第11話 カタリベたるもの

「大丈夫か!」


 地面に膝をつくティムへと駆け寄るトモエとナツキ。

 ぽたぽたとコンクリートに滴る血を見て、トモエが問いかける。


「やったんだな」

「ああ」


 ふっと笑うとティムの目前へと手を差し出す。ティムもそれをがしっと握ると、痛みと疲労で震える足に鞭打ちながらその場に立ち上がった。

 ナツキが仰向けに倒れているツジを睨みつける。


「アイツ、何故俺たちを狙ったんだろうな」

「さあな、仕事だと言っていた。誰に依頼されたわけでもない、と」

「いいや、それは多分嘘だ」

「何?」

「仕事っていう言い方がミソ。誰かの利益となる結果を残すからこそ仕事と言えるんだ、なのに依頼されてないはおかしいだろ」


 ふむ、と顎に手を当てて考え込むティム。


「恐らく、奴に殺害を依頼した誰かがいるはずだ」


 トモエ達が話し込んでいると、狐の面を付けたカタリベと思しき集団がどこからともなく現れる。そして彼らは三人を一瞥すると何の反応も示さずにツジへと歩み寄り、その遺体を回収していた。


「よく覚えておけ、あれがカタリベに対する本部の処理方法だ。死体を遺棄、もしくは国に任せたりして怨念から妖怪が生まれでもしたらたまったものではない。だから自分たちで処理してしまおう、という後味の悪い始末方法よ」


 遺体を車に乗せた集団は二度とこちらを見ることもなく、各々車へと乗りこむ。

 エンジン音を響かせながらカタリベ達を乗せた車は坂を去っていった。


「妖怪を始末するのにった、殺られたは日常茶飯事。一々警察に介入されても面倒だからな」

「墓は?」

「そこはしっかりと埋葬される、と言っても集合墓だけどな。それでも供養はされてるんだ、怨霊とかの噂は少ないぞ」


 本当か? と怪訝そうな顔をするナツキ。


「それはそうと、これでは温泉に浸かることが出来ないな」


 ティムは自分の血が滲んだ身体を見た。

 確かにこの姿で温泉に入ることはできないだろう。


「諦めるか?」

「いや、俺の家に行こう。トモエとて俺と戦った傷が完全に癒えたわけではないだろう」


 トモエは自身の左腕と膝を見た。

 確かに歩けはするが痛みが消えたわけではない。

 しかしなぜここまで回復力が高いのか。それはティムからすれば周知のこと、トモエにとってもクシナのもとで修業していた時から知っている事だった。


 使役者は霊力を共有することによって使怪を維持するが、同時に肉体も使怪と共有されている面がある。というのも使怪が傷つけば使役者も傷つくのは代表例であり、もう一つ特徴的な現象がある。それは霊力が使怪によって引き上げられる、ということ。

 文字通り使役者の霊力が使怪によって引っ張り上げられることで、生命力を基盤とする霊力が簡易的に増幅。

 生命力が上昇すれば肉体の回復も早まるという仕組みである。その恩恵を受けることでトモエの傷は癒えつつあったのだ。


「確かに俺の身体もまだ痛ぇ。ここはティムの言葉に甘えようぜ」

「そうだな、賛成賛成」



 函館山の麓にはいくつもの寺社がある。

 そのうちの一つ、これまた坂の上にある寺へと三人は足を運んでいた。

 ナツキの開いた口が塞がらず、仕方が無いので下からトモエがぐいっと顎を押し上げる。


「お前、寺の息子だったのか」

「そうだ」

「寺の息子なのに妖怪信じちゃって良いのかよー」

「うちの宗派は問題ない」

「そう……」


 軽く足を引きずりつつ寺の中へと入っていくティム。

 二人も恐る恐る寺へと足を踏み入れた。

 静かで心地の良い風が吹く寺内。いくつもの墓石が立ち並び、その周りには木々が鬱蒼と茂っている。

 三人は砂利の中に敷き詰められた石畳を歩き、本堂へと向かう。

 木々のざわめきがまるで亡くなった人達の声のように聞こえ、トモエはそっと耳を澄ました。


「いい場所だろう」

「ああ……って、え?」


 思わず流れに身を任せて返事をしてしまったが、聞き覚えのない声にハッとする。

 目の前、本堂の扉を開けて手招きしていたのは法衣を纏い、袈裟を着けた住職と思しき男性だった。

 にこにこと笑う顔には皺が寄っており、気さくな雰囲気を醸し出している。


「この寺の住職であり、俺の父だ」

「あ、どうもミツカトモエといいます」

「ヒコナツキっす」


 ティムの父、もとい住職は二人の顔をじーっと見つめると再びカッカと笑いだした。


「タケミチ、良い友が出来たな」

「その名で呼ばないでくれ」


 どうやらタケミチというのがティムの本名らしい。


「どれ、見た感じ怪我をしているようだな。大方カタリベの仕事中に負ったんだろう?」

(俺はティムに負わされたんだけどな)

「この寺も一人だと寂しい物でな。今日は是非ともゆっくりしていってくれ」

「ティムは帰ってこないんですか?」

「ティム……? ああ、タケミチならいつも忙しそうにどこかへ行ってしまうんだよ。カタリベの仕事ってやつなんだろうね」


 そう言いながら微笑む住職だったが、その瞳はどこか寂しそうであった。

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