第14話 けじめ

 翌朝、眠りから覚めたトモエ達の前には死体が二つ転がっていた。

 あまりの出来事に驚き嘔吐するナツキを横目に、トモエとティムは至って冷静に死体の処理方法を相談していた。


「お前か? キク」

『はい、そうです。昨夜、主殿達を襲いに来ていたから懲らしめておいたのですよ』

「懲らしめるというか、殺しちゃってるけどな」


 しかしそれも仕方のないこと。

 殺しに来ている相手を前に殺し返すな、という方が難しい注文だろう。ティムが稀有な例だったということを改めて実感することになった。


「カタリベに電話すればいいのか?」

「そうだな。上手く処理してくれるだろう」


 ティムが襖へと手をかけようとした瞬間、勢いよく向こう側から開け放たれる。

 そこに立っていたのは朝から陽気な笑みを溢れ出させている住職だった。


「おはよう! 昨日はぐっすり眠れたかな……うん?」


 住職の目にまず映ったのはティム、そして驚いて目を丸くしている二人。さらにその背後に倒れている死体がふたつ。

 血を流しながら倒れている死体を目にした住職は、ふうっと溜息をつくと暗い顔をしながら低い声を出した。


「新しい畳に変えなきゃいけないな」

「え」

「お前たち、いくら寺だからと言って仏さんを作り出すんじゃないよ! まあ、無事で何よりだ、はは」


 ケロッと明るい表情に戻る住職。

 トモエはそんな彼の姿に違和感を覚えていた。警戒的なものではなく、どこか辛そうという点で。

 あとはタケミチが何とかするだろう、と言い残して住職は本堂の方へと歩いて行ってしまった。


「ティム」

「……ああ、俺はこういう危険があるから基本実家には帰らないようにしてたんだ」

「そりゃー仕方ないっしょ、仕方ない。仕方ないけどよお……」

「父を悲しませているのは重々承知だ。それでも俺は悪意のある妖怪を狩らなければならない」


 トモエは頭をぼりぼりと搔きむしりながら口を開けた。


「俺も過去がややこしいから他人の裏話に踏み込んだりはしない。けど、けじめをつけないまま戦うってのは、それこそお前の足を引っ張ることになるんじゃねえのか?」

「……」


 黙り込むティム。

 その反応に良い兆しあり、と踏んだのかトモエはパンパンと手を打ち鳴らして空気の切り替えを行った。


「よっし、まずは死体処理だ!」

「そんな掛け声聞くの初めてだよ」

「お前は吐いた物の掃除な」

「処理のカタリベがやってくれない?」

「ないな」


 がくりと肩を落とすナツキ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「今回も失敗ですか」

『ああ、しっかりと死んでいやがったぞ』


 銀髪の女性に狼が返事をする。

 青白い毛並みを持った狼の姿は、この世のものとは思えないほどの美しさであった。


「トモエからどうにかして二人を引き剝がさないと」


 女性はカリッと爪を噛む。


『悪い癖だぞ主。そんなにあの男が気にかかるのであれば、自ら会いに行けば良いではないか』

「駄目よ。私は……」


 そっと目を伏せ、瞳を虚ろに濁しながら言う。


「私は彼の何もかもを奪ってしまったんだから」


『ふん、そう言う割には会いたそうじゃなかったか?』

「なっ、それは……会いたいに決まってるでしょ」

『メスの顔だな、主よ』

「怒りますよ」


 きっ、と睨みつける女性を横目に狼はその場へと寝ころんだ。


『おう怖い怖い。こんな恐ろしい女を……リツを女たらしめる、トモエという男が気になって仕方ないな』

「トモエだけは殺さない、と約束したはずです」

『ま、飼い主の命令には従うさ』


 リツは一枚の写真が納められた写真立てを見つめ、微笑む。


「今度こそ救って見せますから、待っててください。トモエ」


 写真にははにかんだ表情の幼きリツともう一人、不敵な笑みを浮かべながら腕を組み、ぴったりと隣に並ぶ幼き日のトモエの姿があった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 寺の門前で三人は立ち話をしていた。


「いいのか? これからもお世話になって」

「その方が父も喜ぶだろう」

「そりゃ俺たちも助かるけどよ、危険がどーたらってのはどうなっちゃったわけ?」

「俺たち三人が居る状況の方が安全だと判断した、それだけだ」


 ナツキはなるほど! と相槌を打ちながら目を見開いた。


「タケミチ、もう行くのか?」


 建物の方から住職が歩いてくる。

 ティムは待っていたかのように穏やかな表情で振り向くと、住職が次の言葉を発するよりも早く言の葉を紡いだ。


「また帰る、すぐにな」

「……そうか」


 嬉しそうに微笑む住職。

 彼の顔を見たトモエはその笑顔が今度は偽物じゃないと、ハッキリと確信し笑った。


「言えるじゃねえか」

「……」

「よーし、挨拶も済んだし行こうぜミツカっち、ティム!」

「ああ!」


 門から離れつつあるティムの背中を見つめる住職。

 するとふとティムが振り返り、聞こえるかどうかの声量で言った。


「行ってきます、父……さん」


 それを聞いた住職は涙を滲ませながら、今できる最大限の笑顔でこう返す。


「行ってらっしゃい、タケミチ」

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