会話

銀鏡小綿と恋人になった。

長峡仁衛はそれだけで天にも昇る気持ちになった。

授業中も教師が生徒に教えている時も、長峡仁衛は上の空だった。


「(昼休み…小綿でも誘ってみようかな?)」


長峡仁衛はそう思った。

昼休みになるまで待ち詫びた。

4時限目の授業が終了して退屈な授業から解放された生徒たちは一斉に騒ぎ始める。

束の間の休息、たった1時間程度しかない時間でも彼らにとっては息抜きには十分すぎる時間だった。

教室にいる大半の生徒が教室から出ていく。

様々な理由で外へ出ているのだろう。

長峡仁衛はバッグから弁当を取り出した。

銀鏡小綿が作ってくれた弁当である。

長峡仁衛が学園に入学して彼女が初めて作ってくれたものだった。

それを持って長峡仁衛は隣のクラスへと向かった。

扉を開けたところで、長峡仁衛と銀鏡小綿は鉢合わせる。


「あ」


二人の手には弁当が握られていた。


「小綿、どこか行くのか?」


長峡仁衛は不安ながら銀鏡小綿に伺う。

銀鏡小綿も長峡仁衛が弁当を持っていたので聞いてみた。


「母は、じんさんをご飯に誘おうと、思ってました」


どうやら考えていることは二人とも同じであったらしい。

長峡仁衛は安堵をして笑った。

弁当箱をぶら下げながら銀鏡小綿に言う。


「じゃあ食べにいくか」


ただの教室では味気ないと思ったのか、長峡仁衛がそう言って銀鏡小綿を連れて歩き出した。

当然ながら長峡仁衛は当たり前のように銀鏡小綿の手を握っていた。


銀鏡小綿の長峡仁衛の手を、同じ力で握り返した。

長峡仁衛と銀鏡小綿はどこか落ち着いた場所へと移動した。

静かなところで食事をしようと思い中庭へと向かった。

この中庭はほとんどはカップルたちが使用していた。

独り身ならばこんなところで弁当を食べていても、嫉妬のあまり憤死してしまうかもしれないが、長峡仁衛にとっては関係ない。

ただ、イチャイチャしている恋人たちを見ながら積極的だなと思っていた。


「(俺と小綿は付き合って間もないし、あそこまで大胆には出来ないなぁ)」


そう思いながら弁当を開き食事を開始する。


「じんさん」


銀鏡小綿が長峡仁衛に向けておかずを掴んだ箸を長峡仁衛の口元に近づけた。

差し出した銀鏡小綿のおかずを長峡仁衛が一呼吸入れるまもなく口を開けて受け入れる。


「んぐっ」


もぐもぐと長峡仁衛はおかずを食べた。


「どうでしょうかじんさん、お肉の味付けを少し変えてみたのですが…」


「うん、うまい、俺好みだよ」


長峡仁衛はそういってご飯を掻き込んだところ。


「ん、ぐふっ」


あまりにもご飯が多かった為か長峡仁衛は喉を詰まらせる。

銀鏡小綿は即座に水槽を取り出してカップにお茶を入れて長峡仁衛に渡した。


「じんさん、慌てなくてもご飯は逃げませんよ」


お茶を飲んで長峡仁衛は一息ついた。


「いや…はあ、びっくりした。死ぬかと思った…ん、うん、けどさ、やっぱり俺はお前の作ってくれる料理が一番好きだな」



長峡仁衛が銀鏡小綿にそういった。

銀鏡小綿は嬉しそうに表情を和らげると長峡仁衛の口元に付着していた米粒を発見する。


「じんさん。口の横にお弁当が付いていますよ」


そう言って銀鏡小綿は長峡仁衛の口元についた米粒を取るとそれを自らの口に運んだ。

長峡仁衛は彼女にありがとうと言うと再びご飯を食べ始める。

そのやり取りは周囲の恋人たちの目に入っていたそして誰もが思うだろう。

あの二人は恋人というよりかは熟年夫婦みたいな貫禄だと。


食事を終えた長峡仁衛と銀鏡小綿はベンチの上に座ったままでくつろいでいた。

空は青く隅々まで広がっている少し肌寒い風が二人の髪の毛をなびかせた。

そこで長峡仁衛は銀鏡小綿の銀色の髪に目を向けた。


「小綿、あのさ。俺があげたヘアゴム、どうしたんだ?」


長峡仁衛はそう言って彼女のささやかな変化に気がついて、そう言った。

銀鏡小綿は長峡仁衛に言われてふと我に返る。

そしてバツが悪そうな表情を浮かべながら長峡仁衛に言う。


「申し訳ありません、じんさんが誕生日プレゼントで送ってくださったヘアゴムは切れてしまって…今では使っていないです」


そう言われて長峡仁衛は驚く。


「あれは10年使っても大丈夫だって聞いたけど、意外と持たなかったんだな、…そうか、じゃあ仕方がないな」


長峡仁衛は銀鏡小綿の言葉を信じる。

申し訳なさそうな表情をしている彼女を見た長峡仁衛はふと考える。


「なあ小綿、明日は確か休みだろ?」


本日は金曜日。

明日は土曜日であり、学生は二連休が確約されている。


「だったらさ、明日は二人でどこか買い物でも行かないか?」


長峡仁衛はさりげなく、銀鏡小綿を誘う。

銀鏡小綿は長峡仁衛のお誘いに、首を縦に振った。


「お出かけですか、それは了解しましたが…」


銀鏡小綿は、あまり自分に、金を使わないで欲しいと思っている。

その心は、金を掛けても、何時か、長峡仁衛の元から離れてしまうかも知れない、と言う懸念があった。


「大丈夫、そんなにさ、大して高いものは買わないよ、…お前が俺の買った品物を身につけてくれるのなら、それだけでオレは嬉しいんだ」


銀鏡小綿が自分のモノを付けてくれる姿を想像して、楽しそうにしていた。

その長峡仁衛を見て、銀鏡小綿も少し嬉しそうにしている。

どうやら自分のことを考えてくれている長峡仁衛に、嬉しく思っている様だった。


「だからさ、明日どこに行きたいか、放課後までに考えといてくれ」


長峡仁衛は銀鏡小綿に頼み込んだ。

長峡仁衛の言葉に銀鏡小綿は悩ましい表情をしていた。


「じんさんと、一緒に行ける場所を…」


その思いつめたかのような表情を見た長峡仁衛は笑った。


「別にそこまで真剣にならなくてもいいよ、なんだったら近くの公園でもいいからさ」


「いえ…そういうわけにはいきません、何故ならじんさん…これは二人で、歩み出した事です。そしてこれが…私と、じんさんの、初めてのデート…と、言う事に、なるでしょう、し」


気恥ずかしそうに、彼女は続ける。


「そうであれば…母も良き思い出にしたいと思います」


銀鏡小綿の言葉に長峡仁衛は頷いた。

彼女も色々と心境の変化があった、その変化はとても良い事である。


「じゃあ…、やっぱり二人で考えようか。俺たち二人の大切な思い出だからな」


長峡仁衛はそう言って銀鏡小綿の手を強く握り締めた。

指と指の間に重ねるように絡ませる。

昼休みが終わるまで、二人は一緒だった。


銀鏡小綿は考える。


「(じんさんの好きな俳優さんが出ている映画が上映中でしたね、…確か名前は、アフロ十蔵さんでしたっけ、…しかしカップルが映画館に行くと別れやすいというジンクスを聞いたことがあります)」


ペンを持ちながら、下唇に近づけて、軽く押し込む。


「(でしたら遊園地にでも行きましょうか、じんさんはアトラクション系が大好きですから、きっと喜んでくださると思います)」


銀鏡小綿はとにかく長峡仁衛の事を思いながらデートプランを考えていた。


長峡仁衛も同じように授業中ずっと銀鏡小綿のことを考えている。


「(何がいいかなぁ…小綿は家具とか家電とか見るの好きだったし、そこを中心に回ってみようか)」


ノートに教師の言った言葉を書くフリをして、長峡仁衛は夢想する。


「(そういえばこの町って水族館とかあったな、シロイルカとか見に行ってみようか)」


長峡仁衛も銀鏡小綿との初デートを楽しみにしながら考える。

この悩む時間も彼女のためを思うのならば決して悪くはなかった。


放課後になった。

帰る準備をすると、長峡仁衛は教室を飛び出す。


銀鏡小綿も、帰りの支度をしていて、長峡仁衛は教室の外で彼女を待つ。

教室から出て来る銀鏡小綿。長峡仁衛の方を見て近づく。


「おまたせしました、じんさん」


「あぁ、小綿」


軽く挨拶を交わすと、長峡仁衛と銀鏡小綿は二人、手を繋ぐ。

そして歩きながら会話を進めた。


「明日は、遊園地など、如何でしょうか」


「あー、遊園地、そっか、それもあったか」


長峡仁衛は、彼女のデートプランに頷く。


「いいな、俺も、家電とか見に行くかとか、思ってたけど」


「家電ですか?…それも、捨てがたい事です」


長峡仁衛と、銀鏡小綿は、下駄箱で靴を履き替える。

外へと繰り出すと、赤い夕焼けが、二人の視線に彩の艶を帯び出す。

赤色に交わる彼女の姿を、明るい色に包まれる彼の姿を、長峡仁衛と銀鏡小綿は、互いに視線を合わせながら、再び手を繋ぐ。


「じゃあ、午前中は家電にでも見に行こうか」


「それは…もしも、じんさん、素敵な家電があったら、今後の行動に影響が出ませんか?」


銀鏡小綿は、何か、良いモノがあったら購入しようと考えているらしい。

長峡仁衛は困り眉で笑う。


「別に、宅配とかそういうのあるだろ?心配する事は無いよ」


その様に雑談を交わしながら、二人は帰路について移動していると。

その幸せを邪魔するかの様に、長峡仁衛の前に、複数の影が見えた。

黒色の狩衣を着込んだ祓ヰ師が、長峡仁衛の邪魔をしている。


そして、その中心には、場違いな白色の巫女服を着込んだ女性が立っていた。


「見つけ、見つけた、『八峡ながお』さん」


呟いて、長峡仁衛を呼んだ。

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