第17話 独白-葵



 私は彩に恋をしている。きっかけなんて無い。ずっと一緒だったから好きになった。ただそれだけだ。小学校からずっと隣にいて2人で行動することも多かった。その時は好きか、なんて分かっていなかった。中学に上がると周りの子たちは誰が好きとか誰と付き合っているとかそんな話をしていたけど、私はそんなのに興味が湧かなくて、彩っと一緒にいたいと思ってた。

 中学からは春も加わって3人になった。春は周囲のことを常に考えている優しい子で、そんな春と私も彩もすぐに仲良くなれた。

 2年生のころ、彩が春のことが好きなんじゃないかって気づいた。直観だったけど。それで春に嫉妬をしている自分に気づいた。彩が春と付き合う。それを想像すると胸が苦しくなった。それで彩のことがずっと好きなんだってわかった。勇気がなかったということもあるけど、彩も春に告白はしないだろうってわかってたから。たまに彩と春が2人きりになるときはあったけどどこで彩が一歩踏み出すなんて無かったと思う。

 高校に入学しても私たち3人の関係は仲のいい友達だった。


「高田咲です」


 でも、高校2年の5月に状況が変わった。私たちに後輩が出来た。最初は、かわいい後輩ができた。それくらいしか考えていなかった。でも、春が風邪をひいたとき、自分がお見舞いに行きたいと譲らない姿を見て、咲も彩と一緒なんじゃないかそう思った。なんとなくそう思っただけだったけど、それは正しいんだって分かった。


「寂しい?」


夏祭りの日、彩と2人で楽しそうに話す春を、後ろから見る咲は寂しそうだった。春と一緒に私たちを待っていた時とは全然違う表情だった。それをみて、この子も春が好きなんだって確信した。




 文化祭が終わったころ、彩と咲の様子が変だった。彩は隠していたけど、咲は取り繕う余裕なんて一切なさそうだった。


「春、咲を頼む。葵、帰ろう」


彩は春に咲を任せて部室を出た。きっと凄く複雑な想いだったんだろう。何も言わずに足を進める彩の後ろをただついて歩くことしか出来なかった。


「…彩?」


彩の足が止まる。


「ちょと忘れ物取って来るから、待ってて」


一瞬のためらいの後、彩は急ぎ足で今まで来た道を戻っていく。


「…やっぱり気になってしまうのね」


 彩は、咲が春のことを好きだってわかっているはずだ。それに春だって咲を意識してるかもしれないことだって感じている。だからこそ咲をなんとかできるのは春だって思ったのだろう。でも、やっぱり自分の気持ちを無視することは出来なかったようだ。

 少しの間1人、廊下で戻って来るのを待っていた。でも、私もやっぱり気になってしまう。だから、部室へと急いで向かった。


「彩…」


 部室の前に着くと、彩が泣いていた。声は出ていなかったけど、肩を震わせて下を向いていた。


「何でもない。帰ろう」


 それだけを言って彩は立ち上がってまた部室を後にした。




「なんで、勉強してるんだろ」

「文句を言う前に手を動かしなさい」


 今日は中間テストで、点数の良くなかった彩のために復讐の勉強をしている。春と咲は遊ぶ約束があるらしく不参加だ。


「…なあ、葵」

「何?」


 ペンを走らす手を止める。


「春と咲、最近仲いいよな」


 最近と言わずに前から仲は良かった。でも、彩は最近と言っている。きっと文化祭の後からのことを言っているのだろう。特に咲は春との距離を近づけようと積極的になった。


「…そうね」

「2人の関係どう思う?」


 2人の関係。間違いなく部活の先輩と後輩だ。でも、彩が聞いているのは、確認したいのはそれじゃない。


「わからないわ」

「…そっか」


 会話が止まる。お互いが何も話さない。願わくばこれで会話が終わってほしい。


「文化祭の日、何があったと思う?」


 それでも彩は2人についての話を続けるようだ。


「私は何も聞いてないわ」


 嘘はついていない。誰からも私は何の事情も聞いていない。


「あの日さ、春がクラスの男子に告白されてたんだよ」

「そうなの」


 それは知らなかった。春からはそんな話は聞いてないしそんな雰囲気も一切、伝わってこなかった。


「咲はさ、それを見てショックを受けて、あんなふうになったんだよ」


 相当な何かがあったとは思ってたけど、ようやく合点がいった。春が離れてしまうかもしれないと、怖かったのだろう。


「咲さ、春のことが好きなんだよ」


 知っている。


「それでさ…」


 少しの間の後、意を決したように口を開く。


「私も春が好きなんだよね」

「…」


 知ってる。すっと前から分かってた。聞きたくなかった。でも、聞いてしまった。


「彩はどうしたいの?」


 もう見ないふりなんて出来ない。

「春と、恋人になりたい」


 好きな人と恋人になりたい。それは当然だろう。相手が私だったらどれほど良かったかと思ってしまう。それは叶わないけど。


「でも、春はさ多分、咲が好きなんだよ」


 そうかもしれない。最近は2人の距離が日に日に近づいている。でも、それは咲から縮めているのであって、春がどう考えている川分からない。


「春に聞いたの?」

「いや別に」


 彩は確信しているのだろうか、


「後悔しないの?」

「何を?」

「想いを伝えなくて」


 彩に想いを伝えられずに後悔をしてる自分自身にも言っているようだ。


「…するのかな」

「きっとね」


 今まさに私は後悔の真っただ中にいる。私は彩が春に告白してほしいと思っている。そうすれば宙ぶらりんになっている自分の気持ちにも区切りがつけられるから。自分の問題を彩に押し付けていることが嫌になる。


「そっか…」


 それから彩は目をつむって黙り込んだ。


「うん、そうだな。後悔はしたくない…な」


 しばらくして再び口を開く。


「春に告白するよ」


 どうやら、ついにその時が来たらしい。


「いつするの?」

「明日」


 心の準備をする時間はなさそうだ。


「そう…応援しているわ」



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