第4話 鬼の腕力、キドウマル
動悸が早まる。
真剣に戦ってキクの能力を対処されたのはこれが初めてだったからだ。
嫌な汗が顔をつたう。夏の暑さのせいか、じっとりとした感触とともに肌へシャツがへばりついている。
「どうした。怖気づいたのか? 悪いが一度剣を抜いたんだ、どちらかが死ぬまでもう止まることはないぞ」
ティー・エムが前進を始める。
わざと恐怖を与えるようにじりじりと近づいてくる。
そうしてトモエとの距離が五メートル弱へと迫った時、突然身体からキクが飛び出した。
「ここだ!」
トモエはティー・エムのすぐ横にそり立つ、山道となっている山肌を指さした。
キクは刀を抜くと二回、刀身を上下する。
V字に切り込みの入った山肌はやがてズズッと崩れ始め、小規模な土砂崩れを引き起こし始めた。
「これはっ、うっ!」
V字に斬ることで土砂は狭い範囲で一直線に流れ、ティー・エムのみを飲み込んだ。
「キドウマル!」
『アシャアアア!』
キドウマルがその厚く素早い拳で覆いかぶさる土砂を乱打するも、暖簾に腕押し。
拳頭ではじいたそばから新たな土が包み込もうとしてくる。
次第に身動きの取れなくなったキドウマルは上半身と片腕以外、土へと埋まってしまった。
「これは、まずいな」
「キク! 斬るな、貫け!」
キクは刀の頭へと手を当て、土から飛び出たキドウマルの片腕目掛けて突進する。
その刺突はキドウマルの手首を貫き、ティー・エムへと耐え難い激痛を与えた。
「ぐぅっ!」
唇を噛みしめて痛みに耐える。
歯と唇の間からはぶちぶちと血が流れだしていた。
「どうする、てめぇの武器である拳はもう失われたぜ」
「俺の武器が拳だけだと? 笑わせる。キドウマルの能力は『瞬間的に自身の腕力を増幅させられる』だ。ただ殴るだけが武器ではない!」
瞬間、ティー・エムたちの埋まっている土饅頭から何かが飛び出す。
弾丸のように飛び出したソレはキクが反応するよりも早く、トモエの左肩へと喰いこんだ。
「いっ! これは、石ころっ!?」
痛みの走るさなか、自身の肩を見るとミシミシと骨を軋ませながら何の変哲もない石が撃ち込まれていた。
「片腕が埋まっていたことが幸いした。土砂の中には小石という名の弾が豊富、それをキドウマルの腕力で、コイントスの要領で撃ち出せば天然のライフルの完成だ。しかも土の中から発射できるおかげで、お前にはどこから放たれるか予測できない」
(くそ、かなりやべーぜコイツはぁ!)
「そらもう数発くれてやる」
土の中から猛スピードで石が何個か弾き出される!
一発はキクによって斬り落とすことが出来たが、残りまで手が回らない。
処理し損ねた石は無慈悲にもトモエの膝と左腕を砕いた。
「いづっ!!」
その場に膝から崩れ落ちるトモエ。
動けなくなったことで状況は一転、攻撃方法を持つティー・エムが優勢になる。
(やべぇ、痛みで意識が飛んじまいそうだ。それにもう一本の腕を斬りたいがこの弾丸の嵐じゃ近づくこともままならねぇ……どうする!)
黙っていても撃ち殺される。だったら牽制も兼ねてとりあえず一刀、抜いてみようか。などと悪手が脳裏を駆け巡り、思わず実行へと移しそうになった次の瞬間。
「グオオオッ!!」
けたたましい雄叫びが響き渡る。
喉の奥で何かを回転させているような息遣いと、爆発音のような叫びが二人の鼓膜をえぐった。
「こいつは、ヒグマか……!」
慌てて土から這い出ようとするティー・エム。
その様子を見て自分も避難しようとするトモエだったが、脳に何かが引っかかった。
その何かを探り当てようと周りをきょろきょろ見回すと、親指を立てるナツキが視界に映った。
「そうか……!」
必死に這い出ようとするティー・エムへと歩み寄るトモエ。
彼はすでに戦線離脱しようとしており、石ころの準備などしていなかった。
「何をしている。お前も逃げないとヒグマの餌食になるぞ」
「いーや、俺は戦うことをやめないね」
ようやくキドウマルの片腕が土から這い出る。
「何故なら、函館山にはヒグマなんていないから。だ」
「何ッ!?」
「その通りだぜミツカっち!」
これでもか、というくらいに大きな声を上げるナツキ。
「今のは俺の使怪ヤマビコの能力、『一度聴いた声や音を完璧に真似できる』の効果だぜ! 子供のころに登別行ってて良かったぁ~!」
気づいた時にはもう遅い。
眼光鋭く、刀を抜き放ったキクの一撃は目では追うことが出来ず、認識した時にはすでに痛みとともにキドウマルの残った腕を貫いていた。
「折れたな、てめぇの語る正義の刃はよぉ……!」
対処されることのなくなったキクの刃がきらりと光る。
刹那、キドウマル目掛けて繰り出される乱打。それは肉にめり込み、骨を砕きながら激痛のビックウェーブを巻き起こした。
攻撃が終わるころにはぐったりと後ろへ倒れるティー・エム。意識はすでに痛みで吹っ飛んでいた。
『峰打ちです』
「どちらも死なずに決着がついたじゃねぇか……俺の大義の勝ちだ、な」
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