封印
銀鏡小綿の出現と共に、雪崩れ込む様に、複数の祓ヰ師たちが、無限廻廊へと入ってきた。
それは、銀鏡小綿を追っての事だろう。
祓ヰ師たちは、銀鏡小綿と長峡仁衛の抱擁を確認した後、その背後に座る霊山蘭に目を向けた。
「御当主様ッ」「一体何がッ」「ぐッ!?なんだ、この瘴気はッ」「一体、何を相手に…ッ!」
祓ヰ師たちがやってきて、それらの存在を視界に入れる事無く、長峡仁衛は、ただ銀鏡小綿のみに注視して、体感する。
銀鏡小綿の登場。
彼女が長峡仁衛を抱きしめた時に長峡仁衛はその温もりを感じてやはりそこに立っているのは彼女だと確信できた。
しかし確信できたからといってそれはあまり嬉しい事ではなかった。
「小綿…どうしてこんな所に来たんだ、お別れをしたじゃないか」
長峡仁衛の言葉に銀鏡小綿は彼を心配させまいと笑顔を送る。
「私はあなたの母親です、あなたが危険な状況にいるのであれば私が登場しないわけにはいきません…じんさん、私の大切な人、最後にあなたと会話をする事が出来て良かった」
銀鏡小綿の言葉に長峡仁衛は我が耳を疑った。
これが最後とは一体どういう事なのか、長峡仁衛は銀鏡小綿に話しかけようとした時。
後ろから長峡仁衛を襲ってくる。
「なんッ、誰だよ…爺さんッ!何をするんだッ」
長峡仁衛を背後から襲ったのは霊山蘭だった。
霊山蘭は銀鏡小綿の方に顔を向ける。
「この状況で不従万神に打ち勝てる存在がいるとすれば…長峡仁衛、そしてもう一人が銀鏡小綿だ…」
霊山蘭の言葉に長峡仁衛は息を呑んだ。
長峡仁衛は地面に倒れていて、霊山蘭が上に乗っかって長峡仁衛を拘束している。
神胤を使って無理に動こうとするが…相手もより強い神胤で抑え込んでいる為に、長峡仁衛は動く事が出来なかった。
「まさか…爺、さん。もう一人って」
「悪く思うなよ、長峡仁衛ッ、あれを野放しにする事は世界の存続の危機にも達する…銀鏡小綿一人犠牲にする事でそれが叶うのならばそれに越したことはないのだ」
銀鏡小綿が長峡仁衛の方に振り向いて言葉を交わそうとする。
「待てよ、俺が、あれを倒せば、良いんだろう、だから、離してくれ、爺さんッ!」
「恨むのならば、己の弱さを恨め、貴様は黙ってみる事しか出来ぬ…愛した女が、お前の為に死ぬ様を、死んでも刻み続けろっ」
そう叫ぶ霊山蘭。
それに対して、銀鏡小綿は何も言わない。
長峡仁衛が、自分のせいで危険な目に合わなくても良い様に、霊山蘭が止めている事を感謝する。
「ありがとうございます。…最後の望みです、どうか、お別れの言葉を、それまで、どうか…」
その言葉に、霊山蘭は彼女に視線を向けて、祓ヰ師たちに叫ぶ。
「祓ヰ師ども、数十秒ほど時間を稼げ、目標は、霊山禊、…足止めをしろッ!」
その命令と共に、狼狽えていた霊山家の祓ヰ師たちは、不従万神の方に目を向けて決死の覚悟で突き進んだ。
地面に押し付けられた長峡仁衛をそのままに、銀鏡小綿は長峡仁衛に向けて話しかける。
「じんさん、最期に一つだけ」
今生の別れ、その言葉を銀鏡小綿は長峡仁衛に伝える。
「好き嫌いはしたら駄目ですよ」
彼女が居なくても立派に成長出来る。
それでも、銀鏡小綿は、最後まで、長峡仁衛の事を思う。
「ちゃんと寝る前と起きた後に歯磨きをしましょうね」
こまめに伝えた事。
銀鏡小綿が長峡仁衛に言い続けた毎日の小言。
何気ない言葉が、こんなにも長峡仁衛の心に響く。
「やめてくれ、小綿ッ!」
叫ぶ声も決して気落ちせず。
言葉を続けて、銀鏡小綿は言い続ける。
「面倒がらずに、掃除はこまめにしておきましょう」
最後の言葉。
簡単な言葉で締め括りたかった。
けれど、それも無理だった。
「…一つだけと言ったのに、こうも、未練があるものですね」
この世に、長峡仁衛に、未練が募る。
最後まで、傍にいたかったけれど。
どうやらそれも、無理だと悟ったから。
儚げに笑って、銀鏡小綿は頷く。
「これが、本当に最期です」
長峡仁衛が騒ごうとした時。
霊山蘭が長峡仁衛の口を塞ぐ。
最後の言葉を約束した以上は、霊山蘭は、長峡仁衛に彼女の言葉を聞かせる義理がある。
銀鏡小綿は、言葉を纏めて、長峡仁衛に告げる。
「……貴方が居なければ、」
「そう、あなたが居なければ、私は居なかった」
「私に生きる意味をくれて、ありがとうございました」
「ずっと傍にいてくれて、どれ程幸せだった事か」
「こうして、離れる事を、どうか、許して下さい」
「…泣かないで下さい、じんさん」
「貴方は、」
「私にとって胸を張れる誇り」
「母として、人として」
「…貴方を愛しています」
「今でも」
「死んだ後でも」
「輪廻が続き、魂が続く限り」
「私の魂には…」
「―――
その言葉を残して。
銀鏡小綿は長峡仁衛から離れる。
隙を狙う霊山蘭は声を荒げた。
「貴様ら、離れろッ!!極限にまで、離れろォ!」
その言葉と共に離脱して。
銀鏡小綿が、ゆっくりと歩く。
長峡仁衛との記憶、思い出を馳せながら。
彼女は、この世の全てを捨て去る。
「〈
最早戻れる道など無い。
転生術式、その神髄、奥義にして禁忌。
前世から自我と経験を取り戻す『自我継承』。
前世から自身の力を引き出す『唯我顕彰』。
魂を凍結させ一つの物質へと至らせる『無我結晶』。
己の前世、生き方、在り方、世界そのものを現世へと転生させる『道理』。
『真我万象』は…前世の己全てを引き出す術理。
容姿も実力も、文字通り、全てを現世へと転生させる。
一度、其処に成った者は例外を除き、現世の姿に戻る事は無い。
故に、奥義にして禁忌、『真我万象』。
「〈
その真名を以て。
銀鏡小綿という存在は、この世から消え去る。
彼女の術式は死別に近い。
広大な無限廻廊の隅々まで埋め尽くす光と共に、彼女の肉体は前世の機体へと生まれ直る。
『銀月失遂』。
彼女の存在した世界。
それを滅ぼす要因となった最終兵器『殲機』。
銀月型として生まれた彼女は、世界の全てを滅ぼす為に、科学発達した機械文明の叡智、『機械首脳』によって先住民の殲滅と言う命令を遵守した。
地面を固定する巨大な脚部。
地面にスパイクを打ち放つと、地面を抉りながら固定する。
五指が開かれた様な胴体、その中心には、『殲機』の特殊性能である光熱球体が、満月の様に満ちている。
その光こそが、世界を崩壊に導いた終焉の一撃である。
その光を、不従万神に向けて放とうとしている。
これ程まで、強力な存在。銀鏡小綿と言う女性が、本気を出せばこの世界を終焉に導く事など容易だろう。
だが、そうならなかったのは、ひとえに長峡仁衛が存在した為だ。
彼が傍にいてくれたから、銀鏡小綿は、長峡仁衛に依存した、この世界を壊すような選択をする事はなかったのだ。
そう考えれば、ある種、長峡仁衛はこの星を守った救世主ともいえるだろう。
尤も、この世界で救世主と言う呼び方は、人類にとって悪性に近い呼び方ではあるが。
「これで、すべてが終わる」
霊山蘭は、長峡仁衛を拘束したままに呟く。
丁度その時、別の空間から黄金ヶ丘クインと辰喰ロロが出現する。
どうやら、彼女たちは、長峡仁衛の救出の為にやって来たらしい。
長峡仁衛の有様を見て、黄金ヶ丘クインが叫んだ。
「兄様ッ!あなた方、何をッ!!」
そう叫び、霊山蘭を睨む。
霊山蘭は彼女を前に手を放す。
すると、長峡仁衛は走り出して、銀鏡小綿の元へと向かった。
「ッ兄様!?」
「あの、馬鹿がッ!!」
長峡仁衛は銀鏡小綿へと向かおうとする。
彼女へと、その手を伸ばすが…周囲の祓ヰ師が、長峡仁衛の体を掴んで地面に倒す。
「クソ、離してくれッ!!」
「錯乱しているのか?止むを得んな…全てが終わるまで、封緘しておけ」
そう叫び、長峡仁衛に向けて、封緘術式を扱う祓ヰ師が長峡仁衛の前に立つと、巻物を取り出した。
その巻物を使用して、紙が長峡仁衛に張り付いていく。
「兄様ッ!」
「止めるな黄金ヶ丘の小娘、コイツはあの銀鏡小綿を止めようとしている…全てが終われば封印は解いてやる、だから、貴様は何もするな」
霊山蘭は黄金ヶ丘クインを牽制する。
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