第13話 夢か幻か

「どうするってんだ? お前は俺に攻撃することすら出来ないんだぜ」


 構わず伸ばした手に再度力を込めるマクラガエシ。


「ボクが触れられないなら、こうするまで!」


 キクは足元の畳に刃を突き立てると、そのままひっぺ返した。

 そしてマクラガエシへと狙いを定めると、ブーメランの如く畳を投げつける。

 人のような見た目をしているとはいえ妖怪。投げられた畳はとてつもないスピードで目標へと向かって飛行した。

 ――はずだった。

 キクが瞬きをした時、畳は既にその姿を消していた。

 そしてすぐに気が付く、自分は畳をのだと。

 刀は足元に突き刺さったまま。

 そう、投げてもいなければひっぺ返してもいない。ただその場に刀を突き刺したまま行動を停止していたのだ。


(まただ、またボクは行動したつもりになっていた。何が起こっているのか皆目見当もつかない……ッ!)

「アシャア!」


 考え込むキクの思考を遮るようにキドウマルの叫びが部屋へと響く。

 振り向くとキドウマルは必死にティムの身体を揺さぶり、起こそうとしていた。

 だがしかし彼が起きる様子は全くない、それどころか他の二人までこれだけ暴れているというのにぐっすりと眠ったままだ。

 ヤマビコの力も限界、マクラガエシの手はナツキの枕へとあと数センチというところまで迫っていた。


「うおおおおっ!」


 血しぶきが宙に舞う。

 じわりと赤い血が白い布へと滲む。血の川の上流を見ると、そこにあったのはトモエの左手。

 キクは自身の左手を刀で貫いたのだ。

 傷はおろか痛みも使役者と共有される。耐え難い激痛を与えることにより、トモエを叩き起こそうとしたのである。

 あまりの痛みに息が切れる。

 思わず瞑ってしまいそうになる瞼を押し広げながら、揺らぐ視界の中トモエの方を見た。

 そこには目を開けたまま硬直しているトモエの姿があった。


(何!?)


 慌てて周りを見ると他の二人も目を開けたまま固まっている。


「……なるほどね」


 ぽつりと呟く。


「痛みのお陰で真実が見えた。マクラガエシにこんな能力あっただろうか? なんて考えちゃったけど、そこから既に間違ってたんだ」

「キク、どういうことだ」

「敵は二体居る」


 キクは静かに目を閉じると耳を澄ませた。

 満たされた静寂の中、確かに聞こえる息遣い。

 穏やかなモノが三つ、これは恐らくトモエ達のものだろう。

 更にふたつ荒々しいモノ、これはヤマビコとキドウマル。

 そして――


「そこだッ!」


 どちらでもない呼吸音。

 それはマクラガエシでも別のもう一体でもいい。

 もはや必中となったキクの刃は獲物を捉え、貫いた。


「そ、そんな……」


 貫かれたのはマクラガエシではない方だった。

 真っ赤な椿を身体から生やし、着物をまとった女性の姿をした妖怪。


「フルツバキか、どうりで。ボク達はずっと幻を見せられていたようだね」


 キクは完全に息絶えたフルツバキから刃を引き抜くと、今度はマクラガエシの方を見た。

 紙で隠れて表情は見えないが、素振りから慌てているのは理解できる。

 マクラガエシはナツキの枕元から離れると、出口へと向かって駆け出した。


「逃がすか! ……うっ!」


 その場に膝をつくキク。

 手がぶるぶると震え、持っていた刀すら落としてしまった。


「主殿の霊力が限界を迎えたか」


 頭では冷静さを保とうとしているが瞳は逃げつつあるマクラガエシを睨みつけていた。


「ここまでか――」


 ――刹那、マクラガエシの身体が出口から逸れ、壁へと吹き飛ばされる。

 この衝撃、この威力。キクの記憶に新しい物だった。


「アシャアアアア」


 キドウマルだ。


「そうか、ティム殿の霊力は主殿よりも多かった……んですね」


 気が緩み、口調がいつも通りに戻るキク。その表情は安堵に包まれていた。


「あとは頼みましたよ、キドウマル」


 キドウマルはこくりと頷き、壁の下でうずくまっているマクラガエシの方を見た。

 ここまでやられているにも限らず、再び逃げようとするマクラガエシ。


「くそ! こんな仕事、割に合わねえよ!」


 しかし、逃がしてもらえるはずもなく。


「アシャア!」


 キドウマルの怒りの鉄槌がマクラガエシへと撃ち込まれた。

 拳は完全に相手の頭蓋を砕き、鈍い音を立てながら再び壁へと叩きつけられる。

 同時に天井裏でゴトッと重い物が倒れるような音がした。

 キドウマルが天井を突き破ると、どさりと降ってきたのは腹部から血を流して絶命している女性と、顔が潰された状態で息絶えた男性の一組であった。

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