前より少し離れて歩く.近づきたい.でも,もう近づけない.
この動揺を悟られるわけにはいかない.自分でもわかるくらい気持ちが不安定になっている。
「いいんですか?」
「何が?」
「勉強会参加しなくて」
「咲ちゃんと一緒に帰りたかったから」
「…そうですか」
前までの私だったらその言葉を聞いただけで舞い上がるような気持ちになったと思う.先輩も私を少しは意識してくれているんじゃないかって考えたかもしれない.でも,今は違う私は先輩の特別にはなれなかったんだ.結局,先輩,後輩の関係から変わることは出来なかった.今,春先輩の隣を歩いているだけでも辛い.前までは,もっと近づきたい,手を繋ぎたいたいと思っていたのに.恋というのは残酷だ.楽しかった時間が一気に辛い時間になるんだから.
「ねえ,咲ちゃん」
「はい」
とにかく悟られるわけにはいかない.何とかしないと.落ち着かないと。
「手,繋ご?」
足が止まる.
「咲ちゃん?」
「何で」
「え?」
「何でそんなひどいことするんですか!」
「え,あの」
「私がどんな気持ちでいたかわかってるんですか?無理なんだったら,期待なんてさせないでください.私,惨めなだけじゃないですか!」
悲しみや憤りそんな感情のままにぶつけてしまう.これは誰が悪いのかそんなの考える余裕もない.ただ今思っていることを叫んでいる.
「咲ちゃん…」
「来ないでください!これ以上関わらないでください!」
「え…」
言ってしまった.拒絶の言葉.好きな人に対して言うなんて.でも,言ってしまったらもうどうにもならない.春先輩を見ると,さっきまでの優しい表情とは打って変わって凄く悲しそうで目から涙がこぼれ落ちている.そんな顔してほしくないのに,私がそうさせた.
「失礼します」
その場から逃げることしか出来なかった.
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