墜落

「…殺したのか」


長峡仁衛は息を漏らす。

霊山柩が、霊山新を殺害した。

巨大な棺桶を鎖で引き摺りながら、霊山柩が長峡仁衛の方に向かう。


「…」


そして彼女は、スカートの奥からスケッチブックを取り出した。

文字を書いて、それを長峡仁衛に見せつける。


『危ない所でしたね?貴方の身の危険を感じたので倒しておきました!(^^)!』


その文字を長峡仁衛に見せて、頷いて見せた。


「そうか、そうだったのか…悪いな、後味の悪いものだったろ?殺させて、ごめん」


長峡仁衛が謝ると、彼女の視線はスケッチブックに向けられる。

そして文字を書いた瞬間…長峡仁衛地面を蹴って逃げる。


「…」


彼女はスケッチブックを持ったまま、その逃走を呆然と見ていると、小さく、溜息をして、スケッチブックを投げ捨てた。

彼女が、長峡仁衛を殺そうとしていたのを、察していたらしい。


それが、彼女のプランだった。

此処から出る事が出来るのは一人だけ。

ならばどうするか、霊山柩は考えた。


その結果、二つのプランを思いつく。

一つは、自らの術式を使い、外に出ると言う事だ。


『封緘術式・棺』

名が体を表わす彼女の術式は、死亡した屍を封緘し、操作する事が出来る術式だ。

付属として、様々な形状をした棺桶を操作する事も出来る。


彼女はその術式を使い外に出ようと考えていた。

その場合、死者は物として扱われる為に、長峡仁衛を殺害すれば、無限廻廊を二人で脱出する事が出来る。

そして、彼女が封緘した骸は神胤を流し込む事で肉体を生きている状態とする事も可能。


神胤を流し続けている限りは、普通の人間と同じ様に動き、発汗したり、歳をとって老いる事も出来る、死者蘇生と同じ様なもの。


これを長峡仁衛に提案する事で許諾をすれば封緘し、脱出をすると言う思案をしていた。

尤も、当初の予定では、長峡仁衛が油断していた隙に殺害、強制的に『封緘術式・棺』によって保管しようとしていたが…なまじ、彼の肉体には凶器が潜んでいた。


封印術師を殺せば、体内で封印されていた畏霊たちが封印解除によって暴走する可能性がある、下手をすれば自分も巻き添えを喰らう可能性も考慮して、殺害は止めた。


ならば、もう一つのプランが思い浮かぶ。

それが…無限廻廊で共に永遠を生き続ける事。

長峡仁衛の殺害が失敗になった今、ならば逆にこの無限廻廊で生き続ける道を考える。


であれば、長峡仁衛にはこの無限廻廊で死んでは困る為に、式神の強化を行わせた。

出来れば、出口に続かず、永遠に無限廻廊に滞在したかったが…学校迷宮から先が出口付近…実質的、無限廻廊から脱出する出口に繋がっていたとは思わなかった。


しかし、出口付近ならば好都合。

長峡仁衛を殺害し、封緘術式を使用してこの場から即座に脱出。

暴走した式神を残して出る事が出来る、と言ったプランに変更したのだ。

だから、霊山柩は長峡仁衛を殺そうとしていた。


長峡仁衛は逃走を決断した。

それは、彼女との戦闘よりも、脱出を優先した為だ。


霊山柩。彼女は、霊山新が発した言葉が本当であれば、どうしようも無い存在だと感じた為だ。

式神を使役すれば、彼女を倒せる可能性があるが、現状では、長峡仁衛は術式を完璧に使いこなせる気がしなかった。

故に、長峡仁衛は逃走と言う選択を選んだ。


「(出口は真正面、神胤じんを脚部に集中して、速度を上げるしかないッ)」


出来るだけ彼女から逃れる為に、長峡仁衛は速度を上げていく。

背後から迫る霊山柩は、人を圧殺出来る程に鈍重な棺桶を所持していながら、長峡仁衛と距離を詰める程に速度が速くなっていく。


「(詰められるックソッ!仕方が無いッ、距離を稼ぐ為に、戦うッ!)」


長峡仁衛は振り向くと同時、術式を使用する事にした。

彼の術式を封じていた霊山新が死亡した事により、彼が封緘した異能殺しの効果が解除されていた。


『封緘術式・戯』を使用。


「(『奇々傀儡人形師ききかいらいにんぎょう』ッ!!)」


神胤が集結し、画質の荒いドット絵の様な人物像が現れる。

そして数秒で鮮明になると、二足で地面に立つ顔面を包帯で巻いた『人形師』が出現する。


瞬間作成によって、長峡仁衛の神胤を経由して人形師が複数の機械人形『骸機』を数十体程作成して霊山柩に向けて放つ。

『骸機』の群れは壁の如く、数十秒しか顕現出来ない代わりに強度と耐久性を通常の『骸機』と同じ性能として、霊山柩に襲い掛かる。


霊山柩が鎖を握り締めると、モーニングスターの様に棺桶を振り回して彼女を攻撃しようとする『骸機』を叩き潰す。


「…」


周囲に残骸が散る最中、しかし、破壊された『骸機』たちは破損した部位を捨て、自らの肉体を分解する。

そして、無事な部品と部品を独自に組み合わせる事で、『骸機』たちは数は少なくなりながらも再び群れとして活動出来る。


「…」


長峡仁衛が逃してしまうと焦り出した霊山柩。

棺桶を振り回すと、遠方に向けて棺桶を投げる。

迫り来る骸機たち。霊山柩は腕を交差させると、彼女の神胤が黒い布の様に変わり出して、彼女の肉体に布が張り付く。

そして、彼女の体は自らの影に吸い込まれる様に体を沈める。


『骸機』たちは、既に消えた霊山柩の影を追う様に、群がるが、其処に彼女は存在しない。


そして、先程放り投げた棺桶の蓋が開かれる、其処から、霊山柩が登場した。

『封緘術式・棺』による術式効果によって、使用者、骸を瞬時に棺桶の中へと戻す事が出来る。

それを利用して、彼女は棺桶の中へと移動したのだ。


「…ッ」


それに合わせる様に。

長峡仁衛が、棺桶から出て来た霊山柩に向けて別に召喚した『筋肉達磨』で攻撃を行う。

彼の肩に引っ付く『筋肉達磨』は、肉体を変化させて、トラックを一撃で破壊出来る程の筋肉の拳を作り上げると、棺桶から出て来た霊山柩を殴り飛ばしたのだ。


「(マジかよッ、霊山柩が出て来たッ?!てっきり霊山柩の式神が出て来るものだと思ったけどッ…まあ、結果良しッ!!)」


長峡仁衛は再び踵を返す。筋肉達磨が立体四角形の端を掴むと、筋肉によって長峡仁衛を投げ飛ばし、一気に真正面へと駆け抜ける。


立体四角形の足場から霊山柩は落ちていく。

彼女は暗い底へと、姿を消していく。


霊山柩は落下しながら思考する。

長峡仁衛を殺害が失敗した、このまま、落下する内に無限廻廊から逃れられると。

そうなれば、霊山柩は無限廻廊から出る機会を失う。


であれば…仕方が無い事として割り切る。

霊山柩は、落下を受け入れて、長峡仁衛と一旦、別れる決意をした。

しかし、また、運命の巡り合わせがやってくると考えている。


運命、縁。

それがあるからこそ、彼女は無限廻廊へと足を踏み入れる事が出来た。

長峡仁衛を助けに行き、ついでのプランもあったが、長峡仁衛を逃すと言う以上は、そのついでの方のプランを優先するべきだと、彼女は思った。


このまま、霊山柩は落ちていき、そして、次の機会に、また長峡仁衛と逢える事を確信する。


断言出来るのだ、霊山柩は、近い内に、この無限廻廊から出る事が出来る事を。


ただ、霊山柩は、自らの目的を遂行する為に、地上へと、暗闇の底へと落ちて行った。




長峡仁衛は、目の前に存在する、巨大な扉を確認した。

いや、扉と言うには、審議的な目で見るだろうが、長峡仁衛はそれを無限廻廊から出る為の扉だと認識した。


二つの、巨大な六方形の塔の隙間に、真っ白な光を放つ空間。

長峡仁衛は、ゆっくりと歩いて、そして不意に後ろを振り向く。


霊山柩は長峡仁衛を追ってはこなかった。

追ってこない、という事は、諦めたのだろうか。

普通の人間ならば、どうにかしてでも、この畏霊が出現する無限廻廊から出たいと思うだろう。

生きる事を諦めない限りは、死に物狂いでやって来る筈だ。


しかし…霊山柩の姿が無いと言う事は、生きる事を諦めた、という事になるのかと、長峡仁衛は思った。


「(何故、俺を殺そうとしてたのかは分からない…けど、お前には救われた。少なからず、俺を助けに来てくれたんだ…そりゃあ、席が一席だけなら、奪い合うしかないだろうし…それでも)」


長峡仁衛は、ある言葉が頭の中に思い浮かぶ。


「(アレと霊山柩が関係しているって…禍憑の事、なのか?そもそも、俺と関係があるって一体…)」


深く思考しこうとして、長峡仁衛は首を左右に振って思考を振り切る。

このまま、思考を続けてこの場に留まるつもりなのかと、長峡仁衛は反省する。

殺し合ってまで、生きたいと願ったのだ。それ以上は、死んだものをないがしろにする行為だろう。


「(さあ。帰るんだ…小綿の元に)」


長峡仁衛は、光の中へと足を踏み入れる。

そして、長峡仁衛は無限廻廊を後にした。


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