第7話 運命の出会い

 燃え盛る街だったモノ。

 真っ暗闇に赤く輝く世界には、背の高い建造物は残されていなかった。

 すべてが焼け落ち、多くの命が刈り取られた。

 これは小学生のトモエの記憶。


 死屍累々。

 この世に再現された地獄の中をトモエはさまよっていた。

 手には包丁。ただしただの調理器具ではない、数刻前に目の前で惨殺された両親がかつて贈ってくれた特別な宝物。刀鍛冶に造らせたというこの世に一振りの代物であった。

 もうすがることのできる物はこれ以外ない。


 死んだ瞳で景色を眺めながら炎の明かりを頼りに、人生で最も長い夜を歩く。

 どこへ向かっているのかわからない、目的もない。

 ただ歩くことで救いを求めていた、誰かに見つけ出してもらえると思っていたのだ。


 だが見つけ出したのはトモエの方だった。


 歩みを止めたトモエの視界に映ったのは、瓦礫の山にたたずむ二つの影。

 着物をまとった角を持つ女、と間合いを設けてにらみ合っている黒髪の女性だった。

 髪を後ろで束ねている彼女は身長が高く、すらっとしており口にはたばこを咥えていた。


「チッ、妖怪をあらかた殺して帰ろうって時に、余計なモンと会っちまったか」

「口が過ぎるぞ人間。お前たちなぞ我に出会うことすら許されぬというのに」

「神様気取りか?」

「鬼じゃ」


 ぷっ、とたばこを吐き捨てる。

 その会話を聞いていたトモエは理解した。どうして自分の歩いてきた道に妖怪が現れなかったのか、それはこの女性がすべて殺したからだ。


「怠いな。速攻でカタつけるか」

「瞬殺してやろう」


 瞬間、鬼女の目には女が二人に分裂したように映る。

 否、増えたのではない。残像が残るほどのスピードで一気に間合いを詰めたのだ。

 思わず対応の遅れた鬼女だったが、それを待ってくれるような相手ではない。

 女の鋭い拳打は鬼女の顎を突き刺した。


「うぐっ!」


 視界が揺らぎながらも反撃の手を振るう。

 女は予想通りと言わんばかりに攻撃をかわし、二発目、三発目と殴り抜けた。


「っ! なるほど、こやつ霊力をまといながら拳を突き出していよる。こんな芸当の出来る人間はまず見たことがないわ」


 霊力は魂を形成するエネルギー。

 本来ならば人として活動するために消耗するだけの力。だというのに、この女はどういう技なのか自由自在に霊力を操り、武器にしているのだ。

 魂の力である霊力で殴られたとなれば、妖怪もただでは済まない。自身を形成する霊力が打ち砕かれかねないのだから。


「しぶといな」


 思わず拳を緩めたその時。

 がしっと凄い勢いで手首を掴まれてしまった。


「鬼ごっこはしまいじゃ」

「チッ、疲労がたたったか」


 ぎちぎちと音を立てながら握りしめられる。

 痛みに声は上げないが、手のひらは真っ赤になり呼吸も多少荒くなっていた。


(右手の一本、くれてやるか? まいったな、利き手なんだがな)


 女が腕を諦め、もう片方の腕で攻撃を繰り出す準備をしたその刹那。

 鬼女の手から血が噴き出した。

 見れば、いつの間にか包丁が突き刺さっているではないか。握っているのは勿論トモエ。


「この童が!」


 握っていた腕を離した鬼女は怒りをあらわにし、もう一方の手でトモエを引き裂こうとする。


「殺してみろおおおっ!!」


 喉が張り裂けるのではないかと思うくらいの叫び声をあげるトモエ。

 すると、まるで呼応したかのように光の速さで身体から一人の少女が飛び出した。

 少女は持っていた日本刀を鞘走らせ、刀身を抜き切ると同時に鬼女の腕をすっぱりと斬り飛ばしてみせた。


「なんじゃこやつは……」


 鬼女の態勢が崩れ、少女はとどめの二振り目を繰り出そうと刀を構える。


「待て! とどめはあたしが刺す」


 ビクッと肩を上げて驚くトモエ。それとリンクしているのか、少女も刀を持つ手をピタリと止めた。

 だが状況は変わらない。

 バランスを失った鬼女を待つのは、女が温めたとどめの一撃のみ。


 女はこれでもかと弓のように引いた拳を、殺意とともに鬼女の心臓へと叩き込んだ。



  ◆



「大収穫。これでキジョモミジは使怪になった、と。それに」


 女は虚ろな表情で座り込むトモエを見た。


「いいモノも手に入った」


 にやりと三日月のように口元を歪める。

 女の瞳には醜いくらいの欲望が、少年であるトモエとともに浮かび上がっていた。


「少年、名前は?」

「ミツカ トモエ」

「あたしはニソイチ クシナ。これからはお前の師匠だ、そして」

「俺の師匠?」


 トモエの問いかけを無視し、彼の両頬をがしっと掴み抑える。


「覚えておけ、トモエ。お前は今、この時点からあたしのモノだ」

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