食欲

その老獪の姿を確認した長峡仁衛は思わず息を呑んだ。


「うわ、じ、爺さんっ!?」


その登場に長峡仁衛は、ふと、意識を失っていた時に現れた霊山禊の言葉を思い出す。


「(そういや、母さんが近くに居るって言ってたな)」


そう考えている隙に、霊山蘭が、長峡仁衛の襟を掴んで引っ張る。


「何をしている馬鹿者めが、それに敵うなど無いだろうがッ」


そう叫ぶと同時に、霊山蘭は力を行使した。


「『無限廻廊天創』ッ」


その効果により、周囲の無限廻廊の壁が壊れていく。

霊山禊は、嫌な予感を感じたのか、長峡仁衛の方に手を伸ばす。

隙。霊山蘭は五指を握り締めると、壁の崩壊速度が上昇していき、即座に霊山禊と分離する。


「(空間が歪んでいくっ、なんだ、これは)」


壁が閉ざされ、ミシミシと音を立てながら、周囲の壁が別の壁へと繋がっていく。

さながら、空間を丸ごとエレベーターで移動しているかの様な感覚だった。


「爺さん、これはなんの術式なんだ?」


長峡仁衛は、霊山蘭の術式かと問う。


「はぁ、はぁッ…じゅ、術式ではない、当主のみが使える無限廻廊の組み換えよ…それよりも、貴様、何故此処に居る?」


胸元を抑えながら、霊山蘭は虫の息で呟いた。

この力は、かなり負担を掛けるらしい。


「え?あぁ…あのさ、俺、あの『不従万神』に連れて来られてさ…」


長峡仁衛の言葉に、霊山蘭は目を開く。


「なんだと?不従万神だと?…そうか、それで納得が言った。…ではあれは、霊山禊では、ないのだな」


少し寂しそうに、彼女に自らの娘の姿を重ねた。

だが、それは所詮、幻想に過ぎなかったらしい。


「まあ、そういう事になるけど…あ、爺さん」


落ち込む霊山蘭に声を掛ける。


「…なんだ、貴様、これ以上、何か囀ずろうとしているのならば…」


長峡仁衛を無視しようとした最中。


「俺の中に、母さんが居る」


長峡仁衛の言葉が、良く霊山蘭に響いた。


「…は?」


「俺の禍憑は、母さんだったんだよ」


捕捉する様に長峡仁衛は言った。


「さっきさ、其所で、気絶している時に出会ったんだ。母さんと、話してたんだ」


本来ならば、馬鹿も休み休み、と言いたい所だが。

肉身であり、長峡仁衛の傷の姿から、強ち嘘ではないと思える。


「(気絶…?こやつ、見た目は薄汚い、血で付着しておる、と言うことは臨死状態であったか、ならば、生死の狭間で出会ったとすれば、筋が通る…そうか、禊、貴様は、其所に…)」


長峡仁衛の中に、霊山禊は居るのだと、そう思った。


「それで、母さん、爺さんに頼んで力を貸してくれるように、お願いしたんだけどさ…」


長峡仁衛は自分で頼むかの様に慎重に伺う。


「…本来ならば、貴様と手を組む理由など無かった…、だか、禊が言うのであらば…妥協してやる」


霊山蘭は、長峡仁衛に手を貸す事を肯定した。

エレベーターが上昇する様な感覚を覚えながら、長峡仁衛と霊山蘭は話し合う。


「霊山禊…『不従万神』を討伐する可能性があるとすれば、貴様ともう一人だ。だが、此処には貴様しか居ない以上、貴様を使う」


指を二つ開く。

親指と人差し指の内、人差し指の方を曲げて、親指の方を長峡仁衛の方に見せる。


「何をするんだよ?」


長峡仁衛は、今後、何をするのか霊山蘭に聞く。


「貴様には、『禍霊まがつれ』を封緘して貰う」


聞いた事の無い言葉に、長峡仁衛は疑問を口にした。


「…?なんだよそれは」


霊山蘭は話し出す。


「この『無限廻廊』はあらゆる畏霊を封緘して来た。だが、中には封緘する事が出来ず、現状、野放しにした状態で『無限廻廊』に開放している祓ヰ師が封印出来なかった存在…、故に『畏霊』を超えた『禍霊』、貴様にはソレを封緘出来る術式を持つ」


長峡仁衛は喉を鳴らす。

もしも、そんな存在と出くわしていたら…自分の身は危なかったかも知れないと思う。

長峡仁衛は呼吸をしながら、息を整える。

痛みが、ジンジンと響いていた。

両手両足を切断されて無理に繋げたのだ、痛みが残っているのは当たり前だ。


「封緘は出来るだろうけど…それを扱い熟す事は別だろ?」


長峡仁衛は、余りにも強大な力であれば、それを扱うのは難しいとそう思う。

それは霊山蘭も同じ事を想っているらしい。


「そうだ、だからこそ、術式には枷が存在する。枷とは制限でありながら、自身を守る殻とも成る。式神として枷を取り付ける事で、式神の行動権を得る」


その説明に、ある剣士の式神を想像する。


「(俺が『斬神斬人』を使役した時と同じか…)」


「基本的に、出くわす事が無い様に、通路の無い部屋に閉じ込めておる…『無限廻廊天創』により、この部屋とその部屋を繋ぎ合わせよう…貴様の手足は何分で治る?」


霊山蘭が長峡仁衛の縫い合わせた腕を見ながら言う。


「半日あったら、神経が繋がるけど…」


長峡仁衛は、そう言って手を動かす。

まだ、感覚は無く、指先に力は籠められない、何よりも、震えている。

神胤で繋ぎ止めているので、完璧に癒着するとすれば、半月は掛かるだろう。


「それでは遅い、馬鹿者が、であれば、まず最初の『禍霊』はアレとする」


霊山蘭は勝手に『禍霊』の相手を選定する。


「え?いきなり戦闘に入るつもりか?…い、良いだろ、やってやるよ」


長峡仁衛は一人で戦うのかと思い、少し心配したが、無理矢理乗り気になるようにテンションを上げた。


「貴様のその状態で一人で戦えと言うのも酷だろう…儂もやる、一応は、妥協した身故な」


そう言うと、手を伸ばし、霊山蘭は『無限廻廊』の部屋を組み込み直す。


「さ、繋げるぞ」


そう言って、別の空間へと繋げた。


空間が繋がれる。

長峡仁衛と霊山蘭は暗闇へと足を踏み入れる。


「『夜首落蛇やしゅらくじゃ』」


霊山蘭は、その『禍霊』の名を告げる。


「嘗て人を治す医療の神様と言われた『神』でありながら、生贄を必要とし、結果的に『不従万神』と成った存在、奴は人体を自在に改造する事が出来る能力を持つ」


その能力の説明を受けた時、長峡仁衛は破格な能力だと思った。

それが誠であるのならば、長峡仁衛の両手両足は簡単に繋げる事が可能だ。


「人体を自在に改造って…じゃあ、俺の手足も」


霊山蘭に確認を取る様に、長峡仁衛は聞くと。


「十分に治せるだろう…だからこそ厄介だ」


そう呟いた。

その暗闇の奥に、ずるずると体を引き摺る音が聞こえて来る。


「貴様と儂、二人で、この化け物を封緘する、用意は良いな?長峡仁衛」


長峡仁衛は人形師を見る。

彼の手足を動かす人形師が、長峡仁衛の思考を命令として受け取り、手足を動かした。


「手足は動くんで、まあ、大丈夫です」


目の前から迫る、化け物。

長峡仁衛はその巨体に目を合わせた。

蛇の様なすらりと伸びた身体に、頭部からは白色の髪が伸びている。

しかし、その頭部には目と口が無く、鼻孔らしき二つの穴だけが開いていた。


「(目と口の無い蛇みたいだな…気持ち悪い…瘴気が漂ってやがる)」


長峡仁衛は吐気を催す。

瘴気は恐怖を煮詰めた様なものであり、耐性を持たない人間が受ければ最悪精神が崩壊する恐れがある。

まだ、吐気を催すだけでも、マシな方だった。

しかし、そんな長峡仁衛に、霊山蘭は声を荒げた。


「惚けるなッ、既にあの化け物の効果範囲に属するぞッッ!」


その言葉と共に、蛇が、肉体を割った。

自らの能力で自身を分割して、複数に増えたのだ。


「うわッ、なんだ分裂したッ!」


人間大と化した蛇が数十体。

長峡仁衛たちの方に体をくねらせて向かい出す。


「自身を改造したかッ、分裂しおったわッ!!だが、その方が都合が良い、食い散らかしてやるわァッ!!」


霊山蘭が叫ぶと共に、蛇に触れる。

それと共に、自身の術式を叫ぶ。


「〈封緘術式・喰〉!!」


霊山蘭が牙を剥いて蛇の肉体を噛んだ。

漏れ出す神胤が蛇の肉体を包み込むと、瞬時にその場から消える。


「(喰った!?)」


霊山蘭は、蛇の一部を封緘した。

蛇の情報を確認した後に、手を思い切り握り締める。


「(儀式上、対象に咬み付くと行為を以てその物体を封緘し、消化と言う選択権を得る、使役した場合、一定時間の間、自身は消化した『畏霊』の能力を上乗せが可能)」


その動作により、自らの肉体に残る蛇を消化し、蛇の能力が上乗せされる。


「尤も…喰えば腹が溜まる、上限ありの力だがな」


ぐふっ、と声を漏らして、笑う様に牙を剥いた。


「長峡仁衛、先程の蛇、儂が喰らったものに肉体改造能力は無い、恐らくは本体と言うものがある。それが異能変遷を所持しているだろう」


霊山蘭の情報共有に長峡仁衛は頷くと共に、人形師に命令する。


「なら、人海戦術だ」


長峡仁衛は人形師に人形を作る様に命令。

数十秒程で尽きる命を持つ『骸機』を大量生産すると共に、蛇の肉体を掴ませて壁に寄らせる。


「このまま押し潰す」


『骸機』の軍勢が、蛇を潰そうとした。


「(肉体改造能力…効果範囲がある以上は、迂闊に接近する事は出来ぬ、命を持たぬ式神を使い、蛇を圧死させると言う選択をする事で、蛇との距離を取り、効果範囲から逃れると言う算段か…これが、術式を得て一月も経たぬ若造の思考回路か)」


恐ろしいと思いながらも、それを顔に出す事は無い。

『骸機』たちが無理矢理押し込んで、蛇たちが息を漏らす。

その息は鼻孔から放たれる風の音であり、どうにも苦しそうな音を奏でていた。


長峡仁衛は、しばらくして、『骸機』たちが消滅すると、蛇に近づく。

どうやら、蛇は推し潰れた時に分裂を解除していたらしく、一体に戻っていた。

元に戻る事で、蛇の力で押し戻そうとしたのだろうが、無駄だったらしい。

瀕死状態の蛇に向けて手を伸ばす。


蛇に触れると共に、長峡仁衛は封緘した。

それと共に、長峡仁衛の脳裏に流れる、『夜首落蛇』の情報。

長峡仁衛はそれを頭痛と覚えながらも、情報を取得する。


「…くッ、ああっ…そうか、こりゃ、破格、だな」


長峡仁衛はそう呟くと共に、式神を出現させる。


「(肉体改造能力の制限、この『夜首落蛇』は、肉体を治す事も出来るけど、それ以外には、人を合体させたり、分解させたりする事も出来る…けど、それだと式神として召喚は出来ない…異能変遷を使用する能力を限定する事で、式神としての使役出来る条件を結ぶ)」


そうする事で、長峡仁衛はなんとか、『夜首落蛇』を召喚する事が出来た。

そして、長峡仁衛は『夜首落蛇』を使役して、自らの肉体の切断された手足を強制的に癒着させる。


これによって、長峡仁衛の手足の神経は繋がり、元と同じ様に動かす事が出来た。


「…よし。これで、自由に動かせるな」


長峡仁衛はそう言うと、霊山蘭の方に近づいた。


「爺さんも、どっか怪我してるだろ?ついでに治しておくよ」


「…貴様、儂との立場を忘れたか?」


霊山蘭は、長峡仁衛を睨む。

いくら妥協したとは言え、本来ならば、仲良く手を取り合う様な関係ではない。


「まあ、別に。そういうのは、置いていったからなぁ、爺さんが恨んでも、俺はもう、どうでもいいし…まあ、理由が居るんだったら、爺さんが万全じゃないと、『不従万神』も倒せないだろ?」


そう言って、長峡仁衛は無理矢理、霊山蘭の傷を治した。


「…」


霊山蘭は、感謝もせずに、ただ俯いている。


「ほら、もう傷も治ったし…次の『禍霊』を捕らえようぜ」


長峡仁衛は、何時も通りに、そう言うのだった。


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