第10話 退場したのは

「キドウマル! 片腕で防げ!」


 キドウマルは片腕のみを使い、破片をさらに殴り砕く。

 しかし、ツジ同様すべての攻撃を処理できるわけもなく、いくつかの破片はティムの腕や足を貫き、拳はズタズタというあり様であった。


(何とか、地の利を得なくては……)


 次の行動に移るべく顔を上げたティムの前に、いつの間にか至近距離まで迫っていたツジの手が伸びる。

 咄嗟にその手を払いのけるティムだったが、手のひらは流れるように彼の上着へと着地し――


 ――背後へと引っ張られた。

 突然、首根っこを掴まれたように後ろへの力を感じる。


(しまった、ここは坂だ……ッ!)


 物が傾斜を転がるように、重さを増した上着が下へと向かって引っ張られるのは必然。

 普通なら地面へと落ちて終わりだろうが、今は着ているのだ。その力は上着だけでなく抵抗するティムをも下へと引きずり込んでいく。


「くっ、こんな……ッ! 重さが……ッ! うっ!」


 とうとう重さに耐えきれず、坂を転げ落ち始める。

 転がった先には横薙ぎの道路があり、今まさに一台の車が横切ろうとしていた。


「貴方は轢かれて退場、というわけです」


 なすすべなく車の前へと投げ出される。

 けたたましいクラクションが鳴り響き、ティムの視界はボンネット一色で埋め尽くされた。


「うおおおおッ!」


 瞬間、死線に立たされた彼の何かが爆発する。

 ティムはキドウマルを呼び出し、殴った。地面を全力で一発殴った。

 コンクリートは砕け、彼の身体は車線を逸れる。


「まだ、だ」


 車の側面へと身体を反らしたティムは片腕を助手席のドアへと突っ込み、ぶち抜いた。

 これには運転手もヒッと恐怖の声を上げる。

 キドウマルの能力で腕力を増強し、血まみれになったもう片方の腕を地面へと突き刺した。するとまるでコンパスのように車はカーブし、フロントガラスは坂の頂上を向いた。


「走れ!」

「え、えっ」

「いいから早く、全力でアクセルを踏め!」


 ティムの怒号に怯えた運転手は言われるがままペダルをべた踏み。

 車は頂上へと向かって走り出した。


「クソ、気に入ってたんだがな」


 自身の重くなった上着をむしり取って捨てる。

 ツジの姿がどんどん大きくなり、やがて彼の目前へと迫った。


「おおおおッ!」


 ティムは車のドアを引きはがし、地面へと叩きつけることでブレーキ代わりにして減速。

 その後ツジへと向けて持っていたドアを投げつけた。


「無駄ですよ!」


 ウブメが飛び出し、ドアを殴りつける。

 当然ドアは加重され、地面へと鈍い音を立てながら落下した。


「これでいいんだよ」


 刹那、ティムの声が聞こえる。

 目の前からではない。彼の姿はすでにツジの視界からは消えていた。

 耳を澄ませたツジが最後に行きついた結論は……


「上か!」


 見上げると、街灯に掴まりながらツジの頭上へと陣取るティムの姿があった。

 彼はふっと手を放し、ツジに向かって自由落下を始める。


「これはお前の使った破片の雨から発想を得たんだ」

「まさか……」


 そう、ウブメの能力は重くすること。

 つまりティムを重くすれば自分が下敷きとなり、ただでは済まない。


「お前ぇッ!」

「剥げたな、化けの皮が」


 キドウマルの拳がマシンガンのようにツジへと撃ち込まれる。


『アシャアアアアッ!』


 骨を砕き、鼻をつぶし、血しぶきを散らせながら繰り出される乱打はやがて全力を込めた一撃、アッパーによって終焉を迎えた。

 電柱の高さほどに打ち上げられたツジの身体が背中から地面へと着地する頃、彼の意識はすでに無くなっていた。


「退場したのはお前の方だったな」


 ティムの一言が坂の頂上に響いた。

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