第8話 のぼり坂

 蕎麦を食べ終えた三人はこの後何をするか、相談していた。


「仕事が貰えない以上、暇だからな」

「……」


 黙り込む二人の間にナツキの鶴の一声が響いた。


「温泉行こうぜ」

「!」

「!」


 そう、夏の暑い日には汗が付き物。

 汗でべとつき、シャツが絡む身体で長い時間過ごすのは苦痛だろう。

 そこでコンディションをすべてリセットしてくれるのが、温泉。

 汗を洗い流し、肌をサラサラにし、涼しい風を運んでくれる。


 この意見に反論を示す者は誰もいなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 温泉へと向かって歩く三人。

 今現在、上り坂という名の試練が彼らに襲い掛かっていた。

 昼間ということもありサンサンと輝く日光が三人を焼く。

 日陰という日陰もなく、何とか歩道沿いに生えている並木の影を縫って歩くことで、暑さを和らげていた。


 そんな中、トモエがふと坂の頂上を見上げると人影がひとつ。

 視力があまりよくないのでよく見えないが、隣を歩くティムが呟いた。


「アイツ、俺たちを見ているな」


 トモエとナツキはドキッとして再び人影の方を睨みつける。

 地面から立ち上る陽炎が邪魔してやはりよく見えない。


「どうする、道を変えるか」

「恐らく、奴も俺たちに合わせて移動するだけだぞ」


 もしかしたら相手はただの観光客で、たまたま自分たちのことを見ていただけかも知れない。

 だがしかし、トモエとティムは明確な敵意を感じ取っていた。


「俺が行って確かめてこよう」


 ティムが前に出る。

 引き留めようとするナツキだったが、よくよく考えるとこれ以上ない適役。トモエもナツキも戦闘経験が少なく、突然の攻撃に対処できる程のスキルはない。対してティムであれば相当場数を踏んでいることだろう。

 ナツキは伸ばした手を戻す。


「ティムの奴、大丈夫か?」

「さあな、でも俺たちが行くよりはマシだろ」


 ――ティム。

 地面からのぼる揺らぎの先に男の姿を見る。

 彼は夏にはふさわしくない黒いコートをまとい、黒い帽子をかぶり、サングラスを光らせていた。

 長身な体躯も相まって不気味さを醸し出す。


「俺たちに用か」


 歯に衣着せぬ性格のティム。相手が口を開くよりも先に言葉を投げかけた。


「用、ええまあ用です。と言っても簡単な用事ですが」

「俺たちにか?」

「いいえ、私個人のです」


 男は近くに落ちていた石ころを拾うと、ぽいっとティムへと投げ渡す。


「ウブメ」


 瞬間、ズンッとティムの手の中にある石が重くなる。

 それはとても耐えられるような重さではなく、彼の手を地面へと叩き落した。


(なんだと……ッ)


 男が三日月のように高角をゆがめて笑う。


「これが私の使怪、ウブメの能力。『触れた部分やモノを重くできる』です」

「……カタリベか」

「ええ、ですが私は紳士的な部類の人間でして。先に能力と名前を名乗らせていただきますよ」


 男は胸に手を当てて軽く一礼。


「黒野ツジ、と申します。以後お見知りおきを、そしてさようなら」

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