第12話 気づき

 文化祭当日になった。茶道部との協力は順調に進み無事当日までに準備を整えることが出来た。文化祭が始まる前に用意を済ませ、後は人が来るのを待つだけだ。


「それじゃあ、2人ともまずは頼んだぞー」

「咲ちゃん、葵ちゃんお願いね」


 まずは、私と葵先輩が実験(調理)を担当することになり春先輩と彩先輩は自由行動となった。


「それじゃあ、始めましょうか」

「はい」


 電気パンとアイスの準備を始める。どちらも時間のかかるものでは泣けど、アイスの方はすぐにできるものでもないので多少の作り置きは用意する。作り置きしたアイスは保冷の為冷凍庫へと入れて注文が来たら取り出す。


「これ、冷凍庫で保管している時点で意味ない気がするんですけど」

「あまり考えない方がいいわ」


 まあ、葵先輩がそういうなら気にしないことにしよう。


「お客さん来たよー」


 早速、茶道部の方にお客さんが来たらしい。


「サキ、アイス、イチゴジャムかけてお願いね」

「わかった」


 冷凍庫からアイスを出して上にイチゴジャムをかけてかおりに渡す。


「ありがと」


 アイスを受け取り、かおりは戻っていった。


「…」


 とたん部屋には静かな時間がやってくる。


「残念だった?」


 少しすると葵先輩が口を開く。


「何がです?」

「春と文化祭、回れなくて」


 春先輩と回りたかったかと聞かれれば、まあ、回りたかった。でも流石に葵先輩の前でそれを言うのはどうなんだろう。


「そんなことは…」


 口ごもる私に葵先輩は微笑みながら話しかける


「彩が誘っちゃったものね」


 文化祭の分担を決める際彩先輩は,いの一番に春先輩を誘ったので口をはさむことが出来なかった。


「あの…彩先輩はなんであんなに春先輩と回りたがったんですか?」

「彩は昔から春のこと気に入ってたから」


 気に入る。その言葉にはどんな意味があるのだろう。何かを避けるように話しているけど、なんとなくわかってしまう気がした。


「葵先輩は…」


「良いんですか?」その言葉が言えない、そうしてまた、部屋に静けさがやって来る。


「咲、アイス、ブルーベリージャムでお願い」

「わかった」


 案外、客は来るようだ。





 しばらくアイスを作っていると交代の時間がやってきた。「どんな感じだった?」と目をキラキラさせながら聞いてくる春先輩、どれくらい売れたのか気になるのだろう。


「アイスばかり売れて電気パンの方はあまり」

「なんで!?電気パン人気無い?」


 まあ、電気パンとアイスの2つの名前が並んでいたらアイスを選ぶと思う。名前からどんなものか想像つかないし、抹茶だったらジャムのかかってるアイスの方か合うだろうし。


「それじゃあ、2人ともお願いね」

「よろしくお願いします」


 葵先輩と2人で部屋を後にする。


「お、サキも交代?」


 どこを回ろうかと考えていると、茶道部の方からかおりが出てきた。


「うん」

「せっかくだから一緒に回ろ」

「わかった、先輩もどうです?」

「そうね、一緒に回らせてもらおうかしら」


 3人で何の出し物を見に行こうかと話しているときだった。


「あの人って」

「どうかした?」


 茶道部の方に1人の男子生徒が入っていくのが見えた。


「ちょっと忘れ物取って来る」

「あ、サキ?」


とりあえず茶道部の部室に入って様子を伺う。さっきの男子生徒は、茶道部の部員と何か話をしている。


「やっぱり」


 間違いない。体育祭で春先輩と二人三脚でペアを組んだ人だ。


「あれ?ここにハルちゃん居ないの?」


 春先輩を探しているみたいだ。一体、あの人は誰で春先輩とはどんな関係なんだろう。


「サキ、どうしたの?」


 いつの間にか葵先輩と、かおりも店内に来ていた。。。


「あ、あの人」


 かおりも気づいたようで私の隣で様子をうかがう。少しすると部屋の奥から男子生徒のもとへと一人の生徒が姿を見せた


「なに?春に用あんの」


 奥の方から現れたのは彩先輩、なんだか表情が険しい気がする。


「伝言なら私が聞くよ」

「えっと忙しいならいいや」


 それだけ言って男子生徒は席についた。


「あれ、みんな早速お客として来たのか?」


 こちらに気づいた彩先輩はさっきと打って変わって笑顔で話しかけてくる。


「えっと、はい」

「何にする?」

「抹茶と、電気パンお願いします」






「サキ、あの人」


 再び茶道部を後にして3人で廊下を歩く。すごくもやもやする、さっきの男子生徒もそうだし彩先輩の反応だって。


「あの…葵先輩、さっきの人って…」

「彼は私たちのクラスメイト、よく春に話しかけたりしているわ」


 話を聞いてももやもやは晴れない。むしろ余計に…


「気になる?」

「…」


 まるで心の内を見られているみたいだ。私がまだ分かっていない答えを、もうすでに知っているんじゃないかとすら思える。


「もう、せっかくの文化祭なんだから今は楽しも!」

「え、かおり…」


 どんよりとした空気に耐えかねたのかかおりが私の腕を引っ張って歩き出す。


「なんか食べよ」

「また食べるの?」

「いいじゃん、なに食べたい」

「…りんご飴」

「好きだっけ?」




 昼を回って時刻は16時、舞台発表の時間がやってきた。来る人も少なくなるだろうからと茶道部も休憩となり、かおりと一緒に体育館へ向かう。体育館の中はたくさんの生徒でいっぱいで、なんとか席を確保することが出来た。


「春先輩たちのクラスの発表もうすぐだっけ?」

「うん。次みたい」


 しばらくすると、春先輩のクラスの劇、ロミオとジュリエットが始まった。


 幕が上がる。そして舞台の上に一人の少女が現れる。


「あ…」


 春先輩だ、いつもの制服じゃない。衣装のドレスを着ている。


「春先輩、綺麗だね」

「うん…綺麗」


 つい見とれてしまうくらいには、綺麗。

 少しして、袖からもう一人、舞台へ入って来る。


「あの人…」


 さっき茶道部に来た人だ。どうやらロミオ役らしい。その人が舞台に上がると、観客席から女子生徒の声援が送られる。

 もう、頭の中がごちゃごちゃだ。春先輩に近づかないでほしい。そんな気持ちが胸の内でうごめく。


「サキ…大丈夫?」


 横に座っているかおりが心配そうにこちらに話しかけてくる。


「顔色悪いよ?」

「…大丈夫」


 そこからの劇はあまり覚えていない。気が付くと劇は終わっていた。見なかったというのが適切かもしれない。




 文化祭も終わり茶道部へ戻って片付けをするだけとなった。


「咲ちゃん、劇どうだった?」

「すごく素敵だったと思います」

「ほんと、ありがとー」


 とりあえず、今は春先輩に心配をかけないようにしよう。悟られるわけにはいかない。

 一通りの片づけを終えて部室に戻ろうかと話をしていると


「わたし少し用事があるから先に戻ってて」


 そう言って春先輩はどこかに行ってしまった。


「…私も用事があるから先に戻ってて」

「え、はい」


 彩先輩まで用があるようで駆け足で部屋から出ていった。残った葵先輩に目を向ける。


「私も顧問の先生に報告しなきゃいけないから」

「わかりました」


 なにもやることが無いのは私だけらしい。


「かおり、私も戻るね」

「わかった、また明日」

「うん、また明日」


 文化祭が嘘のように静かになった校舎の廊下を1人、部室へと歩く。


「あれ?」


 途中、窓の向こうに彩先輩の姿が見えた。隠れるように何かを見ているようだ。さっき用事があるって言ってたけど、今まさにその最中なのだろうか。気になる。今日の彩先輩を見ているとどうしても気になってしまう。


「彩先輩、なにしてるんですか?」


 結局、部室へ行かず彩先輩のもとへと走っていた。


「静かに」

「え、はい」


 いつもの彩先輩じゃない。昼に茶道部で見た顔だ。


「あの…」

「好きです、付き合ってください」

「!?」


 彩先輩が覗いている方から男の人の声が聞こえる。視線の先には、春先輩と件の男子生徒がいる。

 これは、なにをどう見ても春先輩が告白されている。それを認識したとたん、体中の血が凍りつくようなそんな錯覚に襲われる。全身の震えが止まらない。春先輩から目が離せない。


「そっか」

「返事聞かせてくれるかな」

「わかった」


 行かないで、やめて、声に出してしまいそうになる。


「ごめんね、わたしはあなたとは付き合うことは出来ないよ」


 春先輩は迷うことなく返事をした。その返事を聞くと男子生徒は「そっか」と言ってその場を離れていく。それでも、体の震えが止まらない。


「咲、戻るぞ」


 彩先輩が話しかけてくるけど、息が詰まって返事が出来ない。


「…」


 何も答えず、動くことも出来ない私を彩先輩が部室へと連れて行ってくれた。




「…」

「…」


 部室にいるのは私と彩先輩だけ。あれから私も彩先輩も、一言も話さなかった。。


「おつかれさまー」

「2人とも戻ってたのね」


 ようやく体の震えが落ち着いてきたころ、春先輩、葵先輩も部室に入って来る。


「2人ともどうしたの?」


 私と彩先輩の様子を見て不安に思ったのか、春先輩が尋ねてくる。


「ちょっと疲れただけだよ」

「…」


 彩先輩は返事をしたけど、私は何も言えなかった。それからしばらく沈黙が部室を覆う。


「春、咲を頼む」






「ねえ咲ちゃん、何かあった?」


 彩先輩、葵先輩が帰ってからもずっと下を向いて動こうとも、しゃべろうともしない私を春先輩が不安げに見ている。


「…なんでもないです」


 告白されていたのを見てました。なんて言えない。


「嘘だよ。そんな辛そうで、何もないなんて…」


 辛い。確かに辛い。告白から、いや、あの劇から、ずっと。


「咲ちゃん」


 春先輩が私の前に来た。


「…あ」


 そして、私を抱きしめてくれる。冷え切った私の体に春先輩の熱が伝わってくる。とたんに目から涙があふれてくる。凍って固まった不安が一気に溶けるように。泣き出す私を見て春先輩は優しく背中をさすってくれる。


「咲ちゃんがなにで悩んでるのかわたしには分からない」


 ゆっくりと語りかけてくる。


「言いたくないんだよね?」


 私を落ち着かせるように。安心させるように。


「だから、私からは聞かない」


 ぎゅっと、一層強く抱きしめてくる。


「でも、してほしいことがあったら言ってね。咲ちゃんのためならわたし、なんでもしてあげるから」




それから春は、咲が泣き止むまでずっと、抱きしめ続けていた。




 家のベッドで天井を眺めながら今日のことを振り返る。春先輩が告白されたこと、春先輩に抱きしめられたこと。


「…」


 告白を目撃した時は、本当に辛かった。もしあそこで春先輩が受け入れていたらって


「嫌だな…」


 もう、分かってる。私は春先輩が誰かの恋人になるのが嫌なんだ。私から離れていくのが嫌なんだ。でも、春先輩は告白を断って、それで私を抱きしめてくれた。離れてないって、近くにいるってわかったから、泣いてしまった。


だから



「好き…なんだ…」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る