一席
音楽室から、次の無限廻廊の迷宮へと向かう。
今回の落下は長かった、百八十秒程、凡そ三分間も落ちていた。
長峡仁衛は式神を使役して、落下後の着地を行おうと思った。
けれどそれは杞憂であり、地面が見えた時には、落下速度は減速して、長峡仁衛は着地する。
「…なんだ、ここは?」
長峡仁衛が降りた場所は何とも不思議な空間だった。
立体四角形が宙に浮かんでいた。
大きさは様々で、車程の大きさだったり、拳程の小ささをした立体四角形が浮かんでいる。
そして、長峡仁衛たちが降りた場所もまた巨大な立体四角形の上だった。
学校のグラウンド程の大きさをした立体四角形の上に立つと、長峡仁衛はよろめく。
立体四角形はどうやら動いている様子で、僅かながら立体四角形から振動を感じていた。
よろめき、倒れそうになる長峡仁衛を霊山柩が手を伸ばして支えてくれる。
「わ、あ…あぁ、ありがとな」
長峡仁衛は霊山柩に感謝の言葉をつけて霊山柩は頭を軽く振った。
たいした事じゃないとでも言っているのだろうか。
長峡仁衛は周囲を見回した。
どこかに出口につながるようなものはないのか。
それと畏霊が何処かに居ないか確認する為だった。
しかし…この空間内ではそのような畏霊の姿は確認されなかった。
「…おかしいな。ここって、安全地帯ってわけじゃないだろ?」
長峡仁衛がそう言って霊山柩の持つ地図を確認する。
彼女は長峡仁衛に地図を渡すとスケッチブックを使って文字を書いた。
そしてペンに蓋をしてスケッチブックの内容を長峡仁衛に見せつける。
『無限廻廊の出口前は畏霊は配置されてません(;´д`)』
「…それって、つまりは、もうじき脱出への入り口が近づいてるって事で良いのか?良いんだよな?!」
長峡仁衛が嬉しそうにそう言った。
まだ五日間ほどではあるがそれでも長峡仁衛にとっては長い五日間だった。
自分の命が狙われていて、死ぬかもしれないという恐怖と、家族に会いたいという焦燥感に駆られていた。
その五日間は並の人間では理解出来るようなものではない長さだった。
地図を確認する。
立体四角形と同じように動いている地図を確認して長峡仁衛は真正面を見た。
この地図の連動が確かならば、この先をまっすぐ進んで行けば無限廻廊を突破する出口が見えてくる筈だ。
その出口を通り過ぎる事が出来ればこの無限廻廊から脱出する事が出来る。
「後、もう少しだ…行くぞ!」
長峡仁衛は皆で一緒に走り出す。
巨大な立体四角形から飛び降りて、別の宙に浮かぶ立体四角形と飛び移る。
数十分ほど移動を続ける。
長峡仁衛にとってはかなりの運動量であり汗が流れたり息が弾み出す。
それに対して霊山柩は澄んだ表情をしていて、まるで息をしていないかのように、平然としている。
「(並の運動はこなしていないって事か…改めて思うけど、凄いな、柩は)」
彼女の動きを後ろから見ていた長峡仁衛はその様に思っていた。
「(…長旅だったな、でも、もうすぐ終わりだ。やっと帰れる。無限廻廊から出たら、またいざこざがあるんだろうけど、それでも、終着点に向かっている事は確かなんだ…小綿に会える)」
長峡仁衛はもうじき家に戻れるんだと思うと少しだけ涙が出てきそうになった。
長峡仁衛の頭の中には幸せな日常でいっぱいだった。
長峡仁衛にとっての日常の象徴とは銀鏡小綿であった。
彼女が傍にいてくれるのならば長峡仁衛は何もいらないと思える程に、彼女の存在は大きいものだった。
少し元気が出て、彼女を追い越して、長峡仁衛が前に行く。
「…」
長峡仁衛が長峡仁衛が他の立体四角形へと飛び移る。
それに続いて霊山柩も飛び移ろうとした時。
「…ッ」
丁度、空中に滞在していた彼女は何かと衝突した。
「ッ」
それによって彼女は次の着地地点である立体四角形に飛び移る事が出来ずにそのまま底が見えない地上へと落下していく。
「ん?柩?」
衝突音だけが響いたので長峡仁衛は後ろを振り向いて霊山柩の方を確認した。
しかし、彼女の姿は、何処にも無い。
「…柩?」
彼女が消えた事により長峡仁衛は何かが起きているとそう感じた。
「(さっきの衝突音…まさか、下に落ちたのか?)」
長峡仁衛は霊山柩が落ちたであろう奈落の底を確認した。
だが地面はあまりにも深くて、肉眼では伺えない。
「(畏霊が衝突したとか?いや、此処には畏霊は存在しない筈だ。だったら…まさか動いていた立体四角形にぶつかって落ちたとか、そんな感じか?いや、幾らなんでもそんな間抜けな事は無いだろ…まあ、彼女が落ちた可能性が高い、俺も、降りるか?)」
長峡仁衛は降りるべきかどうか迷ったらその時。
「…ん?うごあァ!?」
長峡仁衛の方にまた何者かが寄ってくると同時に長峡仁衛の衣服を掴んで思い切り投げ飛ばしていく。
それと同時に手錠をするかのような音が長峡仁衛の中で響いた。
「わ、あッ!」
長峡仁衛が落下する。
何か掴まなければ、手は空を掴む。
「(し、式神ッ、なんでもいいッ!式神ッ!!)」
そう思いながら周囲を見回し自らの術式を使って式神を生み出そうとした。
「あ、…え?」
だが…何故か長峡仁衛の式神は出てこない。
長峡仁衛は驚愕した。
自分の式神が出てこない事に疑問を浮かべながら、長峡仁衛は肉体を強化するべく神胤を体内で循環すると同時、長峡仁衛は立体四角形の上に背中から着地した。
「うごッがッ…痛ッッ」
背中を抑えながら、長峡仁衛はゆっくりと立ち上がる。
なんとか、致死に至る距離から落下だけは免れた様子だ。
だが長峡仁衛の動揺は隠せない。
「ッ落ち着け…」
長峡仁衛は自分の掌を注視しながら、神胤を再び循環させる。
すると自分の体内で神胤が巡っていくのが分かる。
「次に…」
そして今度は長峡仁衛は術式を使用した。
だが、長峡仁衛の封緘術式による式神召喚は行われない。
「なん、でだ…急に、術式が使えなくなってる」
狼狽する長峡仁衛に対して、彼の背後から声を掛ける者がいた。
「無能のお前にはお似合いだろォ?術式なんて、必要ねぇよ」
その声のする方に長峡仁衛が顔を向ける。
男の姿を見て長峡仁衛は名前を口にした。
「…霊山、新、か?」
イ長峡仁衛がその男の名前を呼んだ。
その男は長峡仁衛に名前を口にされて不愉快そうな表情を浮かべた。
霊山新は右腕で自らの頭を頭皮が削れるほど強く掻き毟る。
「他に、何に見えるんだよ、無能のクズがよォ」
霊山新の掌には沢山の髪の毛が絡まっていて、それを手で払う。
「…さぁて、久しぶりだなァお前…やっぱり生きていたのか、ひひッ、悪運の強い野郎だなぁ…あー、ムカつくぜェ…お前のせいで俺はこんな事になっちまったんだからよォ」
霊山新は瞼を痙攣させながら言う。
彼の体は異変を起こしている。
左腕部の肩元から、彼の皮膚は赤色と黒色が混ざった様な色をしていた。
それはまるで、血液を固めた様なものであり、彼の意志を以て動かすと、古びた歯車が回る様な音が聞こえて来そうだった。
長峡仁衛は彼の姿を見て痛ましい表情を浮かべる。
「お前…一体、何があったんだよ?…あ、もしかして俺を助けに来ようとして、そんな酷い目に遭ったのか?」
霊山柩が長峡仁衛の許に来て助けに来たと言ったのならば、霊山新も同じ様に長峡仁衛を助けに来た可能性を持って聞く。
「…ははッ、ああ?なんだよそりゃ…ひゃははッ…お前を助けに来た?そんなワケねぇだろうが、馬鹿がよォ!」
長峡仁衛の心配する声色に、霊山新は高笑いして長峡仁衛を貶す。
「お前なんかどうでも良い…ただ俺は霊山柩を助けに来たんだ…だけど、…それも意味がなくしたがなァ」
霊山新は笑う事を止めて、深く呼吸をした。
彼女の事を想うと、体の傷が疼いて仕方が無いらしい。
「お…まえ、大丈夫なのか?」
長峡仁衛は霊山新を心配するように言った。
彼の心配も杞憂であり、それを馬鹿にする様に、霊山新は自分語りする。
「俺は今さぁ、最高に気分が良いんだよ、あの女に裏切られて、御当主様にも見放されたのにな?な~あ、なんでか分かるかあ?」
霊山新の言葉に対して長峡仁衛はどう伝えるべきか迷っていた。
「そ、れは…」
長峡仁衛が答えるよりも早く。
「正解はぁぁ…」
霊山新は声を漏らす。
次第に高笑いにんりながら答える。
「ひゃははッひゃっはははッ!!あぁ、正解はッ!死んだと思ったのに生き返ったからだァ!『
『
長峡仁衛は何処かで聞いた事がある言葉だと思った。
しかし、聞いた事があるだけでその内容は理解していない。
それでいい。
むしろその言葉は理解すればする程に不利になる現象だった。
それによって、死に掛けた霊山新は、一人で動ける程までに快復した。
「おまけによォあの女を殺せる事が出来て、マジで気分がいいんだ…、なんせよお、この無限廻廊を出る事が出来るのは一人だけなんだからなあ?」
霊山新の言葉に長峡仁衛が我が耳を疑った。
「なん、なんだって?お前…お前、今なんて言った?」
長峡仁衛は真剣な眼差しを向ける、脂汗を滲ませていながらも、霊山新に聞いた。
「なんだ、知りたいのか?ははっ…良いぜ、お前にも絶望を味合わせてやるからよぉ、…俺たちの御当主様、クソジジイがこの無限廻廊から出る事が出来る人間を一人だけに絞りやがったんだ、俺でもないお前でもないあの霊山柩を生かすためにな」
つまりこの無限廻廊から脱出する事が出来る人数はわずか一人。
霊山新は呆れるほど笑い笑い疲れてそして長峡仁衛の頭に角。
「だけどもう意味がねぇんだよ…あの女はもう消えた。また空席が開いたんだ一人出ていく人間が決まる…そして、その席を座るのは俺だけなんだよ」
その言葉から長峡仁衛は察する。
霊山新が長峡仁衛に近づいた。
「丁度良いからよぉ、ついでに殺してやるよォ、長峡仁衛ェ!!」
叫び、接近する。
これから先は、その残る一席を奪い合う為の戦いなのだと理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます