第6話 蕎麦屋で一杯

 ティムとの戦いから数日が経過した。

 トモエ、ナツキ、ティムの三人は蕎麦屋へと足を運んでいた。

 初報酬が支払われた記念に景気づけも兼ねて、大三坂だいさんざかの途中にある少しお高い蕎麦屋での昼食である。


「すいませーん! にしん蕎麦ひとつ。お前らは何にする?」

「俺はもちのろんで冷やしたぬき蕎麦よ」

「すずしろ」


 各々の注文を聞き終わり、店員が厨房へと戻っていく。

 その様子を確認したトモエは茶をひとすすりすると、真剣な眼差しで会話を切り出した。


「次の仕事、どうする」


 死活問題。

 既に上層部へと実力を示しているティムはさておき。トモエとナツキに関してはカタリベになったばかりの身、次の仕事が全然無かったのだ。

 というのも依頼の達成報告に行った際、続けて次の依頼を受注しようとしたところ、トモエたち向きの仕事が残っていなかったのである。


「カタリベには階級がある。お前たちのようなビギナーは『』、使怪を持っている素性の知れないアウトロー同然ってわけだ。そういう奴らに重要な依頼は託せない、かといって普通の依頼をしても荷が重い。使いづらいことこの上ないが、利用価値としては百鬼夜行のような大災害時の捨て駒だろうな」

「お前、もっと言い方ってもんがあるだろ……」

「野のひとつ上、一人前のカタリベとして同業者から認められれば『せん』となる。俺の階級はこれだ、要は妖怪処理のプロとして名乗れるのはここからだな」


 どうりで仕事の斡旋をしてもらえないわけだ、と頷くトモエ。

 カタリベとして本格的に活動できるのは仙になってからだったのだ。まだ野である二人に与えられる仕事なんて境内のゴミ拾いくらいであろう。


「んじゃ仙の上もあるってことか?」

「仙の上は『くう』。カタリベの中でもかなりの熟練者、もしくは名のある家系の者だけがたどり着ける境地だな。いずれ目指すことにはなるだろうが、今の俺達には果てしなく遠い場所だろう」

「なるほど、空まで上り詰められたならカタリベのトップと言っても過言ではないわけね」

「違うな」


 ティムがガスマスクの奥から二人の目を覗き込む。


「空の上がある、それこそが『てん』だ。この域に達する方法はない」

「方法がない?」

「正確には方法や条件が確立されていない。生ける伝説となるか、はたまた一人で百鬼夜行を駆け回ることが出来るレベルか。人間では拝むことすらかなわないであろう極地へと踏み込んだ者だけが天となれる」


 三人の元へ蕎麦が届く。

 ナツキは割り箸を引き離しながら悪態をついた。


「空まではわかるけどよ、天はもう妖怪そのものだろ。本当にいるのか? そんな人が」


 マスクを外して蕎麦をずずっとすすり、飲み込んだのちにティムが呟く。


「いる」

「誰だよ?」

「本名は知らないが、かつて『カタリベ殺し』の異名を持ち、人間・妖怪関係なく殺し回ったという人物だ」


 咀嚼しながら顎に手を当てるナツキ。

 ティムの発した固有名詞がふと引っかかったのだ。


「カタリベ殺しってどこかで聞いた覚えがあるぞ?」

「だろうな。トモエが俺に自慢げに言っていたからな」

「そうだ! ミツカっち、お前カタリベ殺し知ってるってすごいじゃん!」


 振り向くと「やっちまった」と言わんばかりにトモエが両手で顔を覆っていた。


「何恥ずかしがってんだよ。もしかして、その場の勢いでついた嘘だったとか?」

「いや、その場の勢いで言っちゃったのはあってるんだけど……」

「けど?」


 トモエは大きくため息をつきながら小さい声で言う。


「カタリベ殺し、ってのは俺の師匠なんだよ……」


 ナツキが口に含んでいた蕎麦を吹き出す。

 ティムも思わずむせ返った。


「お前マジか、え? お前マジか」

「このこと絶対に言うなよ、他のカタリベともめたくないからな」

「確かに天とはいえ、カタリベを数えきれないほど殺しているからな。少なからず恨みを持つ者もいるだろう。ましてやその弟子が健在とあらば……」

「ま、命がいくつあっても足りねーな」


 カタリベ殺し。

 その名を聞き、トモエの脳裏には昔の記憶が蘇った。

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