再来
「どんな環境でも、不利な状況でも、俺だけの傍に、居てくれた…好きにならない筈が無い。俺の生涯、全部あげてもいいくらいに、俺は、小綿が好きなんですよ」
彼もまた、儚げに笑うと共に、握り拳を固める。
次第に、長峡仁衛の表情は嶮しくなる。
「だから、許せない。俺の小綿を泣かした、あの『不従万神』が…俺の事なんか見ないで、他の男だけを見ている輩が、俺の事を好きだと嘯いてやがる…他の男を考えながら、口にして良い事じゃない…だから、一つ、あんたに謝ります」
霊山禊を見て、長峡仁衛は言う。
「あの『不従万神』は殺す、その体を破壊して、確実に倒す。その際に、あんたの体を滅茶苦茶にしますけど、悪く思わないで下さいね」
長峡仁衛の気概に、霊山禊は驚いていた。
まだ、戦う意志がある事に、それは、彼女にとっては嬉しい事だ。
戦う意志があると言う事は、生きる意志があると言う事。
「…四肢が欠損しているのに、貴方は、『不従万神』に勝つつもり、なのですか?」
霊山禊の言葉に、長峡仁衛は首肯する。
「じゃないと、俺は逢えない。小綿の元には戻れない…死んでも勝つつもりは無いです。生き永らえて勝つ。死んで、小綿に逢えないのだけは嫌ですから」
長峡仁衛の人生。
彼女が作ってくれた人生。
その人生を、生きる事を止める事は、絶対にない。
「…それと、別に。謝らなくても良いですよ、過去の傷が、今の俺を作った。過去には戻れないけど、だからこそ、そのおかげで今の俺がある」
長峡仁衛は、霊山禊に微笑む。
長峡仁衛は彼女を責める事は無かった。
むしろ、感謝をしているから、今この場で、その言葉を彼女に与える。
「気に病むなよ母さん…俺を産んでくれて、ありがとう」
光すら目に見えた言葉。
目を開いて霊山禊は、その言葉を受け入れて、瞳から、涙が溢れる。
「…うう~…」
手で顔を抑えて、静かに泣く霊山禊に長峡仁衛は慌てる。
「…なんで泣いてるんですか」
長峡仁衛の言葉に、霊山禊は声を漏らした。
「だってぇ…そんな、そんな事言われるなんてぇ…」
泣き出す霊山禊。
ずっと罪の意識を抱いて、長峡仁衛の中に居たのだ。
長峡仁衛から許された挙句、産んでくれた事に感謝をされて、泣き出さない筈がない。
長峡仁衛は霊山禊を泣き止ましながら、話を進めていく。
「ふぅ…仁衛、貴方はまだ、死んでいません。まだ生きたいと望んでいるのならば…恐らく、お父様が傍に居ます…あの人と協力をしなさい」
霊山禊は、霊山蘭の事を口にする。
「爺さんの事か?」
確認する様に、長峡仁衛は言った。
それを頷く霊山禊。
「はい…あの人なら、私を止めてくれる。貴方を憎んでいても、私の名前を出しなさい。『己の中に、霊山禊の禍憑が宿っている』と言えば、見る目は変わるでしょう」
霊山蘭の使い方を教授されているみたいだ。
長峡仁衛はその魔法の言葉を覚えておく。
霊山禊は周囲を見回して、長峡仁衛に告げる。
「私も、貴方の中から、どうにかして…貴方の力になります。だから…仁衛」
必ず、生きて下さいと、霊山禊が言う。
長峡仁衛は頷いた、肉体が段々と軽くなっていくのが分かる。
現実世界へと、意識が戻っていくのだろう。
「あぁ、じゃあ、ちょっと行って来る…またな、母さん」
その言葉を残して、長峡仁衛は、己の内面世界から旅立った。
『人形師』が長峡仁衛の切断された四肢を捥ぎ、糸で再び繋ぎ直す。
長峡仁衛の手足が繋がれていき、長峡仁衛は神胤を放出して手足に流し込む。
「(『奇々傀儡人形師』で俺の手足の切断面を縫う、神経の向きが一致しないから手足は動かない)」
両手両足は、神経が繋がっていない為に動かす事は出来ない。
それは承知している、だが、長峡仁衛はこの状態から手足を癒着させるつもりだ。
「(けど、俺はもう何度も手を切断されて、その度に接続して来たんだ。これ程までに綺麗な断面だったら、神胤を通して神経を繋ぎ合わせるなんてワケない)」
何故ならば、長峡仁衛は既に経験している。
幾度の戦闘、模擬試合、長峡仁衛に対して相手は真剣を使った勝負にて、長峡仁衛は何度も手を切断された。
その時から、長峡仁衛は手を引っ付ける為の技術が向上している。
長峡仁衛の手足に存在する洞孔を流し込み、其処から神経部分を無理矢理繋げる処置を行うのだ。
それでも、長峡仁衛の手足が即座に繋がると言うわけではない。
「(神胤が完全に通るまで半日ほど、現状じゃ間に合わない…此処は逃げるが正解だろうが…)」
長峡仁衛は、ゆっくりと手を挙げる。
長峡仁衛の思考によって、手足が動き出した。
それは、長峡仁衛の手足が癒着したと言うわけではない。
長峡仁衛は、掌を強く握り締めて、『不従万神』を睨みつける。
「それじゃあ、俺の腹の虫が収まらないんだよッ」
そうして、長峡仁衛の手足から伸びる、透明に近い細い糸が、長峡仁衛の手足を動かした。
その糸は、長峡仁衛の上に浮く式神。『奇々傀儡人形師』の指先に繋がっていた。
「(思考で行動を伝達、伝達した情報を『人形師』に命令として送り、その命令の通りに動かす)」
長峡仁衛が動けるのは人形師のお蔭だ。
自分の思考を命令として直接人形師に送る事で、長峡仁衛の手足は長峡仁衛が念じる様に動かす事が出来る。
「(前を歩かせる、筋肉の動き、関節の角度、強弱の付け方、ただ歩くだけでも脳を焼き切る工程、コンマ02以内誤差を以て行動させるッ)」
頭で考えながら体を動かす。
意識している分、普通に動かすとは全然違う。
それでも長峡仁衛は己の思考によって手足を動かした。
「(地面、蹴る、拳、握り、腕、揺れ、構え、穿つッ!)」
思考の通り、前に進む。
霊山禊は長峡仁衛を見ながら手を伸ばす。
大分長峡仁衛を舐めている様子だった。
拳を構えた状態で、長峡仁衛は『不従万神』の懐に入ると共に、拳で腹部を殴りつける。
その一撃は、とにかく重い、不敵な笑みを浮かべている霊山禊も、若干の苦痛の表情に変わる。
「(思考速度を加速させろッ、血液による酸素を脳に届かす、そのスピードじゃ情報処理しきれない、神胤を使え、血液以上の速度で回し続けて思考を加速させ続けろッ!)」
この状況で長峡仁衛は慣らす為に、思考し続ける。
そして、何とか慣れて来た状態で、長峡仁衛は拳を構えたまま叫ぶ。
「行くぞォおおお!!」
『不従万神』と戦闘を始めようとした最中。
「行くな馬鹿めがァ!!」
枯れた声が響き、長峡仁衛の行動を堰き止めた。
現実世界へと戻る最中。
長峡仁衛は、自身が忘れていた事を思い出す。
その光景は、長峡仁衛が霊山禊に抱き締められている部分。
その時は、煙が邪魔をして、長峡仁衛は、人影が誰であったのかは分からなかったが、今なら、分かる。
母親を殺したのは…銀鏡小綿じゃなかった。
霊山禊に抱き締められた時、薄桃色の髪をした少女の姿を視認した。
霊山柩。
彼女こそが、霊山禊を殺した人間であったのだ。
「…」
その記憶を最後に、長峡仁衛は、目覚める。
そして…長峡仁衛は、自身が引き摺られている事に気が付いた。
そっと、呟く様に、長峡仁衛は口から声を漏らした。
「そっか、ここは、無限廻廊か…」
長峡仁衛は、周囲の壁から感じる雰囲気からその様に察する。
基本的に、無限廻廊とは結界だ。神胤を消耗される事で作られる結界。
更に、霊山家は封印を担う術式の使い手であり、対象の封印を空間に置き換える事で、半永久的に結界の持続が可能となる。
無限廻廊は、霊山家の当主のみが許される権限であり、望めば如何様な空間へと作り替える事も可能だ。
微かに感じる神胤。
無限廻廊であると認識した長峡仁衛は顔を挙げる。
彼の襟を掴んで、必死になるように引き摺っている。
長峡仁衛の両手、両足は、無理矢理繋ぎ合わせたかの様に、掌が上に向いたり、足が曲がっていたりしていて、完全に神経は繋がっていない様子だ。
どうやら、『不従万神』が縫い合わせたらしい。
長峡仁衛の手足が動かないから、自由を奪ったとでも思っているのだろう。
「(だったら、もう、小綿が危険に脅かされる事は無いんだな、だったら…俺は精一杯戦える)」
長峡仁衛は神胤を放出する。
臨核は無事であり、長峡仁衛の臨核は驚異的な生産を発揮し、長峡仁衛の肉体に満ち溢れる。
神胤の放出に気が付いたのか、『不従万神』は長峡仁衛の方を見た。
「八峡さま、目覚めた、のですね」
嬉々とした表情を浮かべる『不従万神』。
その表情は、同じ母親ではあるが、歪な雰囲気に包まれていて、邪悪でしかない。
吐気を催す程に、その顔に、長峡仁衛は恐怖よりも怒りを抱きながら牙を剥く。
「あんたは、霊山禊じゃない、俺を産んだ母親なんかじゃない」
長峡仁衛は背中に開いた洞孔から神胤を放出すると共に、式神を形成していく。
「この心も体も、小綿に捧げる、お前なんざに、くれてやるもんは何一つ無いんだよ分かるか?つまりは…死んでもお前のものになるもんか」
その言葉と共に、長峡仁衛は式神を呼ぶ。
「『奇々傀儡人形師』ッ!!」
その言葉と共に、人形を操る人形師が出現した。
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