第18話 かなわない

「咲ちゃん」

 

 月曜日の昼休み、教室に春先輩がやってきた。


「どうしたんですか?」

「今日、みんな用事があって部活が無いの」


 珍しい、テスト期間以外は大体部活でみんな集まってしゃべったりしているのに。


「わかりました」

「ごめんね、それじゃあまた明日」

「はい」


 帰っていく春先輩の背中を眺める。今日はどうしようか、久しぶりに放課後にやることが無い。


「暇そうだね」

「まあ」


 春先輩との話を聞いていたかおりが話しかけてくる。


「暇なら予備校の資料見に行かない?」

「急にどうしたの?」


 かおりから予備校という言葉を聞くとは思わなかった。毎回赤点をぎりぎり回避なのに、勉強に対して真剣に考えていることが驚きだ。


「いや、このままだったらさすがにまずいかなって、受験とかやばい気がしてきた」

「かおりも成績について悩むんだ」

「私だってそれくらい真剣に考えるよ」


 予備校に行くか迷ってるけど成績を伸ばすにはいいかもしれない。


「資料ってどこにあるの?」

「わかんない」

「…」


 本当に真剣に考えているんだろうか。ちゃんと調べてから提案してほしかった。でも、まあ、資料の場所に心当たりはある。


「部室にパンフレットあるから取ってこようか?」

「まじ!お願い」

「わかった」






「でも、なんで部室にパンフレットがあるの?」

「春先輩が冬期講習に参加するみたいで、要らなくなったやつを持ってきた」


 かおりと2人で廊下を歩く。私たちの話声以外は上階から聴こえる吹奏楽部の演奏だけだ。


「あ」

「どうしたの」

「鍵がない」


 いつも部室のカギを開けていたのは先輩たちの誰かだったからついここまできてしまったけど、今日は誰もいないんだった。


「部室の?」

「うん」

「じゃあ、私が取ってくるよ。待ってて」


 だんだん遠くなっていく背中を見送る。廊下の真ん中でぼーとするのもなんだし、とりあえず部室へ向かおう。


「あれ?」


 部室の前につくと明かりがついているのが分かる。すりガラス越しに2人の人影が見える。


「…」

「…」


 中から話し声が聞こえてくる。


「春先輩と、彩先輩…?」


 声の主は春先輩と、彩先輩。


「なんで…」


 今日はみんな用事で部活は無かったんじゃ…。


「  」

「  」


 何を言っているか聞き取れない。気になる。試しに扉に耳を近づけてみると、何を言っているか聞き取れた。


「わたしは彩ちゃんのこと、好きだよ」

「!?」


 反射的に耳を離す。


「違う…」

 

 認めたくない。勘違いかもしれない。でももう一度、耳を近づける勇気が出ない。だってどう考えたって今のは…

気が付くとその場から走って逃げていた。


「サキ、カギ無かったんだけど」


 前からかおりが来た


「あれ?どうしたの」

「帰ろ」

「え?」

「いいから、帰ろ」


 春先輩が好きって、彩先輩に。春先輩は彩先輩が好きだったんだ。かなわなかったんだ。




「ねえ、急にどうしたの」

「…」


 ただ黙々と通学路を歩く。隣を歩くかおりが何があったのか聞いてくる。


「何でもない」

「何でもないわけないじゃん」


 何があったかなんて話したくない。今でもつらいのに口にしたらもっとつらくなりそうだから。


「ハル先輩のこと?」

「…」

「何かあったんだったら相談に乗るよ」

「無理だよ」

「え?」


 もう無理だよ。もう終わっちゃったんだから。


「無理って…何が」


 つらい、話すことすら。でも、これ以上黙っているとかおりまで辛い思いをしてしまう。


「さっき、部室に春先輩と、彩先輩がいた」

「え?」


 口を動かすたびに胸が苦しくなる。泣きそうになる。


「それで…春先輩が、彩先輩に好きって…」


 その言葉を口にして、理解して、もう全部終わってしまったと実感する。


「でも、アヤ先輩が受け入れるかどうかは…」

「彩先輩も春先輩のこと好きだよ。だから、両想い」

「…そうなんだ」


 かおりも辛そうな顔をしている。私のせいだ。大切な友達を巻き込んでしまった。


「ごめん、こんな話しちゃって」

「いや、無理やり私が聞いちゃったから、サキ辛いのにごめん」


 かおりはやっぱり優しい。今までいろいろ励ましてくれたり、アドバイスをくれたりしていた。


「ありがとう、ちゃんと立ち直れるようにするから」

これ以上周囲に心配をかけるわけにはいかない。かおりにも葵先輩にも、彩先輩にも、どれに春先輩にも。

「ちゃんと笑えるようになるから」


 せっかく春先輩は好きな人と想いが通じたんだ。好きならそれを見守ろう。悲しい顔なんて見せたらだめだ。春先輩には幸せになってほしいから。

 明日からは好きな人、じゃなくて部活の先輩、として見れるように頑張ろう。そしたらきっと忘れ垂れるから。

 






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