反省
「…ん、あれ?」
何時もの様に長峡仁衛は体を起こす。
ベッドで眠る生活も今では慣れて、深い眠りについていた長峡仁衛は欠伸をしながら体を起こす。
「ふぁ…あぁ、良く寝たなぁ」
長峡仁衛は壁に付けられた時計を確認した。
時刻は7時30分を過ぎている。それをぼんやりと確認した長峡仁衛は、ゆっくりと眼を擦って、蒸れた後ろ髪を掻きながら、水を吸い上げる紙の様に事態を飲み込んでいき…。
「…え?30分?!」
そして、長峡仁衛はその事実を受け止めて覚醒した。
ベッドから跳ね上がると共に、寝間着を脱いでシャツを着込んでいく。
彼が、何故此処まで早急としているのかと言えば。
つい、先週を以て、長峡仁衛は高校生となった為だ。
と言っても、祓ヰ師の家系が必ず通わなければならない義務がある教育機関、『
黄金ヶ丘家が管理する土地、奈波市に設立された一般人が通う教育機関である『司波学園』に長峡仁衛は入学したのだ。
長峡仁衛は表向きは一般人として咒界連盟から外された為、再び彼の祓ヰ師としての登録するまで時間が掛かるらしい。
と、咒界連盟からの説明があったが、黄金ヶ丘クインは、まだ霊山家が嫌がらせの為に祓ヰ師として長峡仁衛が登録されていないのでは無いのかと疑っていた。
そう言った理由を以て、長峡仁衛は未だに一般人としての活動をしている。
咒界連盟に登録されていない術師は全て外化師扱いとなるが、今回は登録待ちであり、黄金ヶ丘家の推薦を以て長峡仁衛は外化師の扱いはされていない。
それでも、街中で術式を使えば、被害を考慮して即懲罰委員会の厳罰選定に掛けられるが、それは黄金ヶ丘クインの口添えでどうにでもなる話だった。
なので、長峡仁衛は術式を隠した一般人として、ごく一般的な生活を謳歌していたのだが、入学して一週間目、これで寝過ごしてしまえば、通算三回目の寝坊となってしまう。
「(あぁ畜生ッ!クインの仕事を手伝ってたから、寝るのが遅くなっちまったッ!)」
長峡仁衛は現在、黄金ヶ丘クインの屋敷で、土地の管理を行う仕事を行っている。
この世界には、畏霊が生まれる現象である『
先日は、畏霊の討伐の為に深夜三時まで掛かった。
その為、長峡仁衛は疲れを癒す為に眠っていたのだが。
「(分かってはいるけど…キツいなぁ)」
本来ならば、銀鏡小綿が長峡仁衛を起こす為に声を掛けるのだが。
この一週間、長峡仁衛は、銀鏡小綿のモーニングコールは行われていなかった。
長峡仁衛は階段を降りる。
エントランスホールを経由して食堂へと向かおうとすると。
「あ…小綿、おはよう」
銀髪を靡かせる、銀鏡小綿の姿が其処にあった。
長峡仁衛の姿を確認すると、銀鏡小綿はびっくりした猫の様に体を震わせる。
「っ」
長峡仁衛の姿を見て驚いている彼女。
彼の姿を認識すると共に、恥ずかしそうに彼の名前を呼んだ。
「じ、じんさん」
この時点で、銀鏡小綿は何時もの彼女よりも違っている。
何時も、冷静さを装う彼女の鉄仮面は剥がれていた。
視線を泳がせながら、銀鏡小綿はそっぽを向く。
「…っ、はい、おはようございます」
そう言って、長峡仁衛から離れようと、玄関へと向かう。
彼女の格好は、長峡仁衛と同じ学校の制服だった。
黄金ヶ丘クインが、長峡仁衛の護衛として、彼女の同行を許可したのだ。
この時間帯は、既に登校時間となっている。
だから、彼女からすれば、普通の登校を行うに過ぎない。
「(顔を赤らめて、少しだけ会話をするとすぐに離れていく…これは、つまり)」
冷静に分析する長峡仁衛、原因は分かり切っている。
「(…やっぱり、あの時の『告白』が効いているのかも知れない)」
あの日の事。
長峡仁衛の告白が、彼女の様子をおかしくているのだろう。
「(いや、まあ、普通に考えたら、気持ち悪いか…『母親』を異性として愛していると言っている様なものだったしなぁ…)」
実母に対して興奮気味に異性として見ていると言うシーンを連想する。
それは中々に、業が深いものだった。
「(母親として俺の事を愛していたけど、異性としては愛していないとか、そう言うのだったのかなぁ…)」
長峡仁衛は、玄関から出て行こうとする銀鏡小綿を眺めていた。
「あの、じんさん…」
「ん?」
銀鏡小綿が、扉に手を掛けて、長峡仁衛の方を顔を向けて、言う。
「あの…行ってきます」
彼女は。
頬を赤くしながら、長峡仁衛に学校に行って来ると挨拶をした。
「あ…あぁ」
彼女の言葉に、長峡仁衛は呆然と、彼女の姿を見ていた。
どうにも不思議な事である。気持ち悪い様に思われているのならば、会話などしない筈だろう。
それとも、母親としての役目を遵守して、嫌悪感が溢れる中でも、きちんと対応はしようと考えているのか。
「…難しいな」
長峡仁衛は頭を悩ませる。
けれど、彼女を想いながら頭を悩ますのも、悪くは無いと思いながら、長峡仁衛は時計を確認した。
「…ボケてる場合じゃない、学校、遅れるッ!」
長峡仁衛は即座に食堂へと向かい、朝食を食べる準備を始めた。
基本的に送り迎えは辰喰ロロがしてくれる。
その辰喰ロロは、黄金ヶ丘クインを先に学校に送っていたので、現在は居ない。
長峡仁衛は朝食を食べると共に、合掌をして、そして食堂から飛び出す。
「よし…走るか」
長峡仁衛は、そう言葉にして口にすると、地面を蹴る。
食事の後に運動は胃の消化に悪いと聞くが、長峡仁衛は、胃の消化よりも今週三回目の遅刻を阻止する為に走り出す。
「ふぅ…」
長峡仁衛は走り出して、そして即座に止まった。
空を仰ぎ見る、昨日とは違い、本日の空は快晴だった。
まだ四月ごろ。しかし、その太陽の熱光線は、真夏にも匹敵する程に熱い。
長峡仁衛は学ランのボタンを外して、歩き出す。
黄金ヶ丘クインから渡された携帯端末を手にしながら、情報を確認する。
まだ、走れば間に合うかも知れない時間帯。
けど、長峡仁衛は走る事を諦めた。
「(まあ、遅刻しても良いか…なんだか疲れたし)」
長峡仁衛は欠伸をする。
先程までの遅刻は絶対に許されない情念は消え失せていた。
長峡仁衛は、全てを諦めて歩く事にする。
学校に到着するまで、長峡仁衛は駅前に寄る。
そして、長峡仁衛は電車に乗った。
学校とは違う方向へと電車が走り出す。
長峡仁衛は空を眺めながら、電車の中から伝わる風を感じながら、目的も無く放浪して、そして長峡仁衛が到着したのは、海辺だった。
ざざん、と波が聞こえながら、長峡仁衛は砂辺に座って海を眺める。
「(…俺は何してんだろ)」
長峡仁衛はそう思いながら海を見詰めている。
長峡仁衛は、ある種の、とある現象を受けていた。
度重なる仕事の数々、多忙の身であり、時間に束縛された毎日。
ふと、それらを全て投げ出して、逃げたくなってしまう様な状況。
長峡仁衛は、今、その現象に陥り、そして実現させていた。
「(海、キレイだなぁ…小綿と来たかったな)」
海。
昔に一度来た事がある。
その時は、大切な家族とも呼べる友人たちと一緒だった。
今では、長峡仁衛は一人だ。
こうして、誰も居ない長峡仁衛は、一人になると、これほどまでに、弱々しい人間に変わり果てる。
自分には、何もないのだから、当然と言えば当然だと、長峡仁衛は思っていた。
「(…あー…少し寝るか、起きたら学校に行こう)」
サボり癖が付いた長峡仁衛は、砂辺に学ランを敷いて、後頭部に腕を組みながら長峡仁衛は昼寝をする事にした。
そして、次に目を覚ました時、既に昼頃だった。
長峡仁衛は面倒臭く思いながらも、学校に行く事にするのだった。
職員室から出て来た長峡仁衛。
昼頃にやって来たので、軽くお叱りを受けていた。
長峡仁衛はお叱りに愕然としていて、ついでに三枚分の反省文を持たされる。
これを長峡仁衛は放課後までにやって置かなければならない。
「(反省文かぁ…)」
長峡仁衛はそう考えながら教室へと向かう。
その時に、長峡仁衛は自分の教室の前、銀鏡小綿が在籍するクラスの教室を一瞥する。
銀鏡小綿の周囲には、女子生徒のクラスメイトが居た。
彼女はどうやら、長峡仁衛とは違って、クラスに馴染んでいる様子が伺える。
「(小綿は普通に学園生活を満喫してるのに…俺は反省文か…はは)」
長峡仁衛は、自分の情けなさを恥じながら教室へと戻る。
反省文を書くのは久しぶりだ。主に霊山家の懲罰の中にも、反省文を書く事は多い。
長峡仁衛は、取り合えずは休憩の合間に反省文を書き綴っていく。
「…」
長峡仁衛は休憩時間の間、ふと隣を確認した。
其処には、空席が一つあった。
一週間前までは、其処には女性が座っていたのだが。
今では、その女生徒は居ない。
どうやら、登校拒否でもしているらしい。
長峡仁衛は、隣の女子生徒の事を考えた。
印象としては、とにかく、美人である事は確かだった。
けれど、それだけだ。実際に話した事など無いし、彼女は何処か、長峡仁衛とは違う、ある種、別の人間であるかの様に思えた。
風の噂では、悪い人間とつるんでいる、そういった遊びを毎日しているなどと言う、根拠の無い噂が流れていたが、それが本当であるのか嘘であるのかは分からないし、長峡仁衛にとっては、そんな事はどうでもいい話の部類だった。
反省文を書きながら、長峡仁衛は思う。
「(それよりも…早く、反省文を埋めないと)」
長峡仁衛は、とにかく、反省文を埋める事で精一杯だった。
放課後になるまでに完成させた長峡仁衛は、それを教員に持っていく。
後日、その反省文を確認した教員は長峡仁衛を呼び出した。
「お前、流石にこの内容、自分を卑下し過ぎだろ」
霊山家はまず人格否定の内容を書く様に強要されている。
長峡仁衛は、自分の全てを否定する様な内容を書いていた為に、教員が精神状態を心配しながら、長峡仁衛に反省文の内容を聞いて来た。
「いっちゃ悪いけどな?お前、反省文なんてそれらしい言葉を並べて、平たく言えばごめんなさいで済む様なモンだ。お前、コレ、自分を大事にしろよって思ってしまうからな、内容」
「はぁ…いや、すいません」
教員が長峡仁衛の肩を叩く。
もう少し、楽に生きろと言ってくれた。
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