第6話 勉強会-2

 普段、通り過ぎている駅で電車を乗り換えて、あまり使ったことのない路線に乗る。土曜の昼過ぎという時間もあって少し短めの電車でも座ることが出来た。車窓から見える景色は普段見慣れているものではない。家や田んぼが混ざり合っていてどこかのどかさを感じる。そんなのどかな景色が次々と目の前を通り過ぎていく。春先輩はこの景色を見ながら登校しているのかと、ぼんやりと考える。そうしてしばらくすると目的の駅に到着した。


「咲ちゃん、こっちだよ」


 改札の向こうで春先輩が手を振っている。


「お待たせしました」

「全然大丈夫だよ」


 今日は春先輩の家での勉強会。彩先輩も昨日までは来る気だったみたいだけど、葵先輩から「まずは、自分の成績をなんとかしなさい」と言われて、向こうは向こうで勉強会らしい。


「それじゃあ、いこっか」

「はい」


 そうして、春先輩に案内されて先輩の家へと向かう。あたりは家が立ち並んでいる住宅地。土曜の昼過ぎということもありとても静かだ。聞こえるのはたまに通る車の音と、私と先輩の会話ぐらいだ。


「ここだよ」


 5分ほど歩いたころ、先輩の家に到着した。


「さあ、上がって」

「お邪魔します」


 玄関に入ると、奥の方から先輩の母親らしき人がやってきた。挨拶をすると、「ゆっくりしていってね」と笑顔で返してくれて、初めて訪れた私を温かく迎えてくれた.その柔和な表情は春先輩を思わせる。先輩も大人になるとこんな風になるのだろうか。


「部屋はこっちだよ」


 そのまま、2階にある先輩の部屋へと案内される。部屋の真ん中には小さい机、壁際に本棚や勉強机、ベッドが置かれていて、綺麗に整頓されている。


「さ、座って」

「失礼します」


 部屋の真ん中にある机の前に膝を折る。先輩は本棚から参考書を持ってきて、対面に座った。


「それじゃあ、はじめよっか」

「よろしくお願いします」


 そうして勉強会が始まった。早速持ってきた参考書の問題を解き始める。私が問題集を解いている間、春先輩は自分の勉強をしている。その表情は真剣そのもので、こういった顔もするんだ。と思った。


「…あの」

「ん?どこかわからない?」

「この問題の解き方が」


 分からないことについて質問をすると、丁寧に解き方を教えてくれる。いつものようなやわらかい表情、


「どう?わかった」

「はい、ありがとうございます」

「よかった」


 そうしてまた、自分の勉強に戻り、真剣な表情になる。




「ちょっと休憩しよっか」


 勉強会が始まってしばらくすると先輩が休憩を提案した。時計を見ると1時間半ほど経っていた。思っていたより時間が経つのが早い。


「そうですね」


 先輩が用意してくれたお菓子を食べながら雑談をして疲れた頭を休ませる。せっかく2人なので聞きたかったことを聞いてみることにした。


「春先輩はどうして部活をしてるんですか?」


 春先輩自身は部活に熱心という風には見えず、何か部活を通じてやり遂げたいことがあるようには思えない。廃部になったところで困るようなことがあるのか知りたい。


「…えっとね、3年になったら文理選択でクラスわかれるでしょ?」


 なにか言いづらいことでもあるのか、少し気まずそうに話し出した。


「そうらしいですね」

「わたしは理系を選ぶけど、多分2人は文系選ぶから」


 数学が苦手な彩先輩の成績を考えたら理系は選ばないだろうけど、葵先輩も文系らしい。でも、それが部活となんの関係があるのだろうか。


「それで、離れ離れになるのは寂しいから、部活で集まりたいなって」


 確かに、先輩の言っている事の意味は分かる。でも


「でも、いままでもクラス分けで別れたりしてましたよね?」


 中学のころから友達だったらクラスが別々になることくらい何度もあっただろう。


「そうだね。でも、大学に進学したらそれこそ会う機会は減っちゃうかもしれないよ。だから高校の時はいっぱい思い出を作りたいなって」


 なるほど、確かに大学では一緒の学校に行けるかは分からない。高校3年の夏ごろには部活も引退になるけど、それまではみんなで集まれるし、部室が残れば夏休み以降も集まることは出来る。


「ごめんね」

「何がです?」

「咲ちゃんを利用した形になっちゃって、気分悪いよね」


 気まずそうだったのは、そういうことか。確かに私が入部したことで廃部を回避できた。もともと廃部を避けるために勧誘をしていたわけだし、利用したということにはなる。


「全然、気にしてませんよ」


 廃部を免れるためだったことは分かっていたことだし、それくらい2人が大切ということだろう。私だって本人には言わないけどかおりと一緒の高校に行きたかったからこの学校を受験したわけだし、友達と一緒に居たい気持ちは分かる。それに私自身先輩たちと過ごす時間はあtの示位と思っている。


「ありがとう」


 春先輩は安心したのかふんわりとした笑顔を見せる。春先輩は自由でマイペースな人なのかと思っていたけど、友達といるのが好きな寂しがりなのかもしれない。


「咲ちゃんはもう、わたしにとって大切な後輩だから、何かあったら言ってね。相談に乗るから」


 大切と言われるとなんだかむず痒い気持ちになるけど、嫌じゃない。むしろ、春先輩が真剣に言っていることが伝わってきたから。嬉しい。

「はい。ありがとうございます」




「今日はありがとうございました」

「全然いいよ。またいつでも頼ってね」


 夕方18時頃、勉強会は終わり今は駅の改札前で春先輩と一緒に居る。帰りは一人で大丈夫だと言ったのだけど、送っていくといって春先輩に押し切られた。


「私はこの部活に入って良かったと思ってますよ」

「うん、ありがとう、私も咲ちゃんが入ってくれて嬉しいよ」


 未来の自分がどう思うかは分からないけど、今の私はあの空間にもっと馴染みたいと思っている。理由なんてよくわからないけど、いつの間にかそうなってた。実際、いつのまにか友達になっているように、無意識のうちに色々決めている。そんなものだろう。


「それでは、また学校で」

「うん、学校でね」


 春先輩と別れて電車に乗る。朝見た景色とはまた違う夜の景色が車窓に広がる。

 今日は、知らない場所に行って、今まで知らなかった春先輩のことを知った。明日はどんな春先輩を知るのだろう。そうやって人との関係が深くなっていく。未来の私は春先輩に対してどんなことを思っているのだろうか。春先輩はどう思っているのだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る