第2話
この感じはなんだろう。動けるようになったら出ていきたかったのに、この人はしばらく居ていいという。この人自身かなりの力があるようだから、そこまで僕の力が欲しいわけでもなさそうだ。だったら俺を助ける意味が分からない。
そこまで考えると、アルノは怖くなった。今までの人は僕に対する目的が手に取るようにわかっていた。だから、行動にうつしやすかった。中には受け入れ難い事を示されることもあったが、示してくれたから受け入れてきた。
しかし、あの人は僕に何を望んでよくしてくれるのかが分からない。分からないと行動にうつせない、身動きがとれない。今まで以上の見返り…。考えると背中にぞわりとしたものが這い上がってきた。
横からは静かな寝息が聞こえている。まだ外は暗い。どれくらい寝たのか、目が冴えてしまった。
寝台横の小さな灯りに照らされた隣の人の顔は、とてもキレイだった。
ここはこの人の部屋だ。
寝る前のことを思い出し、気分も落ち着かなくなった。
アルノはそっと寝台を抜け出してソファへ行く。着ていた服はなくても、上に羽織るものは畳まれていた。それを羽織り、出来るだけ下の服が見えないようにする。靴は裸足の方が音がしないので、カバンに押し込んだ。その時手に触れた革袋を出すと、その中から硬貨を2枚出して机に置いた。そのままカバンを抱えて扉へ向かう。そっと廊下をのぞき誰もいないことを確認すると音を立てないようにでて、扉を閉めた。
所々に灯りが置いてある廊下を静かに進む。幸いにも、傷はほぼ完治していて痛みはない。しっかり目も見えていた。しかし、屋敷の出口を探して進むが、なかなか見つからない。いっそ窓から出ようかと思ったが、廊下のは総じてあまり開かない作りになっていた。
(変わった作りだな…)
身体が通りそうにもないので、足早に出口をさがした。やっとの思いでみつけ、外に出ると、手早く靴を履く。抱えていたカバンを肩にかけ、今まで押さえていたいきおいを解放し、走り出す。前庭を抜け、門に差しかかったところで、人影に気づく。ビクッと体を止めたが、門扉の灯りで顔が確認できる位置までゆっくり歩く。
その距離まで行くと、アルノは動きを止めた。すると人影の方が動いた。
「随分と早起きだな。朝日もまだだぞ、二度寝でもしたらどうだ?」
聞こえた声は、さっきまで横で寝ていたシュリのものだった。灯りで顔が見えると、寝衣の上に1枚羽織っただけの格好なのに目が奪われた。肩にかけてる鞄の紐を握り締めると
「俺、行くところがあるので…」
「どこへ?旅をするにしては荷物が少なすぎないか?」
顔はにこりとしているが、語気が沈黙を許さない気がする。
「…王都へ」
アルノはポツリと行き先を告げた。王都を目指す旅人など珍しくない。告げても問題ないとふんだ。
「王都か…目的を聞いても?」
シュリは顔色を変えず聞いてきた。アルノは答えに詰まった。
「…それは、領主様でも言いたくありません」
答えると、シュリ様の顔から笑顔が消えた。
アルノは俯いた。実は目的を知らないから答えようがなかった。これは養父母との約束だった。もし、何かの事情で養父母の元を離れた時は王都へ行けと。そして王都に入ったら渡された袋の中を見なさい、それまでは決して開けてはいけない、と。
やっとの思いで囲われていた盗賊達から逃げ延びて約束を果たしに行こうとした矢先にこれだ。
俯いたままでいると、いつの間にか近くまで来ていたシュリに腕をつかまれ、引き寄せられた。その反動でシュリの顔を見上げる形になると優しく口づけられた。
目を開けたまま、動けなかった。触れていた唇が離れると再び角度を変えて口づけてきた。唇を開かれると、するりと舌が入ってきて舌を絡められると、体から力が抜けてしまって相手の腕だけで支えられた。
それに満足したのか、唇を話すと抱き上げられた。
「可愛い反応だ。本当に慣れているのか?続けたいがあいにく外だしな。ギャラリーがいるのも気分は盛り上がるが、またにしよう。」
そう言うと屋敷に向かって歩き出した。するとその後ろからハロイの姿が見えた。と言うことはさっきの口づけは見られていた…と考えると顔が熱くなってきた。今までにそう言う場面は何度もあったが、なぜかこの人たちだと恥ずかしく思った。そんな事、思ったことなどなかったのに…。
「ハロ、お前も部屋へ戻っていい。ただ、明日の昼までの予定は取りやめだ。」
「…わかりました。」
ハロイは眉間にシワを寄せながらも、了承し反対の廊下へと消えた。
シュリはアルノを抱えたまま廊下を歩き出した。
「領主様、あの…」
アルノは慌ててシュリヘ話しかけたが、視線がぶつかると黙ってしまった。
「夜更けの出発は感心しないな。しかも一度うちへ寄ったのだ。このまま行かせるとうちの名に関わる。」
そう言うとシュリは前を見て歩く。
しかし、そんなことはアルノには関係ない。逃げ出した盗賊団が追ってこないとも限らない。いくら国境を越えてきたとはいえ安心はできない。奴らにそんなものが足止めの要因になるとも思わなかった。
アルノは身をよじった。急に動いたためシュリはアルノを落としそうになったが、アルノは器用に着地しシュリから離れた。
「ご…ごめん。」
声を振り絞って謝罪し、来た道を引き返そうとシュリの横を走り抜けようとした。
「ぅぐっ…」
シュリの横に差し掛かったところで当身をくらった。しまったと思った時には意識が遠のいた。
「野良猫みたいだねぇ」
ニヤリとしながらシュリがつぶやいたが、アルノには届かなかった。
****
「ア……さま」
声が聞こえる。誰だろう。聞いたことある気がする…。
「アルノさま」
肩をゆすられ、はっきり覚醒した。
「あ…」
目を開けると、女性が目に飛び込んできた。周りを見ると領主様の部屋だった。
「大丈夫ですか?気分は悪くないですか?」
「あ、はい」
聞かれて答えると女性は寝台横に置いてあった水差しから注いでいる。
その顔を見て思い出した。領主様についていた侍女だ。身を起そうとして、動けなかった。
「え?」
見上げると、両腕が縛られていた。その縄の先は寝台につながっていた。
「どうして?」
アルノは訳が分からなかった。気づけば足も縛られていた。
「申し訳ございません。シュリ様の指示ですので。」
侍女は寝台から腕までの縄をゆるめ、座らせてくれた。腕が利かない俺の口元にグラスを近づけ水を飲ませてくれる。冷たい水がのど元を通ると頭がすっきりした。
窓の外へ目を向けると陽がまだ低い。朝なのだろう。
「あの…領主様は?」
グラス片付けている侍女へ声をかけると、同時に廊下から声が聞こえた。
「あなたがコロコロ予定を変えるからでしょうが!!だいたい…」
「静かにしろ。客がいるんだぞ。」
扉越しの大声に肩がすくんだが、聞き覚えのある声だった。
「客ではないでしょう!」
そこまで言って、扉があいた。
「お、起きてたか。」
シュリがこちらに気づいて声をかけた。その声に後ろからついてきていたハロイが覗き、ギョッとした。
「な、なんで縛られてんの?」
シュリをおしのけてハロイが近づいてきた。
寝台まで来て足の縄を解いてくれた。
「お前、こんな子供に何してんだよ!?」
手の縄を解きながらハロイがシュリに向かって怒鳴った。シュリは寝台のほうを見ながらそばのソファへ腰かけた。
「仕方ないだろう。夜中に抜け出そうとするのだから。俺もいちいち付き合ってられん。」
ため息をつきながら言う。
「それにしても、もうちょっとやり方があるだろう。この人でなし!」
縄を解き終わってハロイがアルノに向きなおる。
「大丈夫か?やり方は問題があるが、確かに夜中に出ていくのは危険だよ。最近はこの辺も物騒だからね。」
ハロイは縛られていた腕や足を見ながら言った。
「よかった、痣にはなってないみたいだ。」
ほっと息を吐き、アルノの手を放す。
「当然だ。そんなへまはしない。」
偉そうにシュリが言う。その一言がまたハロイを怒らせた。
「だったら最初から縛るんじゃねーよ!」
言いながら傍にあったクッションを投げつけた。シュリはそれを難なく受け止め、ソファに置いた。
アルノはその会話を茫然と聞いていた。手早く片づけを終えた侍女は気配なく部屋を後にしようとしていた。
「ルイージュ、昼食はこの部屋へ運んでくれ。」
シュリは侍女に声をかけた。ルイージュと呼ばれた侍女はシュリに向き直り「かしこまりました」と一礼し出ていった。
扉が閉まるのを確認すると、シュリはアルノに近づいた。代わりにハロイがソファへ腰かけた。シュリはアルノの隣へ座った。
「さて、アルノ。歳はいくつになる?」
唐突な質問にアルノは目を丸くした。
「…13。」
素直に答える。
「へぇ、俺、10歳くらいだと思ってた。」
と、横からハロイが口を出す。それをシュリが睨んで黙らせる。
「王都へ行くと言っていたが、やはり目的は言えないか?」
答えようがなく、うつむいて黙っていると、シュリがアルノの手に手を重ねてきた。ビクッと身体をすくませたが、シュリは構わずもう一方の手で服の袖をまくり上げた。
止めるまもなく捲り上げられた服の下にはあざがあった。
「あ!」
アルノが声を上げた時には、2人の目にしっかりと見えていた。それでも慌ててシュリの手を払い、服を元に戻した。身体は震え、顔からは血の気がひいていた。一番見られたくないものを見られてしまった。
「それは、隣国アトラスの奴隷印だな」
動けなくなったアルノに、シュリが言う。
バレた。行き先よりも何よりも、知られてはいけない事を知られてしまった。
額から冷や汗が伝い、顎から落ちていく。
「どこから抜け出しどうやってここまで来た?」
シュリが訪ねたがアルノに答える余裕はなかった。知られてはいけないことを知られた緊張からか、意識を失い寝台に倒れ込んでしまった。
「アルノ!大丈夫か?!」
隣にいるシュリよりも、ハロイが飛んできた。意識はないが、呼吸が安定していることを確認すると、寝台の掛布をかけた。そして、シュリに詰め寄った。
「もっと言い方があるだろーが!さっき13歳だと聞いたばかりだ!そんな子どもを追い詰めるような言い方すんな!」
アルノがいるので、小声で説教した。
「どう聞いたって一緒さ。こいつは結構頭がまわるぞ。ストレートに聞いた方が話が早い。」
悪びれなくシュリは答える。
「だからって…どうするんだよ、この子」
問われたシュリはアルノの頬をなで
「しばらくここで面倒を見る。」
にっこり笑ってハロイに返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます