圧倒
畜生道、爬虫類や両生類が世界を牛耳る世界線にて誕生した『解功道』。
その頂点に立つのが、カエルであった。
そんな世界で生まれた転生者の術式を模倣した『深影』の術師。
『道理』によって展開される世界は、カエルから分泌された油の中。
対して、彼女の世界は複雑だ。
『針身道』。餓鬼道から派生された並行世界。
その世界では、食べるものが全て、燃え盛り消し炭となり、灰しか喰らう事を許されない法則が存在した。
先住民は、この地に堕ちて餓えに悩まされていた。
決して満たされず、肉体が変わり餓鬼となる様に耐えるしかない。
しかし、ある前世の記憶を持つ転生者が、『食べるもの全てが燃えるのなら、食べずに飢えを満たせば良い』と言う法則の抜け道を突いた。
それによって、その男はその世界の住人の肉体を改造した。
口から摂取しなくても良い様に、機械を装着し、其処からエネルギーを吸収出来る様に改造したのだ。
結果、その世界では文明が極端に進んでいき、『針身道』の世界は機械が支配する様になった。
機械のお蔭で人は食べずとも満たされる世界が作られ…それと同時に、機械によって、人は滅びる。
文明開化により、発展していった贅沢は人に差別を生ませ、戦争を勃発させた。
機械による兵器を作り、それを使役しての戦争が始まり…結果、機械文明は滅びる。
銀鏡小綿はその世界の住人。いや、造られた存在。
機械戦争の為だけに生まれた〈
そして、彼女が産み出した世界は、機械が人類を支配する道理。
油で満たされた世界、機械が充満する世界、両者の法則と空間が混ざり合う。
「(第二陣が使えん…道理が混ざり合って、思う様に操作出来ないッ)」
「(これで、相手の道理は使えません…ですが)」
銀鏡小綿は軽く息を吐く。
肉体に宿る魂を駆動させると、力を使役する。
転生術式、三つの階位の中盤。
「〈
転生術式を所持する術師は、その魂から力を引き出す、前世を経験した魂から前世の自身を力として形成する。
機械として存在した彼女は、『殲機』としての異能を力として生み出す。
その時代、彼女に与えられた『殲機銘』として。
「〈
彼女の背中に、翼を模した機械が展開される。
その機械の先端から、白い光の球体が生まれると、それを転生術式を扱う外化師に向けて放つ。
歪曲するレーザービームの様に、光る球体が伸びて、二度も道理を使役し、神胤と体力を枯渇させた外化師は避ける間も無く、その光線に撃ち抜かれた。
道理が崩壊する。
一撃で仕留めた彼女は、元の世界へと戻っていく。
崩壊した世界から戻る、銀鏡小綿。
黄金ヶ丘クインは彼女の登場を見据える。
銀鏡小綿は、黄金ヶ丘クインの隣に立つ。
「感謝します。道理は、流石の私にも相性がありますので」
そう黄金ヶ丘クインが銀鏡小綿に感謝の言葉を告げると、ゆっくりと、黄金ヶ丘クインが前に立つ。
「では…私にも、兄様に勇姿を見せねば…」
兄に良い所を見せようとする妹が、神胤を流す。
外套の外化師の一人が、彼女の前に向かい、視線を交える。
「成程…かなり希少な術式…」
そう頷き、笑みを浮かべる。
どうやら、その希少な術式を会得するのが、嬉しい様子だった。
周囲に紫電を撒き散らしながら、黄金ヶ丘クインは術式を開放する。
それと同じように、その外套の外化師も声を漏らす。
「
「陰陽五行大系金統咒術式――」
肉体に展開された洞孔から神胤が迸る。
相手も同様に神胤が迸った所で、違和感を覚えた。
体には、痛みが走っている。ささやかだが、集中する事の出来ない痛み。
黄金ヶ丘クインは涼やかな表情で、覚悟を決めている様に、術式を発動する。
「〈
「〈天夜叉金剛ど―――あ、があああッ!!」
叫ぶ。
外套の外化師の肉体から、多数の剣が出現した。
肉体をズタズタに引き裂きながら、痛みのあまり、外套の外化師は地面に転がり、絶命する。
黄金ヶ丘クインは、額から血を流す。
彼女の頭部には、鬼の角の様に、二つの刃物の様な金属が突出していた。
額から流れる血が、目に入り、涙の様に垂れる。
それを指の腹で拭うと共に、彼女は、手に握り締めるソレを引き放つ。
一振りの刀。それは、嘗て愛する者から貰った武器。
「仮にも五行家、その術式を簡単に模倣出来るのならば、私の役目は既に終えている…それにしても、無礼、不躾、…黄金ヶ丘家の術式を盗み取る賊には、無惨な死を授けましょう」
黄金ヶ丘クインの紫電と化す神胤が周囲に撒き散らすと、その場に倒れる死体がゆっくりと動き出す。
死体を操る能力、というワケではない。
ただ、紫電に触れたものは磁力を与える。
紫電に接触させた死体を、磁力を以て操作をしているだけに過ぎない。
「さあ…星辰を割りなさい、『
彼女の神胤が手に握られる士柄武物に流し込むと同時、彼女はその武器を手から離す。
神胤を受けた士柄武物は、その恩恵を発揮する。
「ッ、なんだ、それは」
「何を、相手にしているのだ、俺たちは」
外套の外化師たちは驚く。
彼女の所持していた士柄武物は、巨大な剣と化した。
黄金ヶ丘クインの所持する士柄武物は、幼少の頃に贈られた特別な代物。
『剣岳』は自身の神胤を喰らわせる事で無制限に成長をし続ける大食の士柄武物。
担い手は日々、神胤を与え続けなければ、縮小する様になるが、与え続けると、何処までも大きくなる為に扱いが難しい。
そして、電柱よりも大きく成長した『剣岳』を使役する事は、いくら武術の達人と言えども、完璧に使いこなす事は不可能。
だが…黄金ヶ丘クインはそれを可能にする。
術式〈天夜叉金剛童子〉は自らの発する神胤の精密制御を行う事の出来る司令塔。
彼女が念じれば、最適な出力を以て周囲の金属を自由自在に操る事が出来る。
五指を揃えて、黄金ヶ丘クインは手を挙げると、それに合わせる様に『剣岳』も動き出す。
「深淵術式ッ」
声を荒げると共に、外套の外化師の肉体が変貌する。
その体は漆黒の肉体と化し光沢を帯びている。
金属に変化したらしいが、彼女の術式の標的に過ぎない。
「誰に向けて術式を扱うのですか?頭を垂れなさい」
紫電が迸ると共に、金属と化した外化師は地面に倒れる。
それだけではない。
紫電が枝分かれして、その先端が外套の外化師の肉体に通過する。
神胤を放出させて防御をしようとしたが、彼らの神胤の洞孔を巡る速度よりも彼女の神胤の放出の方が早い。
肉体に通過した紫電は、次に彼女の視線によって体が重たくなる。
地面に向けて体を張り付ける外套の外化師たち。
「誰が一人だけだと言いましたか?」
彼女の神胤に触れると、その物体には磁力が付加される。
その磁力を払う為には、彼女の神胤を上回る神胤を高速で循環させて、彼女の磁力を消耗させ切るしかない。
しかし…彼女の術式によって肉体が磁力と化し、地面にも磁力を展開させている為に、地面に接触し続ける異常、彼女の神胤が延々と彼らの肉体に付加し続ける。
決して逃れる事の出来ない状況。
自身たちが殺される手番だと理解した彼らは、震える。
それは恐怖ではない、死に対する恐怖などではない。
この状況は、彼らにとっても望ましい。
真に怖い事は、生かされて情報を吐かされる事。
仲間を、いや、彼らの上に立つ人間を裏切るくらいならば…此処で死んだ方が遥かにマシだ。
だが…それでも、やはり。
彼女の神胤によって、彼ら外套の外化師たちは再認識する。
この世で怖いものがあるのだとすれば、それは、彼女だ。
黄金ヶ丘クインが、この世で一番恐ろしいと…死ぬ間際。
外套の外化師たちはその様に思いながら、黄金ヶ丘クインによる『剣岳』の両断により、皆絶命を果たした。
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