達磨
幽世から帰還すると、更に死体が増えていた。
先程、長峡仁衛が取り込んだ外套の外化師以外にも…黒色の狩衣を着込んだ、霊山一族の戦闘部隊の死体が増えていた。
「ッ」
長峡仁衛の前に、三体の外套の外化師が立っている。
先程の、長峡仁衛が戦った外套の外化師よりも、明らかに強い気迫を放っている。
「同胞よ、我ら同じ影よ、…自害をしたか、それ程までに、この男が強いと。そういう事だな」
長峡仁衛を、フードの隙間から見詰める、外套の男に、長峡仁衛は大鎌を構える。
三体の外化師の内、一体が前に出ると、両手の指を絡めて印を結ぶ。
「『
ことわり。
その単語を聞いた長峡仁衛は一気に体温が下がっていく。
「(その術式は…転生術式のッ)」
空間を歪ませる力。
世界の上に、別の世界を敷く万象を上書きする変換。
長峡仁衛の脳裏に、白銀の髪を靡かせる少女の姿を思い浮かばせて。
同時。
「『
その言葉を最後に、世界は文字通り生まれ変わる。
長峡仁衛の視界には死体は消え去り、代わりに、沼地の様な場所に、足を沈めていた。
長峡仁衛はその術式を知っている。
だからこそ、絶望感が過り出す。
此処は道理。転生者が作り出した前世の世界。
転生者。
この世界とは別の理で生きた人間が、死後、輪廻の渦に飲まれてこの世界に生まれた者。
通常、輪廻の渦に飲み込まれればその業と記憶を払拭されて、真新しい魂として世界に転生する。
しかし、稀に強大な罪と記憶を宿す者が、輪廻の渦に飲まれた後も、記憶と罪を残した状態で転生する事がある。
そう言った人間は、特殊な能力、転生術式を端末に、前世の能力を使役する事が可能。
六道輪廻の内、どの世界に居たかを表わす道。
理とは、その世界の法則を示し、同時に、己の理性から生まれた独自の世界を指す。
その二つを合わせて道理。
これを発動すれば、現実世界に、別の世界を上書きする様に敷く事が出来る。
いわば、前世の世界、そのものを転生させる様なものだった。
そして、道理を扱う者以外の生命体は、この世界の道理の影響下を強く受ける。
「(なんの道理だ、この世界は、どんな効果を発揮するッ)」
長峡仁衛は焦りながら周囲を見回す。
この世界から逃れる術は様々だが、転生者が道理を使役する事で、道理の効果を相殺させる事が出来たり、世界を侵蝕する様な術式を使役して、道理を無理矢理無効化させる事。
あるいは…世界そのものである『不従万神』と言った神を使い、転生者を上回る存在で、道理を否定するかの何れだ。
どちらにせよ…長峡仁衛には、この道理から逃れる術はない。
長峡仁衛は早急に、相手を倒すべきだと悟る。
「(転生術式を扱う本体を倒せば、道理は破壊される)」
長峡仁衛は指先からデジタルドットと化した神胤を放出すると共に式神を形成する。
「『奇々傀儡人形師』ッ」
式神を召喚すると共に長峡仁衛は走り出し、転生者の元へと向かう。
それと同時、外套を着込んだ外化師は手を組んだ状態で口を開く。
「第一陣、『
長峡仁衛の周囲に、白と黒の油の様な液体が分泌されて蓄積される。
その油に接触すると、摩擦が無くなるのか、長峡仁衛は思う様に動けない。
油の張った地面に倒れそうになると、長峡仁衛は大鎌を地面に突き刺して、膂力で自らの体を挙げる。
油によって摩擦が消えたのならば、その摩擦から逃れる様に、長峡仁衛は大鎌の捕まって油から離れる。
「せぇーッの!」
長峡仁衛は、神胤で強化した己の腕部を振った。
それによって、長峡仁衛は膂力の力だけで跳躍し、外套の外化師の元へと向かう。
更に長峡仁衛は、両手から士柄武物を封緘している体内から取り出すと、二振りの刀を構えた状態で外套の外化師に向けて刀を振るう。
「第二陣、『
即座。地面が燃え盛る。
うねり、炎の波が、長峡仁衛を飲み込んだ。
「がッ!」
燃え盛る火が、油によって濡れた長峡仁衛を燃やし尽くす。
火に悶え苦しむ長峡仁衛。肺に残る酸素は炎によって燃え尽きて酸素不足に陥る。
この状態で長峡仁衛は意識を失い、炎によって体を蝕まれた。
長峡仁衛が黒焦げになる事を確認すると共に、外套を羽織る外化師は指を構えると、道理を解除する。
燃え尽きて死に、黒炭となった長峡仁衛が、現実世界へと戻った。
「殺したのか?」
「はい、殺しました」
「そうか…封緘術式は、なるべく多く模倣しておいた方が良かったが、仕方が無い」
外套の男たちはその様に会話を続けて、ある事に気が付く。
長峡仁衛が死亡したのならば、その場に留まる『奇々傀儡人形師』も消えている、または暴走して彼らを狙って攻撃している筈だ。
だが、長峡仁衛の近くに居る『奇々傀儡人形師』は、ゆっくりと懐から人形を取り出す。
それを長峡仁衛の方に向けて投げると、長峡仁衛に触れる直前で、その人形が燃え盛り、黒炭と化した。
反比例する様に、長峡仁衛の肉体は回復していき、そして火傷どころか、焦げた箇所すら無く、長峡仁衛は復活する。
「かはッ…クソ、死ぬかと思ったッ」
『奇々傀儡人形師』による『身代わり人形』による効果で、長峡仁衛の傷やダメージを人形に肩代わりさせた。
長峡仁衛は立ち上がり、武器を構える。
外套の男たちは、長峡仁衛を認識して、刀を構える。
「どうやら、其処らの術師よりかは筋が良いらしい」
その様に、長峡仁衛を評価する。
長峡仁衛は手から神胤を放出させて封緘術式を発動しようとする。
その最中、前方へと飛び込む外套の外化師。
「(式神遣いの戦闘は、式神頼りである事、自身の脆弱さを隠す為に式神を使う、本体を殺せばそれで終いだ)」
外套の外化師が長峡仁衛に向けて刃を向けた時、長峡仁衛はその刃を受けようと二振りの士柄武物を構えるが…即座に、長峡仁衛は手を離して士柄武物を離すと、それを接近してくる外套の外化師に向けて蹴ると共に刀を吹き飛ばす。
「ッ」
士柄武物が投げ出された為に、咄嗟に外套の外化師が士柄武物の効果を警戒して二振りの士柄武物を弾く。
それと共に、長峡仁衛は拳のまま接近した。
「(素手の方がやりやすいなッ)」
「(コイツ、素手でッ、)」
舐められていると悟ったのか、振り切った刀を斬り返して、長峡仁衛の方に刃を向ける。
長峡仁衛は斜め上から迫る刃に向けて握り拳を固めると、刃の腹を叩き弾く。
「(何かと容赦がない家系なもんでね。素手に対して刃の付いた刀と実戦なんざ、何度でもやった事があるんだよ)」
幼少の頃。
長峡仁衛はそれによって三度腕を切断してくっつけた記憶がある。
それ程に苦労を重ねながら、長峡仁衛は術式無しでの戦闘を学び、磨き続けた来たのだ。
「『発勁』ッ」
地面を強く踏み締めると同時、流動する筋肉から倍増された衝撃を外套の外化師に向けて放つ。
それによって、外化師の肉体は内臓を崩壊させ、口から嘔吐物を撒き散らしながら倒れる。
「『筋肉達磨』ッ!」
隙が生まれた事で、長峡仁衛が術式を発動して掌サイズの達磨を出現させると、長峡仁衛の肩に座る事が定着しているのか、引っ付く。
「叩き潰せッ!」
長峡仁衛が叫ぶと共に、肉体の形状を変化させて、『筋肉達磨』が残る二体の外套の外化師に向けて叩きつけようとした最中。
外套の外化師は神胤を放出する。
指先から、デジタルドットの様な神胤を放出させると共に、神胤が形成していく。
「深淵術式」
即座。
外套の外化師の間に、『筋肉達磨』と同じ巨体をした拳が、筋肉達磨の拳と重なり、衝撃を生む。
「ッッ!マジかよ」
長峡仁衛は、外套の外化師の肩に引っ付く、黒色の掌サイズの達磨を確認した。
それは、長峡仁衛が召喚している『筋肉達磨』と同じ姿をしていた。
違いがあるとすれば、色ぐらいなものだった。
「(コイツ…いや、コイツら…模倣、コピーをする術式かよッ)」
長峡仁衛は、確信した。
でなければ、その肩に引っ付く『筋肉達磨』の説明が付かなかった。
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