恩義


「結局、家の為かよ…あんた分かってんだろ?俺を蹴落として、今更、そんな話に乗ると思ってんのかよ?」


声が、怒りを纏う。

勝手な家系に対して、怒りが浮かんできた。


「乗る、乗らない、ではない。宿命だ。貴様が無限廻廊に堕ちて死ななかった、とすれば、到底我らでは太刀打ち出来ぬ力を得て舞い戻って来た筈。それは、霊山家を生かす為の力なのだと、そう言う事だ。これぞ宿命、そうなるべき運命でしかない」


長峡仁衛は、歯を食い縛る。

これまで、霊山家の長であるからだと、我慢していた長峡仁衛は、見え透いた光明に対して苛立ち、声を漏らす。


「あんたは、あんたらは…俺の、感情を抜きにして話しやがって…ッ」


長峡仁衛の怒りを察した霊山蘭は、言葉で長峡仁衛を制そうとした。


「なんだ、貴様、断るつもりか?この話を」


何時も通りの脅し。

それで長峡仁衛が従順になると思っていた。

だが、今回ばかりは違う。

それを言うのが、いくらか遅すぎた。


「言うのが十年遅ェんだよ!!」


叫ぶ。

自らの怒りを、霊山蘭にぶつける。

この後が、怖い事になるかも知れないが、そんな事は知った事かと、長峡仁衛は、自分の全てを賭して霊山蘭に言う。


「どれだけ俺が、家族を求めていたか…ッ、子供の頃は、あんたたちと同じになりたかったよ、霊山を背負って居たかったよ」


子供の時代。

まだ、何故、自分が非難され、嫌われているのか分からなかった。

だから、長峡仁衛は好かれようと必死だった。

自分の存在を認めて貰おうと思っていた。


「自分の血を呪ったさッ、なんで俺は駄目なんだって何度も思い続けたさッ」


何故自分は好かれないのか。

霊山家は長峡仁衛を認めないのか。

自分が駄目だから、だから、自分が悪いと、何度も思った。


「でも、今更、俺の出自は変わらない、起こされた運命なんざ誰も変えられないッ仕方ないだろうが、よッ!!」


息を整える。

一度に、全部を空気と共に吐き出して、咳き込む。

顔が熱くなって、長峡仁衛は涙を流した。


「だから受け入れた、何もかも、俺の人生も、絶対に霊山家に受け入れられない事も」


自分は霊山家になれない。

自分は他とは違う、自分は穢れた血であるから。

少年時代の長峡仁衛はそれを受け入れた。


「それを、覚悟を、俺が納得したのを、それが十年前の話だッ…子供の頃の話、俺がその道を進んだ時の事なんだよ、その時に、なんでそのセリフを言わなかったんだッ」


ずっと欲しかった言葉。

霊山の門を、胸を張って渡りたかった。

だが、それはもう、過去の事。

長峡仁衛には、絶対に手に入ってはいけない事だと、無理矢理自分に言い聞かせた。


「今更遅いんだよ、何もかもが、俺は、霊山にはならない」


その言葉に、長峡仁衛は笑う。

今更になって、自分が本当は、霊山家になりたかったのかも知れない、と思った。

だが遅い、遅すぎた。


「あぁ、そうさ。これを言いに来たんだ。既に袂は別けられてんだ…俺を巻き込むなよ…俺は、


長峡仁衛。

それが、現状の彼を表わす。


「…貴様、その台詞」


威圧を繰り出そうとする霊山蘭。

だが、長峡仁衛はその言葉ですらも遮った。


「後悔するなってか?…するワケがない、十年前にその道を選んだんだ」


断言する。

けれど、彼の中で、何かが渦巻いていた。

長峡仁衛は、その憧憬した全ての夢を諦めている。


瞳を見続ける霊山蘭は、舌打ちをしながらも、潔く頷いた。


「そうか、分かった。貴様の感情、言葉、しかと、この胸に刻み付けた」


それは、今までの霊山蘭にしては随分とあっさりとしている。

長峡仁衛は、何よりも、その男の言葉に対して驚いていた。


「(そんな簡単に、諦める筈がない、コイツは…)」


決して、気を緩めてはいけない。

長峡仁衛は、そう思いながら、よろめいた。


「…話しの途中だが、治療は施してやろう」


手を叩く音が響く。

医療室から、先程外で待機していた医療班がやってくる。


「治療をしてやれ」


「要らない」


長峡仁衛は突っぱねるが、体から滲み出る血は、長峡仁衛の死に繋がりそうだ。


「貴様が死ねば、その内に秘める式神が出る。決して貴様に恩を売る為ではない、儂の命を重んじての事だ」


そう言われて、長峡仁衛は黙る。

医療班が治療を行い出して、長峡仁衛の傷が修復されていく。


「完治はさせるな、あくまでも致死を避ける程度。それが妥協点だろう」


体の痛みが多少取れた所で、医療班は治癒を止めた。

そして、再び、医療班は外へと出ていくと、霊山蘭は会話を始める。


「儂も、今は、弱っている。恐らくは、復帰は望めんだろう…だからこそ、貴様には、感情を抜きにして語る」


霊山蘭は、何がなんとしても、長峡仁衛を迎え入れたいらしい。

そんな話をした所で、長峡仁衛が靡く筈が無い事は分かっている。


「貴様の術式は鍛えれば誰よりも強くなる。〈戯〉は数奇な力、故に歴代、異質な存在として囃された。嘗ての歴代当主にも、戯を持つ者が霊山の王に至る事もあった」


長峡仁衛に話をするが長峡仁衛にとってはどうでもいい事だった。

ただ、自分の利益の為に引き入れたいと思っているのだから当然だろう。


「今更何を言おうが、俺は何も変わらない」


長峡仁衛は霊山蘭の言葉には乗らないと決めている。

だが、霊山蘭は其処で、初めて厭らしく笑った。


「そうだろうな、だったら、何故部屋から出て行かない?…心の内では、何処か望んでいるんじゃないのか?」


胸がざわついた。

まるで、長峡仁衛の心情を見抜くかの様な言動に、長峡仁衛は口を紡ぐ。

そして、心の内を探る。これは決して、期待しているわけではないと言い聞かせる。


「…そんな筈はない。あんたは、死に掛けだ。…雪継さんが最期の言葉を聞いて欲しいと言っていた、…治療の分くらいも、話を聞いてやる、だけだ」


自分の中で、それは単なる、その場から離れない言い訳に過ぎないと薄々感じていた。


「ふん、殊勝な事だ…」


鼻で笑う。

やはり、何処か見透かされている様な気がした。


「儂が、つまり、言いたい事は…術式を開花させた以上、その力を持つ以上…貴様にも、その権利があると言う事だ」


話を続ける。

そして、霊山蘭の言葉に、長峡仁衛は首を傾げた。

話の文脈、それを繋げてみると。


「…何?」


まるで、長峡仁衛が霊山家の次期当主に相応しい、などと言う言い方だ。


「何の権利、と言いたげだな?…先述の言葉で分からぬのならば、言ってやろう」


やはり、長峡仁衛の心の内を見透かしているかの様に、霊山蘭は答える。


「霊山の次期当主に、貴様を入れようと思っている」


その言葉に、流石の長峡仁衛も、我が耳を疑った。

同時に、この老人は一体何を言っているのか分かっているのかと思った。


「は…あ?次期、はあ!?当主?!」


あまりの発言に、長峡仁衛は驚き、声を荒げる。

その長峡仁衛の表情に、老獪は嗤った。


「ぐ、ふ、ははッ、拒絶をした割には、欲しがる目をするではないか」


取り乱す長峡仁衛を見ながら、調子に乗って来る霊山蘭。


「誰がなんと言おうとも、貴様には、王になる権利がある。その権利を掴むのは、お前の意志だけだ」


そう、長峡仁衛を鼓舞する様に、拳を突き上げて語り出す。

霊山蘭は体を起こして、長峡仁衛と霊山柩の方に顔を向ける。


「無論、これは儂の感情を抜きにした事。当主としての考えよ」


そう言って、長峡仁衛に向けて、手を伸ばす。

憎悪に似た感情を、長峡仁衛に向ける。


「儂の感情を混ぜるのならば…あらゆる手を使ってでも、貴様の参戦は認めん。誰が好き好んで、穢れた血を参戦させるものか」


その鬼気迫る表情。

長峡仁衛にとっては不愉快でしかない。

しかし、逆にそれが霊山蘭が当主としての思考を持ち合わせている事が分かる。

私情無しで、当主として、長峡仁衛は当主になるべきだと。


「…」


押し黙る長峡仁衛。

霊山蘭は、外に立つ人間に対して声を荒げる。



「おい、雪継を呼べ…選定状を持ってこいと」


選定状。

聞きなれない言葉に、長峡仁衛は眉を顰める。

そして、数分後、雪継が医療室に入ると、病室で寝ている霊山蘭に賞状の様な紙を渡した。


「少なくとも、二名が去った以上は、組み換えなければなるまい…」


その賞状に書かれた名前らしき欄から、墨を吸った筆で一線を引く。

そして、更にその隣に、名前を書いた。


「さて…これが、儂が考え得る、霊山一族の次期当主の名よ」


霊山蘭は、その内容を長峡仁衛に見せつけた。


霊山りょうぜん勅久ときひさ

霊山りょうぜん晴比古あさひこ

霊山りょうぜんくちる

霊山りょうぜん坊太郎ぼうたろう

霊山りょうぜん紫衣しえ

霊山りょうぜん武丸たけまる

━━━━りょうぜん━━━━あらた

霊山りょうぜん儀義ぎぎ

━━━━りょうぜん━━━━ひつぎ

霊山りょうぜん仁衛じんえ


十名の名前が書かれる。

それが、次期当主候補である事は言うまでもないが、塗り潰されたものは、既にこの世には居ない扱いなのだろう。



「これを数日内に展示する、…拒否したければ、自らの血で塗り潰せ」


指の腹を自らの歯で噛む様な仕草をする霊山蘭。

長峡仁衛は、自らの名前を見て、吐き捨てる。


「誰が霊山だ…俺は、長峡仁衛だ」


そう呟く。

霊山蘭は、そんな長峡仁衛に語る。


「お前が次期当主になりたければ、霊山を受け入れざるを得まい…」


次期当主。

魅力的な言葉だが、長峡仁衛は首を横に振って思念を振り切る。


「…誰が、なるか」


強がりの様な意志を見せつける。


「本当に良いのか?そう言って」


「俺の意志は、変わらない」


自らを言い聞かせる様に言う。

だが、それも無駄かも知れなかった。

霊山蘭は知っている。魔法の言葉を。

それを交えて、長峡仁衛に言う。


「貴様が当主になれば…霊山家の人間は変わるだろう。貴様を受け入れるのだ。そうなればどうなるか…貴様は孤独ではなくなる…霊山家は『家族』となるのだ」


背筋がザワつく。

長峡仁衛の首筋から騒めきが伝い、耳元で誰かが囁く様に、長峡仁衛を篭絡する。


「…家族」


家族。

その言葉が、長峡仁衛の空虚を埋める言葉だった。


「考えておけ…貴様にもメリットはある。それを失ってでも霊山家とは別れたいと言うのであれば、名を消せ…それで霊山家との関係は、完全に断たれる。それは約束しよう」


そして。

もう一つ、長峡仁衛はその言葉を聞き逃さなかった。


「俺と霊山家は関係なくなるって事か?」


拒否をすれば、長峡仁衛が望む未来が待っている。


「そういう事だ、精々、どちらが良いか、考えておくが良いわ」


霊山蘭は、どちらを選ぶか、猶予を与えるのだった。

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