第1話 名前は?

 彼は目を覚ました。

 先程の夢で見た部屋とは真逆。目が眩むほど眩しい部屋。天窓が付いていてそこから降り注ぐ光が部屋を照らす。

 置かれたベッドの上で彼は横たわっていた。

「何処だここ……?いや、それよりもさっきの夢──」

 彼の頬は夢で見た女のように濡れている。新しく流れ落ちはしないものの枕はビタビタ。眠っている間に尋常でない量の涙を流したようだ。

 ノックオンとともに扉が開く。

「失礼します…。あ、起きましたか?」

「え、どちら様で─っ!?」


 その姿は人間ではない。いや、


 純白の翼が背中から生え、頭上には薄ら輝く輪。

 使がそこには存在していた。


 目の前が真っ白になる。そこからの記憶は、ない。


 ◇


 再び同じ場所で目を覚ました。大丈夫。さっきの光景はきっと夢…。

「お、やっと起きた〜?」

 前言撤回。ベッドの脇で天使はちょこんと座っていた。

 ぽかんと間抜けな顔をして硬直している彼を無視して天使は自己紹介を始めた。

「え〜、アタシの名前はハイルング・クーア。君の主治医です!皆からはハイル先生って呼ばれてる〜!」

 頭が追いつかない。名前はわかった。言っているわかる。問題は目の前の光景だ。こんな光景、一般の─。


 ……一般の───?


 心臓が波打って警鐘を鳴らす。

 血の気が失せ、嫌な汗が首筋を伝う。


「とりあえずアタシの自己紹介はおしまい!次は君の番ね〜」

「え、あ…。俺の名前は………」


 名前は…?なまえは……

 俺は俺は俺は………?

 俺の名前は?



「俺は…誰だ?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る