第12話 月夜の刺客

 一日のうちに色々な事があったせいか、月が上るのはそう遅く感じなかった。

 昼間歩いた寺の道も月明かりに照らされ青くなり、明かりの灯っていない場所は黒一色となった。

 三人も既に床へと就いており、瞼がすんなりと降りる。


(今日は本当に色んな事があったな)


 トモエは昼間の出来事を思い出しながら夢の中へと意識を流し込んだ。


 襖が開く。

 障子から入り込む明かりに照らし出されたそれは、人では無い。

 火の灯った蝋燭を持ち、真っ白な紙で顔を隠す様は怪しく、燭台を持つ手は爪がとがりおよそ人とは遠いモノであった。

 妖怪である。


「トモエの取り巻き二人、確かに見つけたぞ……」


 妖はナツキの枕元に歩み寄ると、彼の枕へとそっと手を伸ばす。


「うっ!」


 途端、釘で打ち付けられたように手が畳へと張り付く。

 否。手の甲から畳もろとも鋭い刃で貫かれたのだ。

 慌てて顔を上げるとそこには満月よりも丸く、三日月よりも歪んだ口角で笑みを浮かべるキクが柄を握りながら立っていた。


「こんばんは妖怪さん、ってボクも妖怪なんですが」

「お前がキクか」

「おや? 手を貫かれているのに随分余裕があるんですね、このまま斬り落としましょうか」


 キクがぐいっと刀身に力をかける。


「誰が貫かれてるって?」


 瞬間、キクの手から刀が消える。

 ハッとして自身の背後を見ると、抜き放ったはずの刃が鞘へと納められていた。


「これは……」


 思わず背中の刀へと手を伸ばす。

 すると待っていましたと言わんばかりに妖が声を上げた。


「馬鹿め! お前の刀はここだよ!」


 再び妖の方を見ると確かに手の甲へと刀が突き刺さっている。

 しかしキクが手を離したことで、刀はいとも簡単に抜かれてしまった。

 抜いた刀はスッと消え、再度キクの鞘へと帰ってくる。


(何が起こった? 確かにボクは奴の手を貫いたし、その手ごたえもあった。だけど)


 今起こったことを前に、現状把握できるほどキクの脳は処理が追い付いていなかった。

 とにかくじりじりと間合いを詰めつつ、妖が眠っているナツキを攻撃しないように警戒。いつでも刀を抜けるように柄へと手をかける。


「悪いがさっさと仕事を終えさせてもらうぜ」


 妖が再度ナツキの枕へと手を伸ばす。

 刀を抜こうとするキクだったが、手に刀身がついてこない。それどころか鞘へと納まったまま引き抜けないのだ。


「何が起こってる!?」


 慌てている間にも妖の手はナツキへと迫る。


(マズい!)


 ガシッ! と妖の手が鷲掴みされる。

 そこに現れたのは犬のような耳を持ちながら獣とは言い難い顔を持った妖怪、ヤマビコだった。


「主のピンチなんだから、出るしかないっしょ!」

「いいぞヤマビコ、そのまま抑えてて!」

「アシャアアアア!」


 キクの背後から飛び出す影が一つ。

 この叫びに聞き覚えがないわけがない。

 キドウマルだ。

 彼は大振り気味に拳を上げると一発、勢いよく妖目掛けて振り下ろす。

 だが目の前に現れたのは振り下ろしているはずの自分の拳。それがキドウマルの顔面目掛けて妖の口から飛び出してきたのだ。


「シャアッ!」


 瞬時に拳を引き、攻撃をかわす。

 すると目の前にあった拳もすーっと妖の口内へと戻った。


「攻撃が返ってきた? いやしかしボクの刃は奴を確かに貫いた……」

「おい! ブツブツ言ってないでこいつを何とかしてくれよ、俺より力が強くてこのままじゃ主に届いちまうよ!」


 キクは妖の手の先にある物を見てピンとくる。


「そうか! そいつはマクラガエシだ! クシナ殿に聞いたのが本当なら、枕を返されたらその人は死ぬぞ!」

「マジぃ!?」

「知ったからどうなるってんだ!」


 マクラガエシはググっと腕に力を入れた。

 もう片方の腕で蝋燭を持っていることが幸いして、片方の腕でしか枕を奪おうとしない。


「蝋燭、なるほどね。昔主殿と一緒に習った古典落語を思い出したよ。死神ってやつさ」

「ほう、それじゃあ命の蝋燭が消えるのはどちらかな?」

「ボクがお前の命を灯ごと斬り落としてやる」

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