正体



封緘術式ふうかんじゅつしきかせ』。


それが霊山新の肉体に刻まれた術式の名前である。

霊山新が神胤を体外へ流し、接触した相手の能力を封緘する事が出来る異能殺しの真髄。


霊山蘭が霊山新に期待を抱いたのは、術式の希少性もあるが、何よりも『祓巫女』霊山禊に類似した術式を所持していた為だ。


彼女とは違い一点に特化された術式を持つ霊山新は、当時は当主候補として選定される実力であった。


能力に慢心した結果が、見放される事になるが…結果がどうであれ祓ヰ師の術式を封印するという性能は破格。


殆どの祓ヰ師は術式が封じられてしまえば対抗手段はあるが、決め手に欠ける状況に陥ってしまう。

故に霊山新の術式は恐ろしいものであり出来る事ならば戦闘は避けたいと願う。


霊山新と相対したいと思う者は少ないだろう。

祓ヰ師特化の術式、不能齎す重き枷。


尤も。

長峡仁衛を除けばの話だが。


「が、はッ」


重い拳が叩きつけられる。

地面に倒れるソレは長峡仁衛ではない。


霊山新だった。

霊山新は到底理解出来ないといった表情を浮かべていた。


「(なに、がッ、なんで、おれ、がッ…)」


口から血を吐き出してゆっくりと立ち上がる。

長峡仁衛は拳を握り締めて小さく息を吐きながら構え続ける。


「そん、んなッ筈が、ないだろォ、ありえなッくッ俺が…こんなクズにィ」


戯言を口にしながら、長峡仁衛の方へと向かって拳を繰り出す。

長峡仁衛は霊山新の攻撃を片手で防ぐと、自らの拳を彼の腹部に強く減り込ませた。


二度、三度。

一撃一撃が重く、全て外れる事なく霊山新の体に叩きこまれる。


「あッがぁあッ!」


神胤を込めた拳が、霊山新の顔面を殴る。

よろめき、後退する霊山新。

鼻を抑えながら、理不尽を口にする。


「おかッおかしいだろォ!術式は使えないだろうがッ、それなのになんで動ける、絶望しろよお前ェ!!、お、俺は『臨死回生』を経て強くなったんだぞッ!それ、それなッなのにッ!!俺より強いなんざ、可笑しいにも、程があるだろうがあァ!!」


渾身の声で、長峡仁衛の異常さに突っ込む。

その隙を掻い潜り、長峡仁衛は、接近する。


「ひッ」


恐怖の声が漏れると共に、長峡仁衛の蹴りが霊山新の首元に衝撃を与える。


何故動ける。

何故絶望しない。

それらの言葉は、術式を持つ存在が、彼の手によって不全と化した。

其処から生まれる表情を、何度も見て来た。

祓ヰ師としての矜持を奪った優越感を得ていた。


長峡仁衛は違う。

元から、長峡仁衛は術式を所持していなかった。

彼が術式を得てまだ一週間程度。


彼は術式に依存する段階では無かった。

術式が使えないのならば、それ以外を使えばいい。


彼が祓ヰ師として鍛え続けた、誰でも習得出来る技術。

慢心故に、鍛える事を怠った霊山新には手に出来なかった力。


地面を強く踏み締める。

脚部から発生する衝撃を、筋肉に乗せて流動し、脹脛から太腿、太腿から腰、腰から腹部、腹部から胸部、胸部から肩部、肩部から二の腕、二の腕から前腕、前腕から掌へと、全身の筋肉を使い、衝撃の波を増幅させて拳から放つ。


それは打撃では無く、衝撃として分類される殴打。

霊山新の顔面を激震する一撃、彼の肉体は吹き飛び、地面を揺らす。

長峡仁衛が培ってきた技術、それを確かめる様に、長峡仁衛は声を漏らした。


「『発勁』」


長峡仁衛が手にした力。

それが、長峡仁衛を救った。


肺が痙攣して思う様に息が出来ない霊山新。

活発した神胤を血液に溶かして酸素に変えて、呼吸を無理矢理行うと、声を荒げた。


「クソが…クソがクソがックソがァ!!」


拳を固めて、霊山新は地面を強く叩く。

長峡仁衛を睨みつけて、彼の存在自体に嫉妬して罵る。


「結局は才能か、体質かぁッ!?…世の中は恵まれた奴が甘い汁を啜れる様になってんだろォ、ズリいだろうがッ、俺はここまで、こんなになるまで手に入れた力なのによォ!なのに、テメェは、当たり前の様に力を振り翳しやがるッ!そんなの卑怯じゃねぇか!差別だろうがッ!!」


その言葉を聞いた長峡仁衛も反感した。

霊山新から見れば、長峡仁衛は自分より格上だと思い、それは才能や環境が良かったからと場違いな事を言い出す。

だから、長峡仁衛は怒った。


「…お前がそれを言うのか?」


強く拳を握り締めて、体を震わせて、喉が千切れそうな程に叫ぶ。


「お前がそれを言うのかよォ!!」


一気に酸素を吐き出して、深く呼吸を行う。

長峡仁衛は、怒りでどうにかなりそうな自分を必死になって抑えた。


「…ざ、ふざけんな、お前は、お前こそが、恵まれてたのに…俺は恵まれた環境じゃなかったんだぞ…そんなに、凄い術式を持ってるのに、霊山家から認められていたのにッ!!」


長峡仁衛は、どれ程成果を出しても認められない。

穢れた血。負い目の残る跡目。術式を得ぬ無用者。

批難され、長峡仁衛は否定され続けた。

心が折れ、長峡仁衛は、霊山家には認められないと悟ったのだ。

霊山新とは違う、恵まれているのは、彼の方なのだ。

自分を棚に上げて、物を言う彼を許せない。


「努力すれば認められたんだ。俺は、努力をしても認められなかったんだぞ…、それを、俺が、俺の何処が、恵まれてるんだッ!!」


その叫びに、霊山新は冷静さを取り戻す。

ゆっくりと体を起こして、地べたに座った状態で、長峡仁衛を見ながら言う。


「…恵まれてない?…あぁ、そうか、そうだよなぁ、本当に恵まれている奴は、其処にある有難味には、気が付かねぇよなぁ?」


自分の人生を悔いている。

もっと行動を起こしておけばよかった。

才能にかまけて努力を怠らなければ良かった。

もっと、人に優しくすれば良かった。

因果が、現在の自分に刃となって突き刺さる。

堕ちた天才児に待つのは、誰も期待しない孤独だった。


「…羨ましいなぁ、お前は、孤独じゃねぇからよぉ」


長峡仁衛とは違う。

その部分だけは決定的に。

彼の呟きに、長峡仁衛も気が付く。

長峡仁衛には、帰りを待つ家族が居るのだ。


「…そうだな。あぁ、その部分だけは、俺は確かに恵まれているよ。…俺には、家族が居るんだ」


握り拳を固める。

長峡仁衛は神胤を放出して、ゆっくりと霊山新に向かう。


「大切な家族が居る、俺は、帰りたいんだ」


帰る為には、無限廻廊の出口から出なければならない。

…その出口は、一人しか出る事は出来ない。

出た後も、長峡仁衛には、命を狙われる可能性が残る。

術式無しでは、家族を守りながら生きる事は難しいだろう。


「…優先順位は決まってる、俺は、その最後の一席に座る、お前を殺してでも」


霊山新は、絶対に術式を解除しない。

だから、殺して、強制的に術式を解除する。

長峡仁衛の決意に、最後まで、霊山新は貶す様に笑う。


「殺す、か…ひゃはは、はッ、ウケる事言うなよ…俺が、この俺が…お前みたいな雑魚に殺される筈がねェ…」


確信して、そう霊山新は言った。

しかし、体はどうにも動く気配がない。

詰みだった、けれど。

霊山新は、悔恨を残す気はない。

最後まで、爪痕を残す気で居た。


霊山新には微かに気付いていた。

この程度で彼女が死ぬ筈が無いと言う事に。


霊山新は、どれ程裏切られていても…それでも、真に彼女を憎む事は出来なかった。

本気で愛していた、と言うよりかは…その存在に、憧れていた、とも言えるだろう。


だから、霊山新は、霊山柩に執着していた。

のらりくらりと躱す彼女に、何時までも視線を追い続けた。


「(来るだろうなぁ…あの程度で死ぬ筈が無い…この無能に殺されるくらいなら…あいつに殺された方が良い…ひ、ひゃひゃ)」


霊山新だけは知っている。

霊山柩の、正体を。


誰よりも、霊山柩を狙い続けていたからこそ。

誰も知らない彼女の秘密を、霊山新は知っている。


「…長峡仁衛、お前に、最後に言う事がある…聞いてくれるかぁ?」


長峡仁衛は、そう言われて、静かに頷いた。

彼が時間稼ぎをしている事は承知していた。

それでも、長峡仁衛自体に殺意を向けているワケではない。

何よりも、最後の言葉を否定する事は出来ない。


祓ヰ師は、死後、呪いとなる。

その呪いは、殺した相手に憑く事がある。


その呪いを事前に対処する方法があるのだとすれば、遺言である。

死ぬ直前に遺言を聞く事で、対象との関係に〆を作るのだ。

そうする事で、対象を殺したと言う繋がりを断ち、呪いが憑く事を否定させる。


「霊山柩…あいつはまだ生きている、俺には分かる…」


その言葉と同時、長峡仁衛の視界に…霊山新の後ろの奥から、この巨大立体四角形に飛び移る霊山柩の姿を確認した。


「あいつは、誰にも言ってない事がある…お前にも関係している事だ」


その言葉を、霊山新は言う。

答えを言わず、あくまでも、遠回りしている様に、はぐらかしているように思えた。

霊山新も、背後に霊山柩が居るのは察しているのだろう。

肌で感じ取りながら、笑みを浮かべていた。


霊山柩は、霊山新の言葉を耳にしていた。

長峡仁衛との関係、その根底を揺るがす様な言葉を口にしようとしている霊山新に、彼女は危険視をすると共に…術式を発動する。


誰も見た事が無い術式、彼女は地面に触れると共に…成人男性が身を隠せる程の大きさをした、棺桶を出現させた。

鎖に繋がれた棺桶を…霊山新に向けて投げつける。

いよいよ、差し迫る死を、霊山新は感じ取り、長峡仁衛は、背後から投げられた棺桶に注視して拳を構える。


「あいつは…『■■■■■■■■■■■』だ」


その言葉を最後に。

霊山新は、岩石が崖から落下するかの如き棺桶に押し潰されて、血を撒き散らしながら死んだ。

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