第9話 夏祭り

 なんとか無事に期末テストを乗り切れた。今度は赤点を取ることなく学年の平均点よりも少し高い点数を取ることも出来、中間テストと比べれば上出来の結果といえる。


「咲ちゃん良かったね」

「はい、あの時春先輩が勉強の仕方を教えてくれたお陰です。ありがとうございます」

「咲ちゃんが頑張ったからだよ」


 春先輩も自分のことのように喜んでくれる。その様子を見るとこっちまで嬉しくなる。


「なんか咲に負けた気分だ」

「負けた気分じゃなくて負けたのよ。なんでまたぎりぎり回避なの」


 彩先輩は中間テストの時と同じように赤点をぎりぎり回避した。葵先輩はあきれたようにその様子を見ている。


「まあ、これでみんな無事に夏休みが迎えられるな」

「彩はもうちょっと危機感を持てないの?」


 ともあれこれで夏休みだ。夏休み中は部活は基本やることが無いので、各自で活動するように。とのことらしい、本当に適当な部活だ。だったら思う存分夏休みを堪能しよう。




「…」


 気づけば夏休みも後半になっていた。体感時間ではまだ1週間ほどしかたっていない、不思議だ。


「咲、夏休みは部活ないの?」


 リビングでごろごろしているとお母さんが話しかけてきた。


「夏休みは各自で活動するんだよ」

「何もしてないじゃん」


 まあ、そうだけど、私が出来るのって電気パンをつくるくらいだし。家に電気パンを作るための機材無いし、だからやることが無い。そうしてまた惰眠に戻ろうとした時だった。


「ん?」


 スマホが震えた、着信だ。画面を見ると、春先輩と表示されている。いったい何の用だろう。


「もしもし」

「あ、咲ちゃん。私だよ」

「どうしたんですか」

「来週あるお祭り来ない?」


 どうやら遊びの誘いのようだ、確かに来週、学校の近くでお祭りがあった気がする。


「いいですよ」


 他にやることもないので誘いに乗ることにする。


「ほんと!よかったー。彩ちゃんと葵ちゃんも来るからみんなで回ろうね」


「それじゃあ、また来週ね」と言って通話が終了した。お祭りに最後に行ったのはいつだろう。地元の祭りでも5年以上は行ってない気がする。テレビの画面には来週は1週間通して晴れるという予報が映し出されている。


「さてと」

「急に起き上がってどうかした?」

「宿題する」


 来週、何の憂いもなく迎えるために今のうちにやっておくのもいいだろう。






 祭りの当日。待ち合わせ場所である会場の最寄り駅の構内で先輩達を待つ。改札からは祭りに行くであろう人が次々と出てくる。親子で来た人、友達同士で来た人、服装も浴衣を着ている人、そうでない人といろいろだ。私自身は浴衣を着たことがほとんどないので私服で来た。


「お待たせー」


 そうこうしているうちに春先輩が改札から出てきた。


「なんか本格的ですね」

「どうかな」


 先輩は桜色の浴衣に花の髪飾りという出で立ちで少し大人に見える。


「似合ってます」

「えへへ、ありがとうね」


 照れくさそうに笑うその表情は子供のようで、浴衣とのギャップで先輩の魅力を引き立てているようだ。そうして今度は2人で待つ。5分くらい経ったころ改札の方から2人が来た。


「ごめんなさい待たせてしまって」

「もー葵が遅いからー」

「彩が浴衣着るのに時間かけるからでしょ」


 彩先輩が赤色の浴衣、葵先輩が紫色の浴衣を着ている。これ、私だけ私服じゃん。


「とりあえず会場に行きましょう」

「そうだね」


 4人で会場までの道を歩く。春先輩と彩先輩が浴衣の話で盛り上がってる。その姿をぼんやりとながめていると、


「寂しい?」


 葵先輩が話しかけてきた。寂しいとは1人だけ私服のことだろうか。


「まあ、そうですね。みなさん浴衣とは思いませんでした」

「いつもは違うのだけど、彩が「今年は浴衣を着る」て言い出して、でも春も着てくるのは知らなかったわ」

「そうだったんですね」


 着慣れてないから彩先輩、遅れてきたのかと納得がいった。


「それもあるけど、春ともっと話したいんじゃない?」

「え?」

「さっきから見てるから」


 見ていたのがばれていた。でも、話たいとかそんなんじゃなくて…


「…浴衣を見ていただけです」

「そう」


 しばらく歩くと祭りの会場に着いた。いろんな屋台が立ち並び祭り独特の雰囲気が懐かしさを感じさせる。こんな空気に触れるのは久しぶりだ。


「春!金魚すくいだ。いっしょにやろ!」

「あっ、待ってよ」


 彩先輩が春先輩の手を引いて走り出す。下駄で走ったら危ないですよ。と思ったが気づいたときには屋台の方へと走って行ってしまった。


「元気ですね」

「そうね」


 かたや私と葵先輩は2人の後ろをゆっくりとついていく。


「あの、葵先輩」

「何かしら?」

「葵先輩って彩先輩といつも一緒にいますよね」


 葵先輩と彩先輩はよく2人で居るのを見かける。登下校は一緒だし、今日だって2人で待ち合わせ場所まで来た。


「そうね」


 それに今だって、葵先輩の目線は彩先輩へ向けられている。


「なんというか、凄く仲良さそうというか」


 上手く言葉にできないけど、彼女の視線には何か特別なものを感じる。


「私と彩は幼稚園の頃からの付き合いなの」

「そうだったんですか」

「それで、中学で春と会って3人になったの」


 知らなかった、だから2人には何か特別なものを感じたのだろうか。


「今は違うけど昔は春に妬いてしまうこともあったわ」

「何でですか?」

「彩が取られた気がしたんじゃないかしら。昔のことだから忘れちゃったけど」


 葵先輩が春先輩や彩先輩に対してそんなこと思っていたなんて、意外だ。


「最近は、彩が妬いているんじゃないかしら」

「そうなんですか?」


 彩先輩が葵先輩に何か妬くようなことがあるのだろうか


「春が咲に構ってるから」


 会場に来てから春先輩と彩先輩が金魚すくいやら輪投げやらで遊んでいる。そうしてしばらくすると、小腹が空いたのか何か食べようという話になった。私はわたあめ、春先輩はりんご飴、彩先輩はたこ焼き、葵先輩はチョコバナナと、みんなそれぞれ食べたいものを買っていく。

 私がわたあめを食べていると、春先輩がちらちらとこちらを見てくる。


「一口貰っていい?」

「いいですけど」

「ほんと、ありがとー」


 春先輩が、わたあめをほおばる。その表情は満足げだ。


「代わりに私のりんご飴あげるね」


 そう言って春先輩はりんご飴を差し出してくる。りんご飴は春先輩がかじった分だけ欠けている。どこを食べるか悩んで結局、かじられていない部分を選んだ。


「おいしい?」

「おいしいです」


 噛んでいくとりんごの甘さが口に広がる。初めて食べたけど思ってたより甘い。


「そういえば、あと少しで花火はじまるんだっけ」

「そうね、そろそろ移動しましょうか」


 花火の時間が近づくに連れて人の数が増えてくる。高台に移動しようとしてもなかなか進めない。そうこうしているうちに人の数がさらに増えてくる。


「あれ、みなさんどこですか?」


 いつの間にかもみくちゃになって先輩たちとはぐれてしまった。あたりを見回しても先輩たちは見当たらない。周りは私よりも背が高い人が多く視界が遮られる。


「春先輩…」


さっきまで隣で笑っていた春先輩がいない。それが私の不安を大きくする。


「!?」


 後ろから腕を掴まれる。少し身震いしたけど、確認のため後ろを振りかえる。


「咲ちゃん、やっと見つけたよ」

「…春先輩」


 春先輩が腕をつかんでいた。それを認識すると一気に緊張がほぐれる。


「え、どうしたの?」


 はぐれたのはほんの数十秒のことだけど、春先輩の顔を見ると安心からか少し、ほんの少しだけ涙が出てきた。


「ちょっと埃が入っただけです」

「そっか。とりあえず2人と合流しよ」


 そういって春先輩は腕を離して、私の前を歩きだそうとする。


「咲ちゃん?」


 今度は、私が春先輩の腕を、いや手を握っていた。


「あの、はぐれないように手、繋いでいいですか?」

「咲ちゃん…」


 ほんの少しの沈黙


「…うん、良いよ」


 春先輩の方から握り返してくれる。私の手が熱くなっているこが分かる。繋いだ春先輩の手もだんだん熱くなっていき、やがてどちらが熱いのか分からなくなる。


「おーい、春ー、咲ー」


 その後、なんとか2人と合流をすることができた。春先輩から離れた手はまだ熱を持っていた。


「良かったわね」

「…何がですか」


 その問いに対して葵先輩は笑っているだけだった。



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