第5話 終わりと始まり
真っ暗な中に映像が浮かぶ。
まるで映画館のスクリーンを眺めているようだ。
そこには闇夜の中、赤く燃え盛る街が映し出されており、逃げ惑う人々の波のはざまで泣きじゃくる少年の姿があった。
「ああ、これは昔の俺だ」
ティー・エムの目がうつろになる。
見たくもない過去を見せつけられているのだ、正直目をそらしたいところだった。
だがどこを向いても同じ映像が表示されている。
「百鬼夜行の時の記憶か。ということは、アイツも……」
ティー・エムの目を向けた先。少年の傍らには血の海に浮かぶ一人の少女が居た。
無論、息などしていない。
「そうだ。幼馴染だったアイツが百鬼夜行の被害者となったあの日から、俺は妖怪を抹殺すると決めたんだ。それを邪魔する奴もまとめて」
途端に場面が切り替わる。
そこはどこかの家の庭で、芝生の上には子供の頃のティー・エムと一冊の絵本を持った少女の姿があった。
「タケミチ! あなたは私の
「えー、無理だよ……」
「無理じゃないわよ。いい? 騎士ってのはハートが大事なのよ、ハートが」
見るからに高飛車な少女。
どう考えても騎士に護られるお姫様とは程遠い性格である。
そして幸せな場面から一転、再び炎と血の入り乱れる地獄へと切り替わる。
ひとつ違うのはまだ少女が息をしているということだ。
彼女は血まみれの手のひらをタケミチへと向けて必死に伸ばし、精いっぱいの笑顔を浮かべて歯を見せていた。
「タケ……ミチ。ごめん、ね」
「喋らないで!」
「私、お姫様にはなれなかった、みたい……悔しいなぁ……」
「これからなればいいよ!」
「もう、遅いみたい……寒いよ、タケミ……チ」
ぐったりと彼女の腕が地に落ちる。
タケミチはこれまで上げたことのないような奇声を発し、その場にうずくまった。
「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる」
思えば、心から笑わなくなったのはこの時からか。と様子を静観するティー・エム。
やがてむくりと立ち上がったタケミチの瞳に光はなかった。
「俺は君の騎士になれなかった。だから、君の為に敵を殺す『屠る
タケミチの背後。
揺らぐ炎の中から見上げるくらいの巨漢。否、妖怪が歩み出る。
ボロボロの剣と角を持ったソイツは復讐の炎を燃やすタケミチへと歩み寄ると、ゆっくり握りこぶしを差し出した。
頭に血の登っていたタケミチに恐怖心はない。何のためらいもなく差し出された拳に、まるで打ち合わせでもしたかのように自分の拳を重ね合わせた。
「そうだ。キドウマルとはこの時に出会ったんだ」
更に場面が切り替わる。
目前でキクの刃が冷たく光り、キドウマルごと自身が打ちのめされるシーンだ。
「そうか、俺は負けたのか」
人生初の敗北に失笑する。
初めて心から笑ったのが自分への落胆とは、皮肉なものである。
どこからともなく、走馬灯のように誰かの声が聞こえてくる。
「俺は戦うことをやめないね」
「……俺はやめる」
「折れたな、てめぇの正義の刃」
「……元から正義じゃなかっただけだ。敗者に待つのは死だけだからな」
「どちらも死なずに決着がついたじゃねえか」
「何?」
瞬間、視界に光が差し込んだ。
最初に視界へと飛び込んできたのは青空、とそれを遮るように生い茂る木々。
ティー・エムは自身が仰向けに倒れていることに気が付いた。
「夢を見ていたのか?」
ゆっくりと上体を起こし、土砂の向こう側を見るとナツキに支えられながら歩くトモエの姿があった。
よたよたと頼りなくおぼつかない足取りは、妖怪殺しを倒した男にはとても見えない。
だが――
「お前にはいつか俺が棄てたハートがある」
ティー・エムはナツキの反対側に立ち、トモエの肩を担いだ。
「お前、意外と良い顔出来るじゃねえか」
「ふっ」
割れたガスマスクからは迷いを捨てた男の、澄んだ瞳がのぞいていた。
「にしてもティー・エムって言いづらいな、本名か?」
「本名は置いてきた。あれはアイツだけが呼ぶべき名前だからな」
「アイツが誰かは知らねーけどよ、俺も呼びにくいと思うぜ? ミツカっちみたいにあだ名を付けるべきだなこりゃ」
「じゃあ、ティムで」
「ミツカっち早いね」
トモエの周りに集まった仲間。
赤い髪の男、重い過去を背負ったガスマスクの男。この三人が出会った縁から紡がれる運命の糸は、やがて奇妙な未来へと導かれる。
これはそのきっかけに過ぎないのだった。
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