生誕
黄金ヶ丘家では、黄金ヶ丘クインが定期的に連絡を霊山一族に入れていた。
黒電話を使い、霊山一族に聞く。
「もしもし…黄金ヶ丘ですが…」
『はあ、また貴方ですか』
溜息を交じえながら、その様に声を漏らす電話の相手。
ほぼ、決まった時間に、それも毎日電話を掛けていて、その様な反応になってしまうのも無理はないが、一応は黄金ヶ丘家の御当主である。
末端の霊山家の人間が、その様な態度を取れば、霊山家は不躾と称して首を刎ねるべきだろう。
しかし、黄金ヶ丘クインは小汚い人間の命など要らぬ、ただ、長峡仁衛の安否を心配していた。
「…で、何時になれば、にいさ、…んんっ、仁衛さんに取り次いでもらえるのですか?」
その様に、黄金ヶ丘クインは聞くと、電話の相手はいつもと同じ様に、決まった台詞を口にする。
『ですので…長峡仁衛様は、霊山蘭様と大事なお話をしております。そちらへ戻るのは未定なのですよ』
「…本当ですか?嘘ではありませんよね?」
その様に念を入れる黄金ヶ丘クイン。
無論、電話の相手は嘘を吐いている。
と言っても、長峡仁衛がどうなっているのかは知らない。
ただ、電話番としての役職を任された彼は、その様に言え、と命じられている。
『嘘など吐いていませんよ』
「でしたら、電話に、長峡仁衛さんを、お願いします。安否を確認したいだけなのですよ、私は。彼を買った私が、所有物である長峡仁衛さんの生死を問うているのです」
少女の言葉に、電話番は反感を覚える。
『なんですか、その言い方は、まるで、霊山家が人を殺したとでも言いたげに…失礼ですよ、貴方』
自分の事を棚に上げて、霊山家の電話番は怒りながら、彼女に無礼な口ぶりで言った。
『とにかく…今は逢わせる事は出来ません。また、電話をしても、意味などありませんから』
それは、二度と電話を掛けて来るな、という意味合いだった。
そのまま、電話番が電話を切ろうとした時だった。
部屋中に響く、警鐘が、黄金ヶ丘クインの耳にも届いた。
何が起こったのか、電話番は即座に電話を切るが、警鐘の音を黄金ヶ丘クインは逃さない。
「…(先程の、警鐘…?霊山家に何か、侵入者が?…ッ、兄様が)」
即座に、霊山家が危険な状況下にあると理解した黄金ヶ丘クインは、受話器から手を離すと、辰喰ロロを呼ぶ。
「ロロ、来なさいッ!」
その言葉によって、フォークを口に銜えながら、辰喰ロロがやって来る。
「霊山家に向かいます、急いで支度をなさい」
彼女の言葉に、辰喰ロロは口からフォークを外して言う。
「お嬢様、乗り込むのはもう少し待ってからに致しませんか?」
「待ってからでは遅いの!!、今、霊山家に警鐘が聞こえた…何か起こっている、兄様が危険ですッ!!」
その大声に、銀髪の少女は前髪を揺らして顔を出す。
「…じんさん、が?」
銀鏡小綿は、そう言って、長峡仁衛の安否を心配した。
………。
漆黒の外套を着飾る者ら、四人組だ。
小隊で活動しているのだろう、長峡仁衛は四人組を見据えて出方を待つ。
「(深淵術式)」
外套の一人が手を重ねると共に神胤を放出する。
膨大な神胤に長峡仁衛は威圧される。
「(出鱈目な出力を出して、死ぬ気かッ!?)」
基本的に、神胤とは臨核から放出される。
臨核には、出力や、生産量、備蓄量、変換率と言った性能差が存在した。
出力が低ければ、術式の性能も十全に発揮出来なくなり。
生産量が少なければ神胤が枯渇し易くなる。
備蓄量が少なければ生成した神胤を保持する事が出来なくなり。
変換率が低ければ、自らの生命力から生成される神胤の量が少なくなる。
優秀な臨核から性能差を無くす為に、祓ヰ師は自らを呪う事で神胤の補給源を担ったり、士柄武物を使用し、神胤の消耗を最小限に抑えたりする。
臨核の性能以上に神胤を放出する事は可能だが、それは臨核を傷つける行為であり、最悪、出力に耐え切れず洞孔が断裂し、死に至る可能性があった。
その外套の男は、紛れもなく、自分の命を度外視して術式を使用しようとしていた。
「(『
外套の男の神胤が形を作り出し、同じ様に、黒い外套の男の様な姿と化す。
それが、外套の男の体から、何体でも生まれ来る。
「(分身する術式…?肉体を傷つける程に神胤を放出したって事は、かなりの量の分身が出現する筈だ)」
長峡仁衛は喉を鳴らす。
その分身体がどれ程の力を持っているのか分からない以上、早々に相手を倒す事に注視しなければならない。
先ずは、分身を作る外套の男から倒そうとするが、長峡仁衛の目の前に、複数の男たちが遮った。
「(そう簡単に倒させてくれはしないか…じゃあ、コイツならどうだ)」
長峡仁衛は手を叩く。
肉体の神胤を消耗させて、長峡仁衛は『筋肉達磨』を解除して、別の式神を呼ぶ。
「(コイツは熟練度が高いから併用して使えない、けど、複数の相手ならこっちが使い易い)」
長峡仁衛は式神を召喚すると共に、即座に、外套の男たちを巻き込んで、別の空間へと移動する。
「(式神、『
長峡仁衛の近くに式神は出現しない。
いや、長峡仁衛の傍に、式神は存在する。
景色が代わり、ドロドロとした黒い膜の様なものに覆われた世界。
此処が、式神『
『霊胎回帰』は幽世として展開する異能変遷である。
その影響によって、その体内に存在する生命体は『子』の為の栄養として力を奪われるのだ。
『鬼子母尽』の異能変遷効果により、周囲に存在する生命体の力を吸収されていく。
外套の男たちは、即座に自身の力が奪われていく事に気が付くだろう。
「殺せェ!」
早急に対処をしなければ、彼らはこの胎内で命尽きる事が確定する。
それでは駄目なのだ。彼らは、命を捨てる覚悟はあるが、それでも、命を無意味に散らす気は無い。同胞を生かす為に、一人でも多くの祓ヰ師を抹殺し、後続を続かせなければならない。
だから、四人が一人も殺せないと言う事実は、決して、許せる事では無かった。
刃を構えて、長峡仁衛の元へと走り出す、外套の外化師たち。
長峡仁衛は指を構える。
そして、何もない空間から、士柄武物を取り出した。
大鎌の士柄武物。長峡仁衛はそれを両手で握り締めると、相手の攻撃を受け切る。
「祝え、生誕の時だ」
長峡仁衛は鍔迫り合いをする外套の男にそう告げると共に、肉で出来た地面から、腕が生え出す。その腕が、外套の外化師の足を掴むと共に、顔を出す。
それは、額に角を生やす鬼だった。
自身の足を掴まれた事で、外套の外化師は視線を下に向けると共に、刀で鬼の頭部を深く突き刺した。
「…ふッ」
この程度の鬼で攻撃をしようなど、片腹痛いと言いたげに、外套の外化師は笑う。
既に、分身を生み出す外套の外化師は息を荒げながら、生み出した分身に命令を加える。
「敵を、殺せ」
その言葉に、長峡仁衛に向けて、数十体の分身体が迫る。
長峡仁衛は静かな視線を向けている。
「別に、一体だけじゃないさ」
そう呟いた直後。
地面から、壁から、小鬼が奇声を挙げながら出現する。
対象の力を吸収し、吸収した力を鬼に変える異能。
周囲には既に、彼らの分身を含めても余りある程に、多くの鬼が取り囲んでいた。
「…無念なり」
そう口にすると共に、彼らは一斉に、自らの胸に刃を突き刺した。
長峡仁衛には勝てないと悟ったのだろう。
ならば、これ以上の生き恥を晒す真似は出来ない。
一人も倒せずに、後続に任せる事は恥ずべき事ではあるが。
このまま、生かされる方が怖い。
生かされて捕縛されてしまえば、情報源として搾り尽くされる。
それは、誰一人殺さない事よりも、尤も恥ずべき事であると、彼らは知る。
命を落とす事で、大切な情報だけを護ろうとしていた。
長峡仁衛は、一斉に自害を選んだ彼らを見て驚く。
「(簡単に命を捨てた…何を考えてるんだよ、コイツら)」
何が目的で、この様な真似をするのか。
長峡仁衛には分からない、分かりたくも無い。
長峡仁衛は、死んだ人間を何時までも胎内で住まわせるワケには行かない。
仕方なく、『鬼子母尽』を解除した。
再び、現実世界へと戻される。
そこで、長峡仁衛は、別の外套の外化師を確認した。
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