接触



長峡仁衛は早速確保した式神の情報を確認する事にした。


―――――――――――――――――――。

骸機がいき

性質:畏霊・怪異 形状:変異人体型

 朽ち果てた人形の怨念が形成された畏霊。


熟練じゅくれん度『五』

 身体性能(最高位百段)

 武力:五段 速力:五段 耐力:五段 気力:十段 霊力:十段 


異能変遷いのうへんせん

 『部位改造』肉体を分解し、改造した上でつけ直す。

―――――――――――――――――――。


その式神の情報を確認した長峡仁衛は眉をしかめてみせた。


「『部位改造』…これだけか?」


異能変遷が一つしかない。

『骸機』の熟練度が、他の式神に比べて低過ぎだった。


「…(熟練度が『五』か…でも、強化をすれば、一応は進化するだろうし…その時には異能変遷も増加しているだろうな)」


とりあえず強化を行い、進化をさせればある程度の異能変遷を所持するのではないのかと長峡仁衛は思い、強化をしようとしたが。


「…強化出来ない、じゃあ。これが『骸機』の限界熟練度って事なのか?」


この畏霊にはどうやら熟練度上限が存在しているらしい。

これでは強化のしようがない。


「(うーん…微妙、評価として付けたら下の中ぐらいだ…)」


仕方がないので長峡仁衛はその『骸機』を他の強化素材として使用する事にした。

だが、これ程熟練度の低い強化素材を使用しても大した能力値上昇にはならないだろう。


「(捕まえてもあまり意味が無いし…今度出会ったら基本的に破壊で十分だな)」


長峡仁衛は手を叩く。

また式神を召喚して前列と後列を護ろうとして、思う。


「(…これくらい熟練度が低かったら、この式神を召喚した方が安全か?)」


と。

その様に思った。

何かと、謎の多い長峡仁衛の術式。

使用、用途までは理解出来ているが、使用制限までは分からない。

長峡仁衛は、召喚する式神は個体数に応じて負荷が掛かると思っていた。


「(命令を行えば行う程に、処理が難しいと思ってる。もしかしたら、それは熟練度に関係している可能性もある。容量の多いソフトを動かせば、PCが重くなったりする様なものかも知れない)」


確かに、長峡仁衛が召喚してきた式神の殆どは熟練度が多い式神が多かった。

それを複数召喚して操作する事こそが、長峡仁衛の脳に多大な負荷を掛ける要因でもある。

しかし、熟練度の低い式神を召喚して命令をすれば…脳の負荷は最小限で済むのでは無いのかと思った。


「(モノは試しだ…『骸機』)」


手を叩き、絡繰細工の人形を召喚する。

その状態で長峡仁衛は命令を下す。


「俺の前に立って移動しろ」


その命令に従い、罠避けとして歩き出す『骸機』『戦禍の歩兵』を扱うよりかは、脳に掛かる負荷は少なかった。


「(これが正解か…うわぁ、凄い楽だ)」


長峡仁衛は頭痛に悩まされなくて済むと安堵の息を漏らした。

どの様な式神でも、使い方次第では役に立つと言う事を知った。


「(さっさと『斬人』を回収しないとな)」


迷宮を歩きながら長峡仁衛はその様に考える。

もしも、迷宮の出入り口に繋がる道を発見したとしても、長峡仁衛は脱出はしない。

『斬人』を回収した上で、脱出するつもりだった。


これが、他の式神ならば、長峡仁衛は諦めて脱出するだろう。

だが、『斬人』だけは駄目だ。

現状、長峡仁衛の中で使い勝手が良く、メインアタッカーと称しても差し支えない存在なのが、『斬人』だ。


『斬人』が長峡仁衛の中から失ってしまえば、かなりの戦力が低下する事は目に見えている。

それ以外にも、理由があるとすれば。


「(俺が初めて捕まえた畏霊だからなぁ…出来れば、とっておきたいよな)」


そんな理由だった。

だから、長峡仁衛は、『斬人』を探してから、脱出しようと、迷宮を歩いていた。

迷宮の出口を見つける役目は、『雲泥韻音』が何とかしてくれるだろう。


「(しかし、長い迷宮だな)」


長峡仁衛はそう思った。

周囲には、変わる事の無い襤褸屋敷の一部が延々と続いている様な状況。

代り映えしない為に、長峡仁衛はもしかすれば、一度そこを歩いたかもしれない、と言う不安が生じてしまう。


「(もう『雲泥韻音』だけじゃ迷宮の攻略は難しいかも知れないなぁ)」


これから、様々な迷宮が長峡仁衛を待ち詫びている。

そうなると、迷宮を探索するサーチ系の式神が『雲泥韻音』だけでは心許ない。

長峡仁衛は、他の式神を用意するべきだと思うが、中々、長峡仁衛のお眼鏡に適う畏霊が存在しなかった。


「(他のサーチ系の能力を持つ畏霊が居てくれたら、この迷宮攻略も楽だと思うんだけど…)」


考えながら、歩き出す。

前に立つ『骸機』が、トラップを踏んだ。

直後、真横の壁から多くの矢が射出されて『骸機』が破壊されてしまう。


「あッ…ぶねッえ」


長峡仁衛は心臓を高鳴らせながら、破壊された『骸機』の方に顔を向ける。


「(これでもまだ生きているのか…一応回収して、別の『骸機』を召喚しておこう)」


長峡仁衛は回収を行い、再び、別の『骸機』を出現させる。


「…?あぁ」


背後から、音が聞こえて来る。

また、敵としての『骸機』が出現したらしい。


長峡仁衛は、後ろを振り向くと、『戦禍の不死者』に命じる。


「戦闘の時間だ。生け捕りにはしない、核を潰して祓え」


その様な命令を与え、『戦禍の不死者』が手に持つ銃火器を『骸機』に向けて、発砲した。

甲高い銃火器の発射音。

その音は、周囲の畏霊の耳に届くばかりではない。


「…」


白い修道服を着込んだ女性の耳にも、その音が聞こえだした。

無限廻廊に侵入して時間が経過し、ボロ屋敷の様な迷宮へと到達した霊山柩。


「…」


音のする方へ、霊山柩は走り出す。

この絡繰が存在する迷宮で、発砲音が響く事は少し気に掛かる事だ。

もしかすれば、長峡仁衛がこの迷宮内に居るかも知れない。

その様な淡い期待を込めて、霊山柩は音のする方へと足を進めた。

床が沈む。罠を引いた。壁が彼女を挟む様に飛び出す。


「…」


霊山柩は、その様なアクシデントなど問題ないと言いたげに廊下を蹴って速度を上昇、壁が挟んでくるトラップを回避する。


「…」


だが、それだけでは終わらない。

彼女の行く手を阻むかの様に、複数の『骸機』が出現する。


「…」


雑魚ではあるが、数がある。

霊山柩は仕方なく、スカートから暗器で隠した士柄武物を取り出す。


五行家の一角、九重花一族が独自で製作した士柄武物『纏弓まといゆみ』。

この士柄武物を使用する者を媒介に、神胤を吸収し循環させ、『纏弓』に流れる異能を術者に与える。

その効果は『矢に変化させる』効果。片手で『纏弓』を所持し、もう片方の手で物質を掴み、それを弦に掛ける事で発動。

物質に『纏弓』の術式効果を乗せた神胤を術者経由で物質に伝播、侵蝕させ『纏弓』に適した『矢』として変化する。

手中に接したものであればなんであれ、『矢』にする事が出来る効果は、膂力と神胤が続く限り、決して尽きる事の無い『無限の弓矢』とされる。

九重花一族の分家工房が作り出した怪作、推定価格は十億を超える。

更に副次効果として、変化する矢を士柄武物に使役した場合はその士柄武物の効果も加算される。


五行家の一角、火を司る祓ヰ師の家系である上鬼燈火谷ふつつがだに一族が鍛えた炎の士柄武物。

鍛えた武器全てに対して炎を纏わせる術式を持つ術式家系の一人が売買した二級以下の士柄武物を買い取り、霊山柩は蓄えた。


第三級、直刀一振り、推定価格五百万の『赤胴せきどう』。

有する能力は『神胤を流し込む事で刃に触れると発火する』効果を発現させる。


『纏弓』を使役する場合、能力効果の説明により対象に縁を刻み必中性の上昇を図る手はあるが、声の出せない彼女は沈黙のままに矢を放つ。


「…」


されど、矢は畏霊に当たる。

彼女の腕前は一流と言っても良い程に、狙えば確実に当たる安定感がある。


雑魚相手に、三級と言えどもかなりの高額である士柄武物を消耗する。

それ程までに、長峡仁衛の元へ、急いでいるのだと分かった。

走り出す、霊山柩。


ようやく、長峡仁衛に会えると思った。

人影が見える、同時に、聞き覚えのある喚き声もだ。


「クソッくそがァ!なんだよ、このッ、使えない式神どもがッ!俺を護れ、無能がぁああ!」


流行る気持ちが冷めていく。

其処には、霊山新が居た。

腕を抑えて、涙を堪えながらいきり立っている。


「あの、クソ式神、俺の腕、切りやがって…ご当主様の式神を喰いやがってェ!!絶対に許さねぇぞ、ああああッ!!」


その様に叫ぶ霊山新の視線が、霊山柩を見つけた。




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