選択
「在り得ない、それは絶対に、違うよ、小綿」
長峡仁衛は首を左右に振る。
それは、自分の幸せでは無いと言いたげに。
「俺の幸せは、此処だよ。お前が居てくれれば、それで、俺の幸せは保たれる」
大切な家族、銀鏡小綿が傍に居れば、後は何も要らない。
今回の霊山家へと向かった事で、長峡仁衛はそう確信した。
人によっては嬉しい言葉だが…銀鏡小綿は違う。
「いいえ…それは、ありえません」
長峡仁衛の言葉を否定する。
それが何故なのか、銀鏡小綿に聞く。
「どうしてだよ、なんでそんな事が言える?」
其処でようやく、銀鏡小綿は、別の言葉を用意した。
「霊山家との縁を切ると言う事は、じんさんは、霊山家としての可能性が潰えてしまう。…じんさんが一方的に霊山家と縁を切るのであれば、それが可能であったとして、まだ猶予の様なものがあると思いました」
そう語り出す銀鏡小綿。
「猶予とは、またじんさんが、霊山家に戻れる可能性がある、と言う事です…ですが、相手側、それも、霊山家の長からその申し出をされた以上は…じんさんが断った場合にも、相手側にメリットがあるからです」
彼女の言葉に、長峡仁衛は眉を顰めた。
それではまるで、罠に誘い込まれた魚であるかのような…。
「どういう、事だよ?」
分からず、長峡仁衛は銀鏡小綿に聞く。
「つまりは、霊山家で無くなれば、霊山家に対して、完全に敵となる、と言う事です」
銀鏡小綿は、そう長峡仁衛に言っておく。
完全に敵になる、とはどういう事なのか、長峡仁衛は、薄々感付いていた。
銀鏡小綿は話し出す。
「じんさんは現在では、霊山家より勘当状態にあります。此方は生殺与奪の権を相手側が所持し、同時に復縁を望む事が出来る状態である為に、じんさんは生かされている状態です」
長峡仁衛を見ながら言う。
「この勘当と言う前提は、じんさんが術式を開花しなかった為に、権利的には無関係と称しても構わない立ち位置でした」
長峡仁衛が術式を所持していない。
だから霊山家から勘当された。
そうなれば、本来ならば長峡仁衛は黄金ヶ丘家に引き取られたままだ。
「しかし、じんさんが術式を会得した事で話は代わり、じんさんに祓ヰ師としての存在価値が浮上しました。これにより、霊山家はじんさんの勘当を解き復縁を迫ります」
長峡仁衛が術式を所持した。
更に、それは希少な系統の封緘術式。
今後、同じ術式が現れるかは分からない。
だから、長峡仁衛を欲した。
「しかし、じんさんは、それ自体を拒みました、これにより長峡仁衛は霊山家には戻らない、と言う事になりますが、じんさんの意志次第で戻る事が容易です」
長峡仁衛に戻る意志が無い。
それでも、霊山家は長峡仁衛を欲している。
この状態では長峡仁衛を殺す算段は生まれない。
いや、出来るかも知れないが。
それでも、十全な術式を得る事は不可能。
「霊山家はじんさんを利用出来る存在と認識しているので、時間的猶予を与え、復縁を迫る算段でした」
これは、銀鏡小綿の想定でしかない。
長峡仁衛は、霊山家に呼ばれた所で殺される算段をされていた。
それを、長峡仁衛は言わなかった。
「けれど、じんさんの話を聞く限り、相手側からの霊山家の縁切り、それが成立した場合、じんさんは『霊山家の術式を所持した霊山家とは関係の無い祓ヰ師』となります」
霊山蘭の話。
其処には、次期当主を断れば、長峡仁衛との関係を断つ。
確かに、霊山蘭はそう申していた。
「こうなると、じんさん側に不都合が起こってしまいます、黄金ヶ丘さん、もしも、貴方とは何ら関りの無い人間が黄金ヶ丘家の術式を所持していたとして、その場合は如何しますか?」
銀鏡小綿は、黄金ヶ丘クインに話を振る。
「…黄金ヶ丘家、この場合の関りの無い、と言う事は、戸籍上や血縁関係上、それらの関係が一切ないと言う事ですね?…秘伝の術式、それを所持しているとなれば、不審がります。何処かで盗んだのでは無いのか。情報漏洩でもあったのか…」
何ら関係の無い祓ヰ師が伝統の術式を所持していれば、可笑しいと思うだろう。
そして、疑い、最悪、不安要素は抓む筈だ。
「はい。普通ならそうなります、霊山家相伝の術式を所持しているじんさんは、霊山家にとっては盗人として映るのです」
長峡仁衛を見る。
「そして、霊山家と関係性が無ければ…処分するのも容易いでしょう。霊山家の長は、じんさんが断る事で、長峡仁衛と言う霊山家の術式を所持する狼藉者を処分する名目と理由が出来るのです」
それが、銀鏡小綿の考えだった。
「そんな…いや、可笑しいだろ、だって、そんなの」
完全に否定は出来ない。
霊山蘭ならば、其処まで考えていてもおかしくなかった。
「…これが母の考え得る最悪の想定です。少なくとも、母の考えている以上の事を、相手は企んでいるでしょう」
銀鏡小綿は、長峡仁衛を見て、そう言った。
長峡仁衛は俯きながら、今後の身の振り方を考える。
段々と思考が鈍って来て、自分で選ぶ事は恐らく出来ない。
選んでしまえば、長峡仁衛は絶対に後悔するだろう。
揺らいでいるのだ、彼の中で、悪魔が囁く様に…だから長峡仁衛は弱さを見せる。
その弱さを、銀鏡小綿に向けた。
「小綿はどう思う?」
長峡仁衛の言葉に、銀鏡小綿は長峡仁衛を見詰める。
「…母に振るのですか?」
長峡仁衛は心身ともに疲弊した様に、疲れを見せる笑みを浮かべる。
「正直さ、結構俺、感情グチャグチャなんだよ」
想像以上に、長峡仁衛には負担が掛かっている。
それは、ただの心身の摩耗ではない。
長峡仁衛の背に、想定以上の負荷が掛かっている。
だから、長峡仁衛は、自分では選ばない道を選んだ。
「俺はさ、結果的に言えば、家族が居ればそれでいい。というか、家族が居ないと何も出来ないんだよ…その選択が、大事な人と乖離するかも知れない、だとすると、俺には、選べない」
自分の考えが、後に自分の為になるとは限らない。
長峡仁衛は、客観的に見て、そう判断している。
「なんというか…多分、俺がこれを選択したら。どの道を選んでも、俺は後悔すると思うよ…だったら、俺の感情は抜きにして、俺の視点から遠く離れた客観的な立ち位置で、其処に居る、小綿に聞くんだ」
銀鏡小綿の方を見て長峡仁衛は聞く。
「俺はどの道を選んだら良い?俺は、ずっと俺の傍に居てくれた小綿の言葉に従うよ」
銀鏡小綿には重大な台詞だ。
彼女が間違えれば、長峡仁衛を苦しめてしまう。
「…じんさん、それは、母が決める事ではありません、じんさんの選ぶ道です。じんさんが、選ぶべきです」
長峡仁衛に、そう言った。
「それが、俺が道を外していたとしてもか?俺はさ…小綿が好きだよ。大切な家族が、俺は大好きだ。だから、小綿が選んでくれた道なら、俺は後悔しない」
そう言って、長峡仁衛は考える。
モノの例えを、銀鏡小綿に言う。
「ホラ、それに言うだろ?…人生ってのは、親が作ったレールで動いてるって」
聞いた事が無い台詞だった。
「…それは何処の人の台詞ですか?」
眉を顰めて銀鏡小綿は聞く。
「いや…なんか、色々と、かな?」
雑誌や映画や漫画や、様々な言葉の派生をツギハギにした様な言葉だった。
「…じんさん」
銀鏡小綿は、考える。
長峡仁衛がそれを望むのならば。
銀鏡小綿は、長峡仁衛の為に答えを用意する。
「母は、じんさんの幸せを想うのであれば、霊山家に戻れと言います」
息を吸う。
また、続きを口にする。
「…ですが、母個人として言えば、嫌です。母としての感情を入れれば、それが答えです。霊山家は聊か血なまぐさい。そんな環境下に、じんさんを向かわせたくはありません」
その選択が、長峡仁衛を死に至らしめないか。
そう考えて、首を左右に振る。
長峡仁衛が選べと言った。
ならば銀鏡小綿はそれを選ばなければならない。
そして、その選んだ道で、長峡仁衛が死なない道を作る。
それが、彼女の母親としての役目なのだ。
「じんさん。霊山家には行かないで下さい」
銀鏡小綿は断言する。
その堂々とした視線。
長峡仁衛は、嬉しそうに笑った。
「…じゃあ、そうするか」
銀鏡小綿の選択を、二つ返事で了承する。
「ありがとな、小綿。その選択に、俺は絶対に後悔しない」
銀鏡小綿に感謝の言葉を口にすると同時。
長峡仁衛は自己嫌悪に苛まれる。
「肝心な所で…日和ってゴメンな、こういう時に…情けないな、俺は」
自分の弱さを卑下する。
そんな長峡仁衛に銀鏡小綿は首を振る。
「選んだ以上は、一蓮托生です、じんさん。母は、そんなじんさんを守るのが役目ですから」
そう、銀鏡小綿は長峡仁衛の手を握って言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます