抱擁
長峡仁衛と霊山蘭は、迷宮内部を歩き続ける。
そして、畏霊を超えた存在、『禍霊』の封緘を行う。
「『
霊山蘭は指を折りながら、長峡仁衛が封緘した『禍霊』を数えていく。
指で数える程ではあるが、それでも一体で国一つ落とす事の出来る程の凶悪且つ狂暴な能力を所持する存在である事には変わりない。
「後、何体くらいで倒せそうなんだ?」
長峡仁衛は、どれ程戦力を蓄える事が出来れば、『不従万神』を討伐出来るのか伺う。
霊山蘭は、長峡仁衛の言葉を無視しながら、一人、自分の思考の中で遊泳をする
様に熟考する。
「(不従万神であれば、三体も居れば討伐は可能だろう…だがそれは、『禍霊』を完全に使いこなせればの話、長峡仁衛では条件付きでの使用しか出来ぬ、決定打に足りぬ事だ…ならば、他にも、『禍霊』を取り込ませるか…残る『禍霊』はどれ程居たか…)」
霊山蘭の思考を邪魔する様に、長峡仁衛が、霊山蘭の肩を掴むと左右に振る。
「なあ、爺さん、聞こえてるかぁ?」
両肩を揺らすと、霊山蘭の首が上下に揺れる。
視界が歪む様な感覚を抱いた所で、其処で初めて霊山蘭は自身が長峡仁衛に揺らされている事を悟った。
「何、何をしておる、この馬鹿者めがッ!」
腕を振って長峡仁衛の行動を遮る一手を示す霊山蘭。
長峡仁衛は即座に離れて、霊山蘭の後ろに立った。
「いや…全然、話を聞いてなかったから、聞いてるかなって思って…」
「貴様…何か勘違いをしている様だな」
霊山蘭は胸の奥に抱く熱い思いを、長峡仁衛にぶつける。
「貴様とは妥協し、協力しているに過ぎない、本来ならば、その様な気安い行動など、即座に懲罰だッ、身分相応を知れッ!」
そう叫び、霊山蘭は長峡仁衛を睨む。
睨んではいるが、長峡仁衛は、その睨みに恐怖も恨みも感じる事は無かった。
「前までの爺さんだったらなぁ…まあ、こういう真似はしなかったけどさ」
長峡仁衛は気恥ずかしそうに、霊山蘭に向けて言う。
「けど、爺さん。自分で気づいてる?俺の中に、母さんが居るって知った時から、そういう負の感情、全然感じないんだけどさ」
長峡仁衛にそう言われて、霊山蘭は口を閉ざす。
その様な筈があるワケがないと、霊山蘭は握り拳を作る。
そして、長峡仁衛を侮辱する様な言葉を口に出そうとして、声が掠れてしまう。
「ッく、くだらん、まったく。そんな事を言うくらいならば、『禍霊』を十全に扱える様に努力をしろッ!」
牙が抜けたかの様な声色だった。
長峡仁衛を恨む気概が、すっかり抜け落ちてしまっている。
怖気を感じる霊山蘭。
顔を振り向けて、その肉体を蝕む様な感覚に苛まれた。
「なんだと…この気配、…ッ」
即座に霊山蘭は違和感の正体に気が付く。
「無限廻廊が…動いておる」
霊山蘭の手を使わずに、無限廻廊が動いているのが分かった。
霊山家当主以外に、無限廻廊を動かす事が出来る人間など存在しない。
だが、それが人の範疇であればの話だ。
無限廻廊が動き出し、周囲の通路は平面と化す。
無限廻廊、殆どの迷宮が、壁が取り外されて、広大な敷地と化した。
無限廻廊にて封印されていたあらゆる畏霊たちが見渡す限り、千を軽く超えている。
「爺さん、無限廻廊いじったのか?」
「儂じゃない…奴じゃ」
そう言うと共に、霊山蘭は顎で部屋の中心に立つ女性に視線を向ける。
其処に立つ女性の周囲には、首輪を装着された人間の姿が確認された。
彼女の手には、鎖が握られていて、その鎖の先に、首輪と、それを装着する人間、それを認識した霊山蘭は、次期当主候補としてこの無限廻廊に入った霊山家の血族である事を理解した。
「『不従万神』にやられたか…それでも、当主候補か」
そう言うが、内心は、仕方がないと思っている。
神を相手に、戦うなど、本来ならば正気の沙汰では無い。
神を討伐出来る人間の方が異常なのだ。
だから、彼ら当主候補が負けても仕方がない…しかし、それでも言わなければやってられない、というものがあるのだろう。
「クソ、長峡仁衛、時間を作る」
そういった。
それは、今の長峡仁衛では、『不従万神』に勝てるとは思っていないからだろう。
しかし、長峡仁衛は、老人の前に立つ。
霊山蘭の言葉など、耳に入っていないかのように、長峡仁衛は無言で、霊山禊を見ていた。
「おい、何をしている貴様ッ…まさかッ!!」
そこで、霊山蘭は、長峡仁衛が今から何をするのか、察した様子だった。
「待て、長峡仁衛、ここで貴様が負ければ、あとは打つ手が無い、思い留まれッ!」
その様に叫ぶ霊山蘭。
しかし、長峡仁衛は我慢できない様子だった。
「爺さん、無限廻廊、直せるのか?だったら、まだ、踏み止まれるよ」
長峡仁衛は握り拳を固める。
霊山蘭は、無限廻廊の操作を行うが、相手が上から押さえつけているように、動かす事が出来ない。
老人の必死な形相を見た長峡仁衛は、なら、仕方がないと手を構える。
「なら結局、ここが正念場ってことなんだろうな…これが、最後であるように」
願いながら。
長峡仁衛は神胤を放出するとともに、自らの両手を叩いた。
「『大々羅防』」
長峡仁衛の背後に出現する巨大な肉体。
蒼褪めた肉体には四肢が繋がっていない。
長峡仁衛の前に、二つの巨大な掌が静かに聳えた。
「『
霊山禊はその様に呟いた。
それに従って、霊山禊の前に、虎の足、亀の甲羅、鳥の翼、龍の顔が付く尻尾、鵺のごとく、複数の動物の特徴を捉えた生物が出現する。
それを確認した霊山蘭は目を丸くした。
「あれは、『禍霊』ッ…まさか、不従万神も従えていたとは」
ありえない話ではない。
不従万神が、この無限廻廊に入って間が存在する。
その間に、『禍霊』を従えたとなれば、相手にとっては多大な戦力だ。
勝てる見込み、確率がまた極端に下がってしまう。
それでも、長峡仁衛は逃げる真似はしない。
そもそも、逃げる場所など、何処にも無い。
ここで、不従万神を倒さぬ限り、長峡仁衛を我が物にしようとするだろう。
そうなれば、銀鏡小綿にも危険が至る、それは、長峡仁衛の本懐などではない。
「落とせ」
長峡仁衛の言葉に、『大々羅坊』は拳を振り上げる。
即座、拳が巨大化し、『
牙を向く融解神獣。巨人の腕に噛み付いて、牙を食い込ませる。
すると、長峡仁衛の腕から血が流れだした。
「(『大々羅坊』が受けた攻撃は全て自分に返る事で召喚を可能にした…だけど問題はない)」
長峡仁衛は痛みを我慢して拳を構える。
巨人の腕と連動するように、巨大な拳で融解神獣の胴体を殴り飛ばす。
「ッ、行くぞ!」
長峡仁衛は地面を強く踏み込んで、拳を構えて霊山禊へと向かう。
彼女はただ、長峡仁衛に向けて手を広げて迎え入れようとしている。
それはさながら長峡仁衛の攻撃、その全てが、赤子の戯れであるかの様に。
「八峡様、愛してます」
その言葉と共に。
長峡仁衛の体は吹き飛んだ。
彼女の体から衝撃が発生して、その衝撃によって長峡仁衛は吹き飛ぶ。
遥か、後方。長峡仁衛と、霊山蘭は、広間の最奥へと飛ばされてしまった。
広間の広大な広さは半径百キロ程、霊山禊が粒になる程の距離に飛ばされ、長峡仁衛は体をゆっくりと起こす。
「(神胤を圧縮して飛ばしやがった…こいつ、ただのそれだけ、それだけで…ここまでッ)」
長峡仁衛は改めて、霊山禊、神との圧倒的な差を見せつけられて絶望する。
それでも、体を奮起させて立ち上がる。ここで、勝てねば、銀鏡小綿には会えない。
それは嫌だから、と。
立ち上がった時。
長峡仁衛の目の前に、彼女が立っている。
「…また、幻か?」
長峡仁衛は、銀鏡小綿に逢いたくて、見てしまった幻覚であるのかと疑う。
けれど、そこにいるのは紛れもない本物だった。
「…じんさん、無事で良かった」
銀鏡小綿、本物は、そう言って、長峡仁衛を優しく抱き締めた。
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