音楽

長峡仁衛は目を覚ます。


「は…あ?」


何か息苦しいと思っていた。

腹部を見ると、誰かが長峡仁衛の上に乗っていた。

それは、霊山柩だった。


修道服を脱いで、彼女はキャミソール姿になっていた彼女は長峡仁衛の上に跨っている。

貼り付けた様な笑みで、長峡仁衛をじっと見つめている彼女。桜の様な色をした白髪の隙間から光の無い瞳で長峡仁衛を見詰めている。


「何してんだ、お前」


長峡仁衛は、彼女の目を見ながらそう聞いた。

霊山柩は、長峡仁衛の方に顔を近づけていく。


「おい、待て」


長峡仁衛が手を伸ばして彼女の行動を止めようとする。

長峡仁衛の手は、霊山柩の手が彼の手首を掴んだ。


「っ」


長峡仁衛は驚いた。

彼女の冷たさは死人の様だった。

掌からは熱と言うものを感じない。

だと言うのに、彼女の力は長峡仁衛の膂力を凌駕する。


「(力が、強いッ)」


霊山柩が、ゆっくりと、長峡仁衛に近づいて、口を開く。

薄桜色の唇が、長峡仁衛の口を塞ごうとして…そして彼女は止まる。

何か、つまらないと言った具合で、霊山柩は行動を止めると、何かを睨んでいる。

長峡仁衛の顔をじっと見つめて、憎悪の様に似た何かを、長峡仁衛に発していた。


いや、それは、長峡仁衛に視線を向けているが、それは長峡仁衛に向けて憎悪を向けていたワケではない。


具体的に言うのであれば、長峡仁衛の中にある式神…、恐らくは、それが霊山柩にとって不具合な存在が要ると思っているのだろう。

だから、霊山柩は体を起こして、長峡仁衛から離れる。


拘束が解かれた長峡仁衛は手首を擦りながら体を起こす。


「…あのさ、さっきの、何の真似だよ?」


長峡仁衛が霊山柩の方を睨みながら言う。

彼女は、修道服を着直して、スケッチブックに文字を書く。


『死んだ様に眠ってたから、生きてるかなって思って('ω')』


そんな文字を描いて誤魔化している様に、長峡仁衛は感じた。


「…だったら跨る必要なんて無いだろ。何をしようとしてたんだ。まるで…」


まるで、と。

長峡仁衛はその先の言葉を口にしようとして止める。

その言葉は、先程見た夢、トラウマを刺激する様で、口に出したくは無かった。

そんな長峡仁衛を見た霊山柩は更にスケッチブックに文字を記した。


『襲われるって思った(?_?)』


その言葉に長峡仁衛は頷くかどうか迷った。

襲われるかどうか、など…あの雰囲気からして、確実に、霊山柩は長峡仁衛を襲おうとしていた。

それを、言い逃れする事など出来ないだろうが…。


「…いや、いい。さっさと、此処から脱出しないとな」


長峡仁衛は、先程の、彼女の行動は気のせいだと思う事にした。

休息を終えた長峡仁衛たち、保健室に掛けられた時計を確認する。


「…迷宮に入って四日目か…」


流石に、銀鏡小綿も限界かもしれないと、長峡仁衛は思っていた。


長峡仁衛は、今回の無限廻廊の迷宮は学校がメインだと判断する。

それは、長峡仁衛の前に現れた畏霊が、赤いスカートを着込んだ白いシャツのおかっぱ頭の畏霊が出現した為だ。

先程の人体模型を鑑みるに、どうやら、学校の七不思議から生まれた畏霊を封緘して閉じ込めている迷宮であると理解した。


「…」


長峡仁衛は考える。

学校の七不思議。聞いた事はあるが、それを全て理解しているワケではない。

長峡仁衛が知る七不思議と言えば、動く人体模型、トイレの花子さん。後は歩くと十四段だったり十三段だったりする階段。開かずの間と言ったものだ。

長峡仁衛が思い浮かべた中でも、四つしか思い至らない。

学校の七不思議は七つの怪談がベースとなっているが、長峡仁衛は其処まで深く理解はしていなかった。


「なぁ…」


長峡仁衛は廊下を走りながら、霊山柩に話し掛ける。

彼女に若干の苦手意識を持っている彼だったが、情報交換や、この学校迷宮から出て来る畏霊の特徴を掴む為に、彼女との会話が必要であると思った。

だから、長峡仁衛は彼女に話し掛けた。

足を止めて、地図を持つ彼女は長峡仁衛の方を振り向いた。

相変わらず、死んだ様な瞳で長峡仁衛を映し込む。

彼女はスケッチブックを取り出して、長峡仁衛に何かと聞こうとした。


「あぁ…いや、書くのは俺の話を聞いてからにしてくれ」


長峡仁衛はそう言って、霊山柩が文字を書くのを制する。

彼女がスケッチブックに描くのは、どうかしたのか?と言う疑問だろう。

それはなんとなく理解出来るので、長峡仁衛はその手間を省いて彼女に質問を行う。


「お前は…学校の七不思議とか、聞いた事はあるか?」


長峡仁衛の質問に、彼女は少し、手を止めて沈黙する。

そして、改めてスケッチブックに文字を書き始めた。

書き終わると、その内容を長峡仁衛の方に向ける。


『学校に通った事無いから分かりませんけど(?_?)』


「あー…そ、そうか。…悪いな」


長峡仁衛は謝る。

そう言えば、殆どの祓ヰ師は学校など通わない事が殆どだ。

八十枉津学園と呼ばれる教育機関に通う者は居るが、その学園に通うまでは、大抵は屋敷での勉学が基本である。


霊山柩は期待された存在だ。

だから、主に実家で勉学を覚えていたのだろう。

長峡仁衛は違う、早々に見切りを付けられて、学校に通わされていた。

だから、長峡仁衛は、学校の七不思議などを覚えているが、学校に通わない彼女には、長峡仁衛の質問は分からないのだろう。


「…」


「…ふぅ」


長峡仁衛は軽く息を吐く。


「(気まず…)」


質問が悪かったと、長峡仁衛は後悔した。


音楽室。

霊山柩はその前で止まる。

長峡仁衛は、霊山柩の方に向かい、彼女が手に握り締める地図を確認する。


「この音楽室が出口なのか?」


長峡仁衛の言葉に、霊山柩はそうだと言いたげに頷いた。

彼女の首肯に長峡仁衛は喉を鳴らす、此処から先は畏霊が出る可能性があった。


「じゃあ…入るか?タイミングはお前に任せるよ」


長峡仁衛は両手から士柄武物を取り出して構える。

霊山柩もスカートの奥から士柄武物を取り出した。

二人は己の士柄武物を構えた状態で音楽室に入る。


音楽室の中。

教室を二つ分広い部屋で、周囲は防音だった。

部屋の隅にはピアノがあり、其処には、燕尾服を来た人間がピアノを弾いている。


「(あれが畏霊か?)」


何の音楽だろうか、音楽には疎い長峡仁衛だが、その音は素晴らしいものであると言う事は分かる。


「(しかし、良い音だな、ずっと聞いていたくなる様な、そんな旋律だぁ)」


長峡仁衛は呆然として、音楽に酔い痴れる。

そんな長峡仁衛の異変に気が付いたのか、霊山柩は彼の前に立ち、手で長峡仁衛の視線を遮った。


「…」


「(あ、なんだよ、柩。邪魔をするな…あ、いや、待て。なんで俺、畏霊の音楽に、耳を傾けてたんだ?)」


自分の異変に気が付く。

そして、その音楽が戦闘意欲を削いでいた事を知る。


ピアノを弾く畏霊が、次第に激しく、ピアノを叩き付ける様に、鳴り響かせる。

そして、全てを台無しにする様に、両手でピアノを押し付けると、滝の様に響き流れる混濁とした音が耳の奥に残った。


ピアノを弾く畏霊が長峡仁衛たちの方に顔を向けると同時。

いや…そのピアノを弾く畏霊には顔が無い、と言うか頭部が無かった。

額縁に飾られた、音楽家の顔が、畏霊の方へと浮遊すると、七つの音楽家の顔が、ピアノを弾く畏霊の周囲に浮かぶ。


「(なんてシュールな…)」


長峡仁衛はそんな事を想ったと同時、霊山柩が『纏弓』を取り出して士柄武物を矢として放つ。

七つの顔を持つ音楽家、その内の一つが士柄武物の方に接近すると共に、口を開いた。


「BOWEEEEEEE」


声は衝撃波となり、矢を弾く。

それどころか、声によって長峡仁衛と霊山柩が飛ばされて、壁に叩きつけられる。


「ッ!」


長峡仁衛は壁に叩きつけられると共に神胤を放出。

式神を召喚しようとするが。

更に、七つの顔を持つ畏霊の、音楽家の顔が口を開き歌い出す。

その声を聞くと、長峡仁衛はまるで酔ったかの様に酩酊し、意識が朧げとなる。


「な、なん、な、こ、えあはッ?」


どうやら、この畏霊は衝撃波を放つ事以外にも、状態異常を引き起こす事が出来る能力を持っているらしい。

全体に響き渡る音に、逃れる術は無いのだが、しかし、霊山柩は音が聞こえていないかの様に、その攻撃に意味など無い。

『纏弓』を収納し、今度は炎の士柄武物を取り出す。

二級相当推定価格7000万『灰炎かいえん』、『狼煙鬼のろしおに』の二振りを彼女は握り締めて構える。


どうやら、長峡仁衛は動けないので、彼女が一人で何とかしようと思っているらしい。


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