父親

手を合わせて、食事を終わらせる。

そして長峡仁衛は腹ごしらえが終わった所で椅子を引いて体を立たせる。


「腹が決まったよ、俺は霊山家と縁を切る」


決まったのならば、後は早い方が良い。

長峡仁衛の行動に銀鏡小綿も同調する。


「では、それで行きましょう、じんさん」


「…小綿、お前も来るのか?」


長峡仁衛は、銀鏡小綿が立ち上がり、長峡仁衛と共にしようとする。


「じんさんが決めた選択は、母が決めたものです。付き合うのは当たり前ですから」


「そっか…ありがとうな」


長峡仁衛は銀鏡小綿に感謝をして食堂から立ち去り、霊山家へ向かおうとする二人。


「あ…」


そんな二人を黙ってみていた黄金ヶ丘クインは声を漏らす。


「待って…まっ」


二人の歩みを止める為に、彼女は立ち上がり、テーブルに乗った皿がフォークとナイフに擦れて音を鳴らす。


「…待って、下さい。お二人、その後は、どうするつもりですか?」


長峡仁衛は足を止めて黄金ヶ丘クインに顔を向ける。


「ん?あぁ…流石に迷惑は掛けられない。俺と小綿で、何処か、遠い所に行くよ」


銀鏡小綿が居れば、長峡仁衛は何も要らない。


「…迷惑とは、なんですか?」


長峡仁衛の言葉に、黄金ヶ丘クインは眉を顰める。


「私は、曲がりなりにも、貴方の婚約者なのです。貴方が霊山家であろうとも、そうでなくても…私は貴方と共にする覚悟があります。迷惑など、掛けるべき相手は、私でしょうが」


黄金ヶ丘クインは、胸に手を添えて主張する。

長峡仁衛と離れる事は、彼女にとって許容できない事だ。

彼と共にする未来を待ち続けて、十年も時を待ったのだ。

その機会を、二度と手放す気など無い。


「いや別に…解消しても良いんだ」


心の無い言葉だ。

彼女の意図を汲んでくれない。

その無遠慮さが、黄金ヶ丘クインの声を荒立たせる。


「それが嫌だからッ!私はッ、こう申しているのですッ!迷惑を掛けても良いから、此処に居なさい、私が、貴方よりも、其処に居る銀鏡さんよりもッ!貴方を守る、貴方を守って見せる、そう、申しているじゃないですか」


銀鏡小綿よりも。

長峡仁衛を守りたいと言う。

その言葉に、銀鏡小綿は目を細める。

長峡仁衛は、彼女が声を荒げるので少し驚いた。


「それとも、私は蚊帳の外ですか?貴方を買った私の意志は介入してはならないと?」


元々、長峡仁衛は黄金ヶ丘クインを買った。

それは、如何に霊山家であろうとも、買い戻せない代物だ。


「それ以上ガタガタ抜かすのであれば、私は、貴方の手足を折って介護しますよ、それでも宜しくて?!」


黄金ヶ丘クインが机を叩く。

後ろに居た辰喰ロロがふざける様に飛んだ。

場を和ますためなのかは分からない。


「分かった、分かったから落ち着け…はぁ…」


長峡仁衛は黄金ヶ丘クインにそう言う。


「えっと…じゃあ、いいのか?此処に居ても」


改めて。長峡仁衛は黄金ヶ丘クインに聞いた。


「そう申しているではありませんか…私の目の届く場所で守らせて下さい、と」


黄金ヶ丘クインは、長峡仁衛を見ている。

その目に嘘の色は無い。長峡仁衛は納得する。


「…クイン。ありがとうな」


そう。

感謝の言葉を口にした。


「…感謝など要りません。当たり前でしょう?」


感謝など当たり前だと言いたげに彼女はそう返した。


長峡仁衛と、銀鏡小綿。

そして、辰喰ロロが、長峡仁衛の護衛として共にする。


「ロロ。私は別の問題もあります…本当は付いて行きたかったのですが、この街を守る管理人として、此処で待機をします…兄様を頼みましたよ」


「了解です、お嬢様…まあ、お前ら。私は強いからな。安心しろよ」


と。

辰喰ロロはそう二人に言った。

それは誇張でも比喩でも無く、その言葉通りである。


三人は電車に乗り数時間。

到着した場所は、何時かぶりに見る霊山家。

長峡仁衛は、結界内に入り、この前見た時よりも多少綺麗になった敷地内を見回す。

そして、白純大社に貼られた当主候補が記載された呪符加工前の紙の前に立つ。


指を噛み血を流し、自らの名前を消す。

これで、長峡仁衛は本当に、霊山家との関りが消える事になる。


「…これで良し。じゃあ、これで俺は、霊山家とは、さよならだ」


長峡仁衛は霊山家である白純大社を見る。

霊山蘭の言葉が本当であれば、これで長峡仁衛は霊山家との関係が無くなる。


「待て、貴様」


しかし。

霊山蘭は、長峡仁衛の元へとやって来た。

つい前までは、危篤だとか、今夜が峠だとも言われていたのに、杖を使いながら歩いている。

やはり狸寝入りだったかと、長峡仁衛は思った。


霊山蘭が怒りを見せる、どうやら一部始終を見ていたのだろう。

考えを正す為に即座に登場したのだろう、だが長峡仁衛は特に驚いた様子はなかった。


「…爺さん」


長峡仁衛はそう老人を見て言う。

干乾びた老体が、長峡仁衛の元へと寄る。


「本当に消したのか、貴様は、儂がお膳立てをしてやったのに。名を消すと言う事は、どういう事か、理解しているだろうがッ」


叫ぶ。

長峡仁衛は頷く。

自分がしている事を理解している。


「あぁ…うん。理解してるよ。けど、ワケの分からないままに、俺が選択をしたら、俺はどっちの選択でも後悔したよ」


長峡仁衛は、霊山蘭に言う。

これが、納得出来る事であるのかは分からないけど。

それでも、きちんと伝えるべきだと思った。


「だから、この選択は俺じゃない。小綿が、選んでくれたんだ」


銀鏡小綿の方に顔を向ける。

霊山蘭と目が合うと、銀鏡小綿は一礼した。


「なん、だと?…小娘ェ、貴様。何を考えている」


銀鏡小綿に怒りを覚える霊山蘭。


「私は…じんさんと、一緒の道を考えました。これが、最良では無いかと」


銀鏡小綿はそう言った。

その言葉に憤りを見せる霊山蘭。


「違う、貴様ならば、長峡仁衛が幸せになる道を選ぶ筈だ、それが、母親としてのッ…長峡仁衛の霊山禊ははおやとしての選択である筈だッ」


胸を抑えて、息を荒げながら。

霊山蘭が理想する、銀鏡小綿とは解釈が違うと騒ぐ。


「で、でなければ…貴様は、何を目指すつもりだッ!何の為にッ!!」


拳を握り締めて、力説する。

何を目指すのかと、霊山蘭の言葉に、銀鏡小綿は、長峡仁衛の方に顔を向けた。


「じんさん、長と、二人だけで。話をさせて下さい」


銀鏡小綿は、此処で、霊山蘭と何かしらの決着でも付けようとしていた。

長峡仁衛を見詰める瞳。長峡仁衛は首を左右に振った。


「…いや。駄目だ。小綿」


彼女の願いを否定する。

銀鏡小綿は、長峡仁衛に言葉を付け足す。


「…この話は、私の根底に関わります。じんさんとの関係も崩れる事でしょう」


それを知ってしまえば。

長峡仁衛は銀鏡小綿を許さなくなると、彼女は思った。

けれど長峡仁衛は首を小さく振った。


「どんな道でも、俺と共に歩んでくれる道を選んでくれた。…どんな内容でも、絶対に壊れない」


そう断言する。

そう言われた以上は、彼女は、それ以上長峡仁衛に言う事は無かった。


「…承知しました。じんさん」


そうして、長峡仁衛が共にした状態で、会話を進める事になる。


霊山蘭は、恐らく、此処で自らの腹を割って話す。


「儂は…貴様を、娘の様に思っていた…貴様が、儂の娘、霊山禊であろうとしたからだ」


銀鏡小綿を娘として思っていた。

霊山蘭の娘は、霊山禊と言う女性であった。

祓巫女と呼ばれる、神聖で純真な巫女であると聞く。


「はい。そうである様に、私は努力をしましたから」


銀鏡小綿は淡々と言う。


「長峡仁衛を恨む事は、儂は後悔はしておらん…奴と、その父親…八峡義弥が居なければ、娘は、幸せになれたのだ」


八峡やかい義弥よしや

それが、長峡仁衛の父親の名前。

其処で、長峡仁衛は初めて自分の父親の名前を知った。


「だから憎む道を選んだのでしょう。それは、筋が違います。恨むべきは私です。私が、貴方の娘を…から」


代わる代わる、長峡仁衛の前で幾度の颱風級の発言を行う。

長峡仁衛は、背筋から負の感情が溢れ出るが、気概でそれを抑え込んだ。


「…そう、か。小綿。お前が、俺の母さんを」


長峡仁衛は納得する。

幼少期の頃から、銀鏡小綿が長峡仁衛の母親として接して来た理由を、なんとなく理解した。


「…これを話した以上は、私は、じんさんの敵で無ければなりません。ですが…それでも私は、まだ、じんさんの母親でありたいと願います。じんさん、私を恨みますか?」


長峡仁衛の記憶。

それは無限廻廊で見たあの夢を思い浮かべる。

あの日、霊山禊が死んだ時から、長峡仁衛は呪われたのだ。

その呪いが、声となって、長峡仁衛の耳元で囁く。


『殺した』『殺したの』『その女が、私を』『本当の家族を』『血の繋がりを持つ一族を』『私と貴方の関係を邪魔した』『仇を取らないと』『殺して』『殺して?』『ころして』『コロシテ』『コロシテ』『コロシテ』


呪いが長峡仁衛に巡る。

鼓膜が剥げそうな程に、鳴り響く声に、長峡仁衛は息を吐くと共に、神胤を放出する。

膨大な神胤を無意味に浪費する。

臨核は、呪いを分解し、神胤に変える性質を持つ。

呪いの強制力により、脳がその事実を忘れさせ、呪いの声に従う事が多いが…長峡仁衛は冷静に対処した。


「殺した…それでも、俺の家族だ」


銀鏡小綿の言葉に、長峡仁衛は彼女の手を握った。

強く握って、優しく触れて、その熱、体温を確かめて、長峡仁衛は首を振る。


「…本当の家族を、お前が本当に殺した…けど、ずっと一緒に居てくれたのは、お前だ。お前なんだよ…」


長峡仁衛には、母親との記憶は無い。

もう、長峡仁衛にとっては、銀鏡小綿が母親なのだ。

長峡仁衛は、今は亡き魂よりも、今を生きる彼女を選択する。

その選択に銀鏡小綿は少しだけ、笑みを浮かべた。それは喜びではない、自身を嘲笑するかの様な微笑みだった。


「私は、母親である事を徹底しました。霊山禊として、じんさんの母親として…それが、私が殺した人間に対する罪の償いですから」


罪。

その言葉に反応する霊山蘭。

銀鏡小綿の方を見て言う。


「罪など…ありはしない…儂の娘は…多くの畏霊を封緘し、その身に宿した。肉体は不変でも、精神は時間と共に変貌する。酔狂にも、八峡義弥…貴様の父親と結ばれた。だが、貴様の父親は蒸発し、それが切っ掛けで精神が歪んだ…」


それは。

霊山禊の転落する様を伝えているかの様だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る